早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

上村 達男(うえむら たつお)/早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

NHKは「見なくても支えるべき公共財」か

上村 達男/早稲田大学法学学術院教授

NHK問題のキーワードは成熟市民社会

 NHKは常に全国民的な関心の的となっているが、NHKのあり方は日本の社会のあり方と深く関わっている。私は5年以上前にNHK経営委員となり、監査委員や委員長代行も務めたが、経営委員となった際の自己紹介で述べたことは、NHKは公共財、コモンズ(commons)であり、日本の市民社会の質を左右する存在であると述べた。この思いは今も変わらない。NHK問題のキーワードは成熟市民社会のあり方、である。

 現在、NHKをめぐる問題で大きな関心を呼んでいるのはNHK会長選任問題であり、「あの」籾井会長が再選されることがあるのだろうか、といった話題である。もう一つはネットを通じたNHK番組の視聴に対して受信料をどうするかといった問題である。さらにはこのいずれにも大きく関係するNHKのガバナンスのあり方をどう変えていくべきかという問題も重要だ。以下、それぞれについて簡単に見解を示しておきたい。

籾井氏の会長再指名は経営委員会の自殺行為

 NHK経営委員会は会長指名部会を発足させ、会長指名の手続きを始めているとのことである。世上では籾井会長が再選されるのではないか、官邸の意向はどうか、石原経営委員長の意向は、といったことが話題になっているようだが、この問題は非常に単純である。それは指名部会が自ら設定した会長の資格要件に照らして、籾井会長がその要件に該当するかという判断だけの問題である。NHKの会長指名は、経営委員全員が委員となる指名部会において会長候補者を絞り込み、最終的には経営委員会において12名の経営委員のうち9名以上の賛成が必要である。

 このたびの指名についても、前回の指名部会で採用された手続きが基本的には維持されているとのことであるが、そこで確認された会長の資格要件とは、①政治的に中立である ②公共放送としての使命を十分に理解している ③人格高潔であり、説明力に優れ、広く国民から信頼を得られる ④構想力、リーダーシップが豊かで業務遂行力がある ⑤社会環境の変化、新しい時代の要請に対し、的確に対応できる経営的センスがある、の5つとされている。前回の資格要件は6つであったが、内容的には違いはない。

 籾井会長については、多くの問題発言が批判された。就任当初の記者会見での「政府が右と言っているものを左とは言えない」「慰安婦はどこにでもあった」秘密保護法について「通っちゃったんですね。もう言ってもしょうがないんじゃないか」といった発言、その後も原発報道は政府公表ベースでといった発言等々である。就任当初の発言は、その後取り消されたが、それは「個人的見解を」記者会見の場で述べたことが適当でなかったので取り消したとされ、そうした見解が個人的見解であること、そしてその個人的見解自体は取り消していない。したがって、いまでもそうした見解を個人的見解として有し続けているのである。これは決定的な問題である。私がかつて、問題なのは記者会見の場でそうした発言をしたことではなくて、発言の中身自体が決定的に間違っていると経営委員会の場で批判したのは、そうした個人的見解とは単なる個人の趣味や嗜好の問題ではなく、NHKのあり方、放送の姿勢に直接関わる問題であるために、会長が発言する以上、個人的問題にはなり得ない性格の事柄なのである。言い換えると、会長として、いつでもいかなる場であろうとも言ってはならないことなのであるから、放送法違反の見解を個人的見解だと言っているに等しいのである(放送の不偏不党を定める1条2項、政治的公平を求める4条2項等)。

 指名部会が示している資格要件は、NHK会長に対して、会長に相応しい見識と人格を有し、広く国民の信頼を得られることを求めるものであり、放送法の遵守というような万人に求められる最低限の要求を求めてはいないのである。したがって、どこをどうひっくり返しても籾井会長が個人的見解としている見解の内容は、就任時から現時点まで、一貫して資格要件に反し続けてきたのである。したがって、これを在任中に罷免できなかったことには忸怩たる思いがあるが、新たに選任するに際して、この資格要件に合致しているなどとは到底言えるはずがないのである。指名部会の手続きでは現任会長が次期会長候補者に相応しいかを確認する手続きが先行するが、籾井会長はこの手続き開始の時点で、候補者としての資格要件に合致しているとは言えないために、最初に候補者から排除されることになるしかない。仮に、そうした論理を無視して、籾井会長の再任を肯定するとしたら、経営委員会は自らが要求した資格要件に照らしても、「籾井会長以上に良い人がいなかった」と言わなければならないことになるが、それは放送法に違反する見解を個人的見解とする人物を資格要件に合致していると言うに等しいのであるから、どう見ても経営委員会の存在意義の自己否定となるしかない。経営委員会はNHKのガバナンス構造の要石であるから、こうした事態はNHKガバナンスの崩壊を意味することにもなる。

