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外山 紀子(とやま・のりこ)/早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

「家族団らん」がストレスに?!
社会の病を映しだす現代日本の食事情

外山 紀子/早稲田大学人間科学学術院教授
2018.8.20

叫ばれる食育の重要性

 2005年に食育基本法が施行されて以降、行動計画を定めた食育推進基本計画も第3次を数えるまでとなった。当初は「食育」ということばに違和感を覚えたものだが、最近ではずいぶん浸透したように思う。2000年代以降、日本では、国家主導で「食が大事だ」「家族一緒に食べることが大事だ」「家族団らんの場として食べることが大事だ」というメッセージが発せられ続けている。文部科学省が作成した『家庭教育手帳』では、父母と小学生らしき男の子の団らん場面を描いた挿絵と共に「一緒に食事をするって、とても大切」とする記載があり、道徳副読本『心のノート』、およびそれに続く『わたしたちの道徳』でも家族団らんの食卓写真や挿絵が掲載されている。

「ひとり食べ」孤食の広がりの背景とは?

 近年のこうした動きの背景には、孤食の広がりがある。「ひとり食べ」を指摘した足立による先駆的検討(足立,1983)以来、さまざまな調査で孤食の増加と変質が指摘されている。家族の多様化と共に、大人の孤食も増加している。2017年に実施された「食育に関する意識調査」によれば、1日の全ての食事を「ほとんど毎日」ひとりで食べると回答した大人(20歳以上)は1割を超えた。

 ここで心に留め置かなければならないことがある。子どもの場合も大人の場合も、孤食は個人の心がけの問題ではないということだ。前述の「食に関する意識調査」では、どの年齢層でも、男性でも女性でも、90%程度が「家族と一緒に食事をすることは重要である」に「そう思う」と回答した。しかし、「家族が一緒に食事をする時間を作るのが難しい」とする回答も30%程度となっており、その理由としては「自分または家族の仕事や学校、塾や習い事等で忙しい」という回答が多かった。家族と一緒の食事を望んでも、残業や休日出勤、仕事の付き合い等により、それができない現状がみえてくる。忙しいのは子どもも同じだろう。日本では格差の拡大が大きな問題となっているが、経済的な理由から職場のかけもちを余儀なくされている家庭では、食卓を家族団らんの場とすることはよりいっそう難しいと考えられる。孤食は恒常的な長時間労働やワークライフバランスの欠如、貧困といった社会の病を背景としているのである。

「楽しく食べよう」行き過ぎはストレスに

 「一緒に食べよう」「食卓を家族団らんの場にしよう」という大合唱のなか、子どもを抱えた親たち、とりわけ乳幼児期の子どもをもつ親のなかには、「子どもとの食事がつらくて仕方ない」と訴える者もいる。乳幼児期は自立摂食への移行期ということもあり、食事の途中で遊び食べや立ち歩きが始まったり、口腔機能の未発達さもあって好き嫌いが多い場合もある。1歳を過ぎると自分でやりたい気持ちが強くなるため、ただ受け身的に食べさせられる状態を嫌がり、自分でスプーンを使って食べようとする行動も多くなる。しかし、食具操作のスキルは発達途上にあるため、食べ物の多くが口に入らず、テーブル上や床に散乱することになる。そのような状況では「子どもにイラッとしてしまう」とか「ついつい叱ってしまう」のはある意味当然ともいえるが、「子どもと家族団らんの楽しい食事ができないのは、親として失格」と自分を責めてしまう親もいるようだ。「一緒に食べよう」「楽しく食べよう」というメッセージは、行き過ぎれば親のストレスを強めるリスクとなるのである。

社会的環境を整え、食の原点へ

 他者と食べ物を分配し、社会的な場として食べることは高度な社会的能力にもつヒトにのみ許された行為であり(外山,2008を参照してほしい)、世界中のどこにも孤食を一般的な食事形態とする社会はない。しかし「団らんの場」としての食事は、日本の場合、銘々膳からちゃぶ台、テーブルへと食卓環境が大きく変化した戦後以降のことである(表,2010)。新しい習慣だからないがしろにしてよいということではないが、「太古の昔から楽しく会話しながら食べていた。だから、なんとしてでも楽しく会話しないといけない」というわけではないのである。

 そろそろ「家族団らん」の呪縛から離れ、食の原点に立ち戻ってはどうだろうか。食は動物としてのヒトが生存していくために必要不可欠な行為であり、空腹状態で食物を摂取することは生理的に大きな快感をもたらす。いくら乳幼児相手でも、本来的には食がつらくて苦しいはずがないのである。しかしもしそうだとすれば、社会的環境に不具合があるはずだ。空腹状態で食事に臨めるよう生活習慣を調整し、親を長時間労働から解放し、余裕をもって食事に向かえるよう社会的環境を整えることが、いま求められているといえるだろう。

文献
  • 『なぜひとりで食べるの―食生活が子どもを変える』足立己幸・NHK「おはよう広場」(1983・日本放送出版協会)
  • 『食育に関する意識調査報告書』農林水産省(2018)
  • 『食卓と家族』表真美(2010・世界思想社)
  • 『発達としての共食』外山紀子(2008・新曜社)

外山 紀子(とやま・のりこ)/早稲田大学人間科学学術院教授

専門は発達心理学。著書に『発達としての共食』(単著、2008年、新曜社)、『子どもと食』(共編著、2013年、 東京大学出版会)、『若者たちの食卓』(共編著、2017年、ナカニシヤ出版)、『乳幼児は世界をどう理解しているか』(共著、2013年、新曜社)など。