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千葉 卓哉(ちば・たくや)/早稲田大学人間科学学術院教授  略歴はこちらから

老化のメカニズムの解明―健康長寿の実現を目指して―

千葉 卓哉/早稲田大学人間科学学術院教授

なぜ老化がおこるのか

 老化は、身体の機能や外的要因に対する抵抗力を不可逆的に低下させ、最終的にはその個体に死をもたらします。進化の過程で、なぜ老化や寿命といった「種の保存」に不利に働く現象が淘汰されずに残っているのでしょうか?ヒトが進化のあいだに老化や寿命を持たない究極の生命体として誕生していても不思議ではありませんでした。

 生物の長い進化の過程では、様々な環境の変化がおこっています。この環境の変化に適応するためには、遺伝子の配列を変化させる必要がありました。全く同一の遺伝子を持つ個体で構成される種は、同一の特性を持つと考えられるため、ある個体が生き残れない環境では、その種の全ての個体が生き残れないことを意味します。例えば暑さに強く寒さに弱い生物は、氷河期が来ると絶滅してしまう恐れがあります。そのため、オスとメスで生殖を行う生物が誕生し、遺伝子が混ざり合い、親から子に少しずつ異なった遺伝子を伝達させる仕組みが誕生したと考えられます。生殖によって多様性を持つ子孫を増やし、そのうち最も生存に適した個体が選抜されて生き残り、進化を遂げてきたと考えられます。一方で、有性生殖を行う生物は、生殖後にその生物におこる身体的機能の低下、つまりは老化に対して選択の圧力を加えることができません。

 もう一つ、有性生殖と関連して老化や寿命が存在する理由が考察されています。それは、若い時代には生存率を高めるために重要な働きを持つ遺伝子が、生殖後にはむしろ悪い影響を発揮してしまうという考えです。これは、老化の多面拮抗発現説とよばれています。例として成長ホルモン遺伝子が考えられています。成長ホルモンは、個体が成体になるために重要なホルモンですが、成長し生殖を終えた後は、がん細胞の増殖を招いてしまう可能性があります。種の保存には、生殖によって子孫を残すことが重要です。しかし、通常、生物が生殖を行う時期は寿命が尽きるかなり前であり、生殖を終えた時点ではその個体が実は生存に不利な遺伝子を持っているのかはわかりません。

 実験的には、生殖の時期を早めれば早めるほど、その子孫の寿命は短くなり、逆に生殖の時期を遅らせれば遅らせるほど、寿命が長くなることが知られています。ヒトにおいても、英国の貴族階級に属する女性の記録によれば、長寿の女性は最初の子供を産む年齢が高く、子供の数が少ないことが報告されています。このように、有性生殖と老化、ひいては寿命には、トレードオフの関係があると考えられます。

どのようにして老化がおこるのか

 現在のところ、老化が進む原因は、簡単にいうと体の中に「さび」や「こげ」が生じるためと考えられています。「さび」は科学的には酸化とよばれ、細胞が持つミトコンドリアという器官の働きが弱くなることと関連があります。多くの生物は酸素を取り込んで二酸化炭素を排出しますが、この酸素がミトコンドリアにおいて、活性酸素とよばれる有毒な分子に変化することがあります。活性酸素は水が紫外線や放射線と反応したときにも発生します。この活性酸素は非常に不安定なため、まわりにあるタンパク質や脂質、DNAなどと反応してその性質を変化させてしまいます。これが酸化による傷害です。

 「こげ」は、調理の際に見られ、ブドウ糖(グルコース)とタンパク質の反応によっておこる、メイラード反応とよばれる反応で作られます。体の中にも血糖としてブドウ糖は存在し、タンパク質も豊富に存在するため、体温程度の温度でこのメイラード反応がおこります。特に、血糖値が高い糖尿病の患者さんでは、この反応が健康な人よりも強くおこってしまいます。このようにして生じる「さび」や「こげ」が、老化を早める原因ではないかと考えられています。

老化は防げるか

 老化現象は進行性で不可逆的であると考えられています。しかし、最近の動物実験による研究では、老化を遅らせ、さらに若返りをはかることも可能となりつつあります。腹八分目で長生きとはよくいいますが、動物実験でも腹七分目の餌しか与えていない動物は、好きなように食べさせた動物よりも老化が現れるのが遅れ、寿命も長くなることがわかっています。なぜそのようなことがおこるのか、まだ不明な点は多いですが、体内での「さび」や「こげ」の発生を防ぐことによって老化が遅れているのではないかと考えられています。実際に、食欲を調節する因子がそのような「さび」や「こげ」の発生を防ぐ重要な働きを持つことがわかってきています。

 ヒトが食事制限を長期間続けることは困難であるため、実際に食事の量を減らさなくても、同じような抗老化効果が得られる薬を開発している研究グループがあります。夢のような話ですが、2016年になってアメリカと日本で、それぞれ異なる薬を使ってヒトを対象とした臨床試験が開始されました。我々も独自にそのような物質の探索研究を行っています。

健康長寿のためにできること

 過度な食事制限をする必要はありませんが、食事の内容や摂取法には注意が必要です。例えば以下のようなことが、科学的な根拠を持って老化を防ぐ可能性があると考えられます。(1)空腹感を感じてから食べる、(2)食物繊維を先にとり、次にタンパク質などを摂取し、糖質は最後に食べる、(3)米やパンなどの摂取量を抑える、(4)満腹中枢が刺激されるのに時間がかかるため、ゆっくりと少なめに食べる、(5)多種類の食品や、旬の食材を食べる。

 最近よく見かけるトクホ(特定保健用食品)や機能性表示食品の有効成分の多くは、体の「さび」を防ぐ抗酸化物質としても知られています。野菜や果物などからそのような成分を摂取することが理想ですが、場合によっては健康増進作用を持つことが認められている商品やサプリメントなどから、効率よく摂取することも重要です。

老化は悪いことばかりなのか

 記憶力などを含む、流動性知能とよばれる能力は、比較的若い時期から低下します。一方で、結晶性知能とよばれる経験などに基づく判断力は、60才程度まで維持され、その後の低下も緩やかであることが報告されています。この点から、あらゆる組織の運営には、バランスのとれた年齢構成が必要であると考えられます。また、80代を過ぎると、身体機能の低下にもかかわらず、今の暮らしを肯定的に捉える感情や、自分のこれまでの人生への満足感が高まっていくことが示されています。さらに、100才を超えた方の多くは、ありとあらゆることに幸せを感じる傾向があるといわれています。

 心身ともに健康で幸福な老後を送れるように、生活習慣を見直すことは重要です。健康長寿を実現し、活力のある高齢者が地域や社会に貢献することは、少子化社会を乗り切るために、大切な一歩であると考えます。

千葉 卓哉(ちば・たくや)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】
1971年 三重県生まれ
2001年 京都大学大学院医学研究科博士課程修了 博士(医学)
2001年 長崎大学医学部助手
2009年 長崎大学医学部准教授
2014年 早稲田大学人間科学学術院教授

専門は老化の分子生物学、実験病理学、分子栄養化学。主な著書に「はじめての老化学・病理学」コロナ社(2016年)、Food and longevity genes, Bioactive Food as Dietary Interventions for the Aging Population, Elsevier (2013年)(共著)など。

千葉卓哉研究室