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片岡 貞治(かたおか・さだはる)早稲田大学国際教養学術院准教授 略歴はこちらから

なぜアフリカでW杯を行うのか

片岡 貞治/早稲田大学国際教養学術院准教授

 第二次世界大戦が終了した1945年には、アフリカの独立国は、エジプト、エチオピア、南アフリカ、リベリアの四カ国のみであったが、「アフリカの年」と呼ばれたあの1960年には17の植民地 1が欧州列強より一挙に独立した。現在、アフリカ大陸には53の独立した主権国家が存在し、実に国連加盟国の4分の1以上を占めた存在となっている。

 その「アフリカの年」から丁度50周年を祝う今2010年、サブサハラ・アフリカ諸国の政治的かつ経済的なリーダーを自認する南アフリカにおいて、アフリカ大陸史上初のW杯が開催されるのは、意義深く、また時宜を得たものとなっている。

 W杯の開催のみならず、現在、アフリカは世界中の耳目を集めている。安全保障、天然資源、移民、貿易・投資、経済協力、感染症、文化、文学、ファッション、観光等、様々な分野で今正にアフリカが国際社会の注目を集めている。

 経済的には、最後の成長大陸、最後の未開発市場、「BOP」等として、世界中の注目を浴びている。事実、アフリカ諸国の政治経済状況は、2000年以降、改善されつつある。世界的な天然資源の価格の高騰を受け、資源国は急激な経済成長を遂げ、それが原動力となり、資源を有していない国も今までにない高い成長率を示している。多くのアフリカ諸国が域内の石油産出国や南アフリカを初めとした南部アフリカ諸国の活況を受け、2005年には5.2%、2006年には5.7%、2007年には5.8%という高い成長率を記録し、2008年にはそのレベルを維持し、輸出額も拡大していた。アフリカ諸国は、歴史的な高水準での経済成長率の上昇傾向を維持していく兆候を見せ始めていた。リーマンショックによる世界経済危機により、2009年は軒並みゼロ成長かマイナス成長と低調に終わったが、それでも、2010年度から急速に回復し、個人の購買力も上がるであろうと予想されている。

 しかしながら、こうした楽観的な分析とは裏腹に、依然としてアフリカ人の70%近くが、一日2ドル以下で暮らす貧困層である。2015年にデッドラインを迎えるミレニアム開発目標(MDGs)においても、アフリカ諸国の多くがその目標を達成できないと見られている。実際に、アフリカ諸国は1960年代の独立後、第一次オイルショックまでは高度成長を続けていた。その後長い期間に亙り、伸び悩み且つ低下し、漸く90年代後半からプラス成長に移行していった。しかし、これは底辺からの成長であり、急激な成長トレンドに乗って、完全にテイクオフしているとはまだ言えない。貧困層は依然と堆積し、深刻な失業問題にも直面しているからである。

 こうした状況下で行われる2010年南アフリカW杯は、歴史的に重要なものであり、南アフリカのみならずアフリカ大陸全体に希望をもたらすものでなければならない。アフリカ大陸初のW杯が、南アフリカで開催される決定がなされたのには、政治的な背景があった。

 1998年にFIFA会長に就任したブラッターが大陸ローテーション制度を導入しなければ、アフリカ諸国がW杯を開催することはなかったであろう。2000年7月の2006年の開催権を巡る選挙においては、3回戦まで縺れ、南アフリカはドイツに敗れる。ブラッター会長は、その時点で、たとえインフラや治安や組織能力に問題があったとしても、アフリカ大陸にW杯を開催する必要があると断言していた。アフリカ開催を断言していたとしても、南アフリカという選択は、ブラッター会長による政治的かつ経済的な選択でもあった。

 2004年5月15日には、南アフリカは、アブディ・ペレ(ガーナ)、ロジェール・ミラ(カメルーン)、ジョージ・ウェア(リベリア)らサッカースターによる親善大使とムベキ大統領及びマンデラ、ツツ、デクラークという三人のノーベル平和賞受賞者との最強布陣で決定選挙に臨み、モロッコを下し、開催権を獲得する。これには、マンデラのプレゼンスが決定的であった。2010年W杯の南ア開催は、マンデラとブラッター会長の産物でもあったのである。

 今次W杯は、なによりもまず南アフリカにとって国民統合の象徴とならなければならない。また、開催国に圧し掛かるプレッシャーは重い。如何なる小さな事件も批判の対象に晒されるであろうし、平和裡に開催することを宿命づけられているからである。40億ドル近くの巨額の予算を費やし、ホスト国の責任を果たそうとした。5つの新スタジアムを建設し、空港や道路などのインフラも再整備した。警備員や警察官を増員させ、治安機構を強化し、公共交通手段の拡充も行った。南アフリカはこのW杯に多くの期待を寄せている。既に16万人の雇用を創出し、多くの観光客の訪問により、更なる特需を期待している。近隣諸国も積極的な観光キャンペーンを行い、期待を寄せている。W杯に出場している他のアフリカ諸国も様々な経済的且つ政治的W杯特需を期待している。南アに牽引される形で多くのアフリカ諸国がこのW杯の成功を期待しているのである。

 確かに、サッカーで病気は治らないし、政治的な緊張も解決できない。しかし、貧困や紛争に苦しむ人々に大きな希望を与え、勇気づけることは出来る。たとえば、コートジヴォワール代表にはイスラム教徒もキリスト教徒も同居している。今次W杯で一致団結して快進撃を見せれば、国民和解も可能であることを国民に見せることが出来る。「アフリカの年」から50周年という節目の2010年に行われる南アフリカW杯は、アフリカ人一人一人に自信と勇気を与え、アフリカの連帯や団結心を更に高め、大陸に対する注目度を今以上に高めることに資することとなろう。

1 1960年に独立した諸国の多くは、旧フランス領諸国であった。カメルーン、セネガル、トーゴ、マダガスカル、コンゴ(民)、ソマリア、ベナン、ニジェール、ブルキナ・ファソ、コートジヴォワール、チャド、中央アフリカ、コンゴ(共)、ガボン、マリ、ナイジェリア、モーリタニアの17カ国が1960年に独立を達成した。

片岡 貞治(かたおか・さだはる)/早稲田大学国際教養学術院准教授

【略歴】

早稲田大学政治経済学部卒業。パリ第一大学政治学博士。96-00年在フランス日本国大使館(政務班:中東・アフリカ担当)、00-04年日本国際問題研究所(欧州・アフリカ担当研究員)。04年4月より現職。2006年4月より、早稲田大学国際戦略研究所所長。欧州やアフリカ諸国の政治家や政府関係者に知己が多く、世界中に豊富な人的ネットワークを有する。特にマリのATT大統領を初めとして、アフリカの各国の指導者層 の知己も得ている。専門領域は国際関係論、アフリカ紛争・開発、欧州安全保障。