 なお、籾井会長の再任は論外としても、その他の人材を発掘するに際しては、経営委員会が再三籾井会長に対して、与野党一致の予算承認を得るための努力を求め続けてきていたことに照らせば、会長についても、与野党一致で(全国民的合意)合意可能な人材を求めるという姿勢が維持されなければならないことを付言しておきたい。

受信料問題の決め手はNHKが「見なくても支えるべき公共財か」にある

 NHKにとって受信料問題は、NHKの存在意義を問う重要問題である。現在の放送法は「放送受信機」を有していれば放送を見ているはずと言う論理によって受信料を課しているが、そうしたあり方自体が現状に合わなくなっている。放送をネットで見る人々が増え続けており、それはNHKと民放とに共通する問題である。放送と通信の同時配信は一部で例外的に実施されているが、こうした動向は避けられない情勢にある。この8月には、ワンセグ機能がついた携帯を保持している者が受信設備の設置者に当たるかをめぐる裁判で、さいたま地裁は設置者に当たらないという判断を下したが、NHKは支払うべきとの姿勢を変えていない。

 この問題が、日本の市民社会の成熟度に関する問題だと私が言うのは、例えばドイツでは所帯単位で受信料を徴収しており、フランスでは税金でこれを負担しており、イギリスでは日本と同様の受信料だが、その不払いに対しては収監も辞さないという方針で臨んでいることをどう理解するかが問われているためである。誤解してはいけないのは、フランスが税金で負担しているからといって、そのことは国の言いなりの国営放送になることを決して意味しないことである。

 このような英独仏の対応が正しいのであれば、携帯か受信機かなどという議論自体がそもそも存在し得ないことになる。ここに貫かれているのは、受信料とは要は放送を「見た」ことに対する対価ではない、という信念である。放送を見ても見なくても当然に市民として負担すべき、そうした価値のある問題だという観念である。

 公共財ないしコモンズ(commons)とは、故宇沢弘文教授の言う「社会的共通資本」を意味し、自然や環境、教育や公園等々、およそ社会を構成する上で、法が強制しなくても誰もが必要と考える資源ないし仕組みを意味する。自分は山登りは大好きだけど海水浴は嫌いだから海はどうなっても良い、というような発想そのものが否定される。こうした社会が共有する感覚ないしセンスのことをコモンセンス(common sense)と言い、これを常識と訳したのではその真意は伝わらない。社会は、法に書いてることだけで動かされるものではなく、こうした豊かなコモンズをどれほど共有しているかによって、その社会の質が測られる。

 日本のこの種の議論は、一方で「俺は見ない」のだから払わないという主張に対して、他方では「ただでは見せない」というNHKの側の主張が対応しており、実に貧弱な応酬がなされているように見える。NHKとしては、受信料の値上げや義務化を言う前になすべきことは、こうした意味におけるNHKの公共性についての国民的議論を喚起し、民放とは違って義務化を主張するに相応しい放送内容の徹底的な差別化を図るための努力の姿勢をこれでもか強調することである(一部の番組を除いて、民放とは視聴率で競争しないという覚悟が必要)。私は経営委員の時に、こうしたNHKの公共性とは何かという議論を経営委員会自身が、広範な有識者懇談会等を設けることなどを主導することで喚起していってはどうかと述べたことがある。こうした公共性をめぐる真剣な議論を抜きにしてなされる受信料の義務化論議は、NHKが日本の市民社会の成熟度を計る尺度とはなり得ないことを確認するプロセスにしかならないだろう。

 NHKは東京地域で放送ができない場合に備えて、いつでもどの瞬間でも大阪から、あるいは福岡から放送を継続できるように、24時間体制で準備しているが、そうした市民が真に求める機能をきちんと評価した上で、市民として批判すべきは大いに批判し、しかしそうした公共放送を一人一人が支えるのだという意思を有することが望ましいように思われる。

 NHKの将来を議論する上でNHKのガバナンス問題は決定的な意義を有するが、ここにはきわめて大きな欠陥がある。これについては、ここでは論じられないが、論文の形で意見を表明したことがあるので、そちらを参照していただけたら幸いである(上村達男「日本放送協会(NHK)のガバナンスと監査委員会の機能について」早稲田法学91巻1号<2015年12月>)。

上村 達男(うえむら たつお)/早稲田大学法学学術院教授

【主な研究テーマ】
会社法、金融商品取引法(旧証券取引法)

【主な研究業績】
「会社法改革」(岩波書店)
「会社法はどこへいくのか」(共著、日本経済新聞出版社)
※なお、早稲田大学グローバルCOE企業法制と法創造総合研究所を参照されたい。

【担当科目】
会社法、資本市場法

【学生にひとこと】
法律学は、理論も立法も解釈も日々《創造》のただ中にある。出来合いの知識で足りるという感覚では、今日本で法律学を学んだことにはならない