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野村 忍(のむら・しのぶ)/早稲田大学人間科学学術院教授  略歴はこちらから

ストレスチェック制度の課題

野村 忍/早稲田大学人間科学学術院教授

はじめに

 過重労働などの職場のストレスで心身の不調を生じる人が増加し、職場のメンタルヘルスの重要性が叫ばれている。そうした時代背景をふまえて、2015年12月より、改正労働安全衛生法による世界で初めてのストレスチェック制度が実施されるようになった。「メンタルヘルス不調」の予防という画期的な施策であり、各企業で鋭意取り組まれてはいるが、同時に種々の問題点が浮かび上がっている。ここでは、現状の課題と対応策について、①ストレスと病気、②ストレスチェックのツール、③高ストレス者の判定基準、④産業医と外部機関との連携の4点について述べる。

ストレスと病気

 ストレス学説で有名な、ハンス・セリエ博士は「ストレスとは、生体の中に起こる生理的・心理的な歪みであり、このストレスを作るものが外から加えられたストレッサーである。」と述べている。ストレッサーが加わった時のストレス反応としては、心理的反応(不安、緊張、過敏、抑うつ、焦燥、混乱などの情緒的変化)、身体的反応(疲労、倦怠、頭痛、動悸、呼吸困難などの自律神経系反応)、行動的反応(飲酒、喫煙、食行動などのライフスタイルの変化)が知られている。これらのストレス反応は、本来は生体防御の仕組みではあるが、ストレッサーが過剰であったり、慢性的に長く続く状態では、心身が疲労困憊し、体調不良あるいは何らかの疾病に至るということである。ただし、ストレッサーの認知の仕方、ストレス反応のあらわれ方、ストレス対処の仕方には個人差が大きく、一律に評価することが難しい。これまで、種々の生理的・心理的ストレス評価法が考案されてきているが、決定版というべきものがなく、目的に応じて取捨選択せざるを得ない状況である。

ストレスチェックのツール

 厚生労働省のストレス制度実施マニュアルによれば、ストレスチェックのツールとして、職業性ストレス簡易調査票が推奨されている。 職業性ストレス簡易調査票は、米国労働安全衛生研究所(NIOSH)で開発された職業性ストレス調査票をベースに日本版として作成された。職場のストレッサー(ストレス要因)17項目、心身のストレス反応29項目、修飾要因(ソーシャル・サポートなど)11項目の計57項目で構成されている。簡便であり、かつシンプルな構成で、多方面で研究が進められている。

 実施マニュアルでは、この調査票を用いて「高ストレス者」の判定をすることになっているが、そもそも「高ストレス者」の定義がされていないことが大きな問題である。操作的に、心身のストレス反応がある基準点よりも高いことをもって「高ストレス者」とされているが、心身の自覚症状がすなわちストレス反応とすることにも問題がある。あくまでも、ストレッサーの多寡によっておこる心身の反応をストレス反応として考えるべきであろう。また、職場のストレスに限定しており、個人要因や家庭環境などを考慮に入れていないことも論議の的になっている。

 ちなみに、ストレスチェックのツールとしては、上記の職業性ストレス簡易調査票以外でも選択可能となっており、各事業所の衛生委員会での審議をふまえて決定することとなっている。その場合、少なくとも①仕事のストレス要因、②心身のストレス反応、③周囲のサポートの3領域を含んだものとされている。

 すでに先行してストレスチェックを実施している企業も多く、その場合は経年変化をみるという点でも、従来のツールを継続することも有意義であると考える。

高ストレス者の判定基準について

 ストレスチェック制度の実施に際しては、実施者(主に産業医、保健師など)の意見と衛生委員会での審議をふまえて、実施体制、実施方法等を決定し、社内規程を定めることになっている。さらには、高ストレス者の判定基準も衛生委員会で決めることになっており、一層の責任が重く課せられている。実施者がストレスチェック制度に精通し、各事業所の現状に見合った方法を提案することが重要とされる。

「高ストレス者」の判定基準は、心身のストレス反応がある基準よりも高い者とされているが、さらに、心身のストレス反応が一定以上高くて、「職場環境要因+サポート(不足)の得点がある基準よりも高い場合も含める」となっており、混乱の一因となっている。この基準に従うと、ストレス反応はそれほどでもないが職場環境に不満を持つ人も「高ストレス者」と判定されて、面接指導場面で環境改善の話だけで終始してしまうことも経験されている。

面接勧奨されても面接申し出者が少ない!

「高ストレス者」と判定され、面接勧奨されても面接申し出者が少ない(高ストレス者は全受検者の10%と想定されており、そのうちの約3%が面接申し出するというデータがある。したがって、全受検者のうち面接実施者は全体の0.3%!)ことが経験されており、せっかくのストレスチェック制度の成果が出ないことが危惧されている。この原因としては、面接申し出する際にはストレスチェックの結果の開示という前提があることがネックになっている。メンタルなことについては、会社側に知られたくないというのはある意味当然のことでもあり、この点については、制度上の改正が必要ではないかと考える。すなわち、面接指導の段階では非開示として面接申し出の敷居を低くし、その結果やはり就業上の配慮が必要と意見書に記載する際に本人に開示の同意を得るとしておけば、かなりの改善が期待できる。

産業医と外部機関との連携

 産業医の役割としては、衛生委員会への参加、職場巡視・職場環境の改善、健康診断の実施・事後措置、過重労働面談・就業上の意見書提出などの産業保健活動であるが、今回ストレスチェック制度の実施者としての責任・負担が増大したことについて、産業医の間では大きな問題として取り上げられている。精神科・心療内科以外のメンタルな対応が専門でない産業医にとっては、ストレスチェック実施者としての負担、面接でメンタルヘルスケアの指導することの負担あるいは産業医としての責任が増えることに対する懸念は大きい。

 産業医がストレスチェック実施者となり、面接勧奨、面接指導、就業上の配慮などを包括して実施できれば良いが、産業保健スタッフのマンパワーあるいはスキル不足により、必ずしも十分に機能しているとは言い難いのが現状である。その場合は、事業上外資源(医療機関、地域の産業保健センター、EAP企業など)と連携して進めることが必要となる。この際、外部委託機関に丸投げではなく、産業医が共同実施者として連携を十分に取りながら進めてゆくことが望まれる。

おわりに

 ストレスチェック制度は、メンタルヘルス不調の予防、あるいは不調者の早期発見・早期対処という視点から、時代を画する施策であり、その成果が期待されている。しかしながら、上記に挙げたような種々の課題を抱え当惑している企業も多いと聞いている。

 現場の実情、ニーズを取り入れながら、より良い制度へとブラッシュアップされることを期待している。

参照:

厚生労働省ストレスチェック制度実施マニュアル

野村 忍(のむら・しのぶ)/早稲田大学人間科学学術院教授

【学 歴】1977年3月 神戸大学医学部卒業
【職 歴】1996年7月 東京大学医学部附属病院心療内科助教授、2000年4月 早稲田大学人間科学部教授

【主な学会役員】
日本行動医学会前理事長・顧問、日本心身医学会理事、日本ストレス学会理事、日本産業ストレス学会理事、日本医学会評議員 (ほか多数)

【主な著書】
心療内科入門(編著)金子書房、情報化時代のストレスマネジメント日本評論社、心身相関医学の最新知識(編著)日本評論社、行動医学テキスト(編著)中外医学社

【専門分野】
心身医学、行動医学、臨床心理学