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坂爪 一幸(さかつめ・かずゆき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

わかりにくくて見えにくい 大人の発達障害

坂爪 一幸/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

増えている大人の発達障害?

 最近、大人の発達障害がさまざまな場面で話題になっています。多くの大学の学生相談室では発達障害が懸念される学生の相談件数が増えています。職場でも話題になることが多くなっています。

 発達障害の増加には、①発達障害のある子どもの増加(真の増加なのか、その原因など不明です)、②発達障害の理解の社会的な普及(正確な理解が普及しているわけではありません)、③発達障害の診断基準の変化(発達障害と健常発達は連続するとみるようになり、安易に診断されがちです)などとの関連が指摘されています2)

行動からみた大人の発達障害

 大人の発達障害では大人になって気づかれた方が多いです。その特徴のひとつは知的能力に障害がない点です。概して日常生活はうまく行動できますが、社会生活の場面によってはうまく行動できない場合があります。そのために、行動にちぐはぐさが現れやすいです。行動に齟齬が目立つと、周囲は特徴的にみがちです。

 ある調査では大人の発達障害の特徴として、“好意を無にする” 、“流れがわからない” 、“話に水をさす”、“思いやりがない”、“えらそうにする”、“自己中心的である”、“融通がきかない”、“無頓着である”、“対人関係がつかめない”などを指摘しています。以前はこれらの行動の特徴は性格の問題にされがちでした。最近は発達障害(自閉症スペクトラム障害や注意欠如・多動性障害)の存在が疑われる傾向にあります。

高次脳機能からみた大人の発達障害

図1 行動・能力・機能と各障害および支援の関係(参考文献3)より改変して引用)

 発達障害の行動特徴は脳の働きに関係しています(図1参照)。アメリカ精神医学会の診断基準マニュアルの最新版(略称はDSM-5。日本語版は2014年刊行)では、発達障害は神経発達症/障害に改称されました。改称後の診断名から明らかなように、発達障害は神経発達上に生じた脳の働きの問題です。脳の機能から発達障害を理解する必要があります。

 言語や注意や認知や記憶などを高次脳機能といいます。それらは脳(大脳皮質)の異なった領域に関係します。脳の領域は神経成熟の早さが異なります。神経成熟が最も遅いのは前頭葉(前頭連合野)です。大人の発達障害では、神経成熟の遅い前頭葉に関係した高次脳機能の問題が現れやすいです。

 前頭葉損傷後の高次脳機能障害では遂行機能、作動記憶、展望記憶、抑制、注意、感情、意欲が障害されがちです。遂行機能障害では考えや行動に計画性や一貫性がなくなります。作動記憶障害では複数の情報をうまく処理できず、情報が多いと考えが混乱します。展望記憶障害では覚えた事柄を適切な時宜に思い出せず、約束事を守れなくなります。抑制障害ではこらえがきかず、行動が周りに左右されやすいです。注意障害では集中力や持続力のなさが目立ちます。感情障害では感情の動きの乏しさや激しさが現れます。意欲障害では能動性や積極性がなくなります。発達障害は必ずしも脳に損傷があるわけではありませんが、これらに似た困難さがみられやすいです。

大人の発達障害と苦悩

 大人の発達障害はこれまでその存在を見過ごされてきた方も多いです。しかし発達障害自体は子どもの頃から存在しています。発達障害があると周囲との軋轢が生じやすく、大人になるまでにさまざまな苦悩(不安や欲求不満や抑うつ)に曝され続けています。これらの苦悩は子どもの頃はあきらめの早さとして行動化します。その後は自分と他者との比較や内省から自己評価の低下として内面化します。苦悩する自分の正体に思い悩む方もいます(逆に無頓着な方もいます)。苦悩の長期化に伴って慢性疲労、不眠、強迫性、PTSD、摂食障害、アルコール依存などが生じやすいです。このような苦悩への理解も欠かせません。

大人の発達障害への支援

図2 支援のタイプ(参考文献1)より引用)

 日本は国連の障害者権利条約を2014年に批准しました。2016年から施行される障害者差別解消法は不当な差別的取り扱いと合理的配慮をおこなわないことを差別として禁止します。合理的配慮とは、障害のある人とない人の平等な機会を確保するために、障害の状態や性別、年齢などを考慮した変更や調整、サービスを提供することです。これは医療や教育や司法などすべての分野に適用されます。

 支援にはさまざまな仕方があります(図2参照)。大人の発達障害の支援では、障害のある機能を直接改善する仕方よりも、本人の高次脳機能の特徴や苦悩に配慮した就学や就労環境を調整することが大切です。たとえば、発達障害の一般的な知識の提供、納得できる自己理解の促し、苦手な能力の補い方や道具の活用の仕方の指導、不健康な行動や考え方の誤りや偏りの修正、問題解決のマニュアルの作成、関係者への理解の啓発、ナチュラル・サポート体制の構築、相談相手や支援者の確保、拠り所の用意(ピア・グループの構成と参加)などです。

参考資料

^ 1)坂爪一幸 :特別支援教育に力を発揮する神経心理学入門.学研教育出版,2011.
^ 2)坂爪一幸:発達障害の増加と懸念される原因についての一考察─診断,社会受容,あるいは胎児環境の変化?─.早稲田教育評論(早稲田大学教育総合研究所紀要),26(1):21-31,2012.
^ 3)坂爪一幸:発達障害と認知症にみる障害の理解と支援.日本健康医学会雑誌,21(2):50-55,2012.

坂爪 一幸(さかつめ・かずゆき)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

【略歴】
1957年生まれ。早稲田大学教育学部教育学科教育心理学専修卒業、同大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了、同博士後期課程単位取得退学。浜松医科大学医学部脳神経外科学研究生、日本学術振興会特別研究員、リハビリテーションセンター鹿教湯病院心理科主任、浜松市発達医療総合福祉センター療育科療育指導係長、浦和短期大学福祉科助教授、専修大学法学部助教授、などを経て現職。博士(医学)。

【資格】
臨床心理士、言語聴覚士、臨床発達心理士。

【所属学会】
日本高次脳機能障害学会(代議員・編集委員)、日本神経心裡学会(評議員)、日本発達障害学会(評議員)、日本健康医学会(理事・編集委員) 、関東子ども精神保健学会(理事)、日本小児精神神経学会、日本心理学会、日本発達心理学会、日本心理臨床学会、日本リハビリテーション医学会、認知リハビリテーション研究会(世話人・編集委員)、日本DOHaD研究会(幹事)など。

【著書等】
「高次脳機能の障害心理学」、「特別支援教育に活かせる発達障害のアセスメントとケーススタディ」、「特別支援教育に力を発揮する神経心理学入門」、「脳科学はどう教育に活かせるか」、「食と発達、そして健康を考える」、「衝動性と非行・犯罪を考える」、「発達障害にどう取り組むか」、「高次脳機能障害のリハビリテーション」、「子どもの発達と脳科学」、「知的障害・発達障害のある人への合理的配慮」、「インクルーシブ教育システム時代のことばの指導」等。