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関根 正人(せきね・まさと)/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

豪雨による大規模浸水に我々はどう備えるか?
-最新の数値予測と避難-

関根 正人/早稲田大学理工学術院教授

なぜ豪雨災害が頻発するのか?

 2016年の台風シーズンはまもなく終わりますが、ふりかえると今年もまた豪雨に苦しめられた一年でした。今年4月に大地震に襲われた熊本では、まだ復興の緒についたばかりの6月に記録的な豪雨に襲われました。さらに、10月になって、阿蘇山が噴火する事態となり、地元の皆様はわずか半年のうちに三度の自然災害に遭遇することになりました。我々日本人は何と過酷な自然下におかれているのでしょうか。今後はさらに科学技術の粋を集め知恵を出し合って自然と折り合いをつけて暮らしていかなければなりません。

 近年、毎年のように豪雨災害が発生していますが、これが地球規模で進む気候変動の結果であることにお気づきでしょうか。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書によれば、気象が極端化しているとも言われています。気候変動の結果生じる気温上昇や海水面上昇などについてはよく知られています。ところが、これだけではなく、海水温が高くなっていることの影響が懸念されるようになりました。日本近海の海水温が上昇すると、さんまなどの漁獲量が減るとの話を耳にすることがあるでしょう。しかし、影響はこれだけにとどまりません。これまでよりもはるかに日本に近い位置の太平洋上で台風が発生するようになりますし、勢力を弱めることなく接近した巨大な台風が日本を直撃することもありえるのです。今年、北海道に台風が連続して上陸し、これまでにない豪雨被害が出ましたが、これも上記の影響のひとつであり、これまでに被害のなかった地域でも同様の被害が起こる可能性があることを表しています。「これまで被害がなかったので今後も安全に違いない」という経験則は成り立ちません。また、「被害は他所で起こるものであって自分には関係ない」と油断すると、自らの命を危険にさらすことになるかもしれません。

都市で発生する浸水を数値予測する!

浸水リスクマップ:「杉並で発生した豪雨(2005)と同じ強さの雨が荒川以西の東京都20区(葛飾と江戸川・足立の一部を除く)に一様に降る」という想定のもとで行った数値予測の結果(2015年度現在)。図は各地点の浸水深の大小を表す

「浸水の危険が迫っていますので速やかに対処してください」という知らせが届いたとき、皆さんはどのような行動をとるべきか考えたことがありますか。どうしたらよいのかわからず、途方にくれてしまう人が多いのかもしれません。これは、浸水リスク情報を発信する側と受け取る側の双方に課題があるためです。早稲田大学の関根研究室では、東京都23区が豪雨に襲われた時に浸水がどのように発生し、地点毎の浸水深がどの程度になるかを精緻な数値シミュレーションにより解き明かす研究を進めています。下図がその結果の一例であり、最新の浸水リスクマップとでも呼ぶべきものです。これは2005年に杉並区で観測された実際の豪雨と同じ強さの雨が荒川以西(具体的には20区分)のエリアに降ると想定して行った計算の結果です。この計算では、コンピュータ上に現実と同じ東京の街を再現し、地上の道路や街区だけでなく既存の下水道や都市河川の中の水の流れを力学法則に基づいて忠実に解くものです。この計算手法によると、豪雨時の浸水だけでなく、河川堤防が決壊した場合の大規模浸水まで、都市で発生する浸水現象の高精度の予測が可能です。この計算結果は都市河川を管理する東京都や地下鉄を含む地下空間の管理者にもお知らせして、今後の浸水対策に活かしてもらうようにしています。今後は、住民にとってもひと目でわかるような動画情報としてお伝えしていく予定です。実は、これまでに出されてきた浸水リスク情報は、残念なことにこれほどの精度はなく、そもそもわかりやすいものではありませんでした。今後は、浸水リスクを正しく理解してもらえるような科学的根拠を積み上げ、住民避難に有効に活用されるように努めていくつもりです。

浸水リスク情報を被害軽減に活かすには?

 正確でわかりやすいリスク情報が提示されたとしても、これが一方通行であっては意味がありません。情報の受け手である住民がこの情報にふれて自分の置かれている状況を知ろうと努め、万一のときには想像力を働かせて自らの命を守るための行動をとることが何より重要なのです。

 今後ほとんどの豪雨は施設によりこれまで通りに制御できるはずです。しかし、これが万能と言うわけではなく、この施設だけでは防ぎきれないような事態が起こることを知っておく必要があります。そのときには、適切なタイミングで避難行動を起さなければなりません。これまで、我々は多くのものを手に入れ、便利で快適な社会を作り上げてきました。しかし、その一方で、動物として本来もっていた「自然を恐れる感覚」や、「危険を察知する能力」の一部を失ってきたように思います。今求められているのはいわば野性を取り戻すことなのかもしれません。

東京オリンピック・パラリンピックを目指して

 2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。前回は1964年の10月に開かれましたが、今回は7月から9月にかけての雨のシーズンです。支障なく開催できて当たり前ですが、はたして本当に大丈夫なのでしょうか。心配し始めると際限がないのは確かですが、できるだけの備えはしておきたいものです。私としては、これまで開発してきた浸水予測手法をさらに進化させ、気象分野の研究者とも連携して、豪雨予報と連動した「浸水のリアルタイム予報」を実現していくつもりです。2020年までには、「これから30分後に早稲田通りと明治通りの交差点では○cmの浸水になります」といった情報をお届けできるようにしたいと思います。その対象としてはもちろん海外からのお客様も含まれます。彼らがこのようなリスク情報にふれ、これを活用して東京での滞在を少しでも安全で楽しいものにしてもらえれば、それが私たちにできる最大の「おもてなし」となるでしょう。

関根 正人(せきね・まさと)/早稲田大学理工学術院教授

1983年3月 早稲田大学理工学部土木工学科卒業。直ちに大学院に入学し
1988年3月 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。
その後、米国ミネソタ大学博士研究員などを経て、
1992年4月 早稲田大学理工学部土木工学科専任講師。以後、助教授を経て
2000年4月 早稲田大学理工学部土木工学科教授
2007年4月 学内組織再編に伴い、早稲田大学理工学術院教授(創造理工学部社会環境工学科/大学院創造理工学研究科建設工学専攻)

[所属学会]
土木学会、アメリカ土木学会(JSCE)、国際水理学会(IAHR)、日本自然災害学会

[主な学外活動]
・土木学会水工学委員会幹事長、土木学会論文集B分冊編集委員会委員長、英文論文集B分冊編集委員会委員長。
・International Association for Hydro-Environment Engineering and Research, Japan Chapter 理事。
・国土交通省 社会資本整備審議会専門委員、国土審議会専門委員、利根川水系河川整備計画策定に係わる有識者会議委員。
・内閣府 水害時の避難・応急対策検討ワーキンググループ副主査。
・神奈川県酒匂川水系土砂管理検討委員会委員長、埼玉県公共事業評価監視委員会会長。
・東京都公園協会理事、河川財団研究アドバイザー、日本気象協会参与。

[主な著書]
・「移動床流れの水理学」(共立出版、2005)
・「砂防用語集」(山海堂、砂防学会編、共同執筆、2004)
・「土木技術検定試験 問題で学ぶ体系的知識」(土木技術体系化研究会編、ぎょうせい、共同執筆、2011)

[受賞歴]
2004年3月 平成15年度水工学論文賞受賞(土木学会)
2015年3月 平成26年度水工学論文賞受賞(土木学会)
2016年3月 平成27年度水工学論文賞受賞(土木学会)