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道垣内 正人(どうがうち・まさと)早稲田大学法学学術院教授・一般財団法人日本スポーツ仲裁機構代表理事 略歴はこちらから

スポーツのもめごと

道垣内 正人/早稲田大学法学学術院教授・一般財団法人日本スポーツ仲裁機構代表理事

 今年はオリンピックイヤー。日本代表選手の選考も各種目で進んでおり、スポーツに対する関心が高まっている。選手のひたむきな努力と優れたパフォーマンスは、人々に大きな感動や夢をもたらす。しかし、他方で、アスリートが競技団体の決定に不服を抱くとか、ドーピング、ハラスメント、さらには競技団体運営に絡む不祥事など「もめごと」が生じることもあり、その解決にあたっては法律家の関与が求められることになる。以下では、スポーツと法の関わりの一端を、筆者が代表理事を務める日本スポーツ仲裁機構の活動を通じて紹介したい。

日本スポーツ仲裁機構とは

 日本スポーツ仲裁機構(JSAA: Japan Sports Arbitration Agency)は、スポーツに関する法及びルールの透明性を高め、個々の競技者等と競技団体等との間の紛争の仲裁又は調停による解決を通じて、スポーツの健全な振興を図ることを目的に、2003年4月7日に日本オリンピック委員会(JOC)・日本体育協会・日本障害者スポーツ協会により設立された。運営費は、設立母体である上記の3団体からの年間各300万円の特別維持会費のほか、いくつかの団体からの一般維持会費、スポーツ用品メーカー等からの寄附、スポーツ振興くじ(toto)の収益からの助成金で賄われている。そのほか、文部科学省からの事業受託費などがあり、総額5000万円程度の予算規模である。

 JSAAは中立的であることが肝要であるため、役員(評議員・理事・監事)は、競技団体・競技者・中立の3つのカテゴリーからバランスよく選任されている。スポーツ仲裁及びスポーツ調停に関する事務のほか、スポーツ法の競技者・競技団体・社会一般への普及啓発活動の事業などを行っている。

 事務局は国立代々木競技場内にある。スタッフのうち常勤は1名だけで、他はすべて週に限られた日のみ出勤する者とアルバイトであり、役員はすべて無給である。

スポーツ紛争の解決手段としての仲裁と調停

 仲裁とは、当事者双方が仲裁によって紛争を解決する合意(仲裁合意)をしていることに基づき、第三者である仲裁人が両者の主張を聴いた上で拘束力ある判断を下すものである。競技団体が決定した代表選手選考や懲戒処分に対して不服を抱いた競技者が申立人となって競技団体に対してその決定の取消しなどを求める紛争や、日本アンチ・ドーピング機構が摘発したドーピング防止規程違反について、一審である日本ドーピング防止規律パネルが決定した制裁について、競技者が取消しを求める紛争などが典型例である。

 この種の紛争は、裁判所に提訴しても、「法律上の争訟」(裁判所法3条)でないとされて訴え却下に終わってしまう可能性が大きく、仮に提訴できたとしても、時間がかかってしまうと競技会も競技人生も終わってしまう。そこで、これを迅速かつ適正に解決するために仲裁が用いられるのである。

 これまで、代表選手選考などの紛争について17件の仲裁判断が、また、ドーピングをめぐっては2件の仲裁判断が下されている。

 最近のものとしては、ロンドン・オリンピック・アジア大陸予選会の男子2人乗りボートの代表決定が取り消されたものがある(http://www.jsaa.jp/award/AP-2011-003.html)。これは、6名が組合せを変えて10レース行い、各選手の合計タイムを基準に選考するとされていたものの、イレギュラーな事態が生じたとされ、A選手が前又は後ろの席で漕いだボートのすべての記録を削除し、残りの記録を集計して、B・Cを代表に決定したことに対し、当初の予定通りすべての記録を対象とすれば選考されたはずのDが仲裁を申し立て、イレギュラーとの認定及び事後処理は不適切であり、D・Eが選考されるべきであると主張したという事案である。仲裁パネルは、イレギュラーな事態といえるか否かはさておき、仮にそうだとしても、事後処理には合理性を欠くと判断して、決定を取り消した(その後、報道によれば、B・C対D・Eの直接対戦が行われ、D・Eが選考されたとのことである)。

 他方、「調停」とは、当事者間の話合いの場に第三者として調停人が参加し、その和解のあっせんが成功すれば、紛争は和解により終結するというものであり、調停人には拘束力ある判断をする権限はない。スポーツ紛争の中には、監督・コーチの労働紛争のように、この種の処理が向いているものもあり、これまで3件の和解が成立している。

スポーツ紛争の処理に係る問題点

 第1の問題は、競技者の申立てがあっても、競技団体が仲裁合意をすることを拒否する事例が少なからずある点である(これまで7件)。申立てをしても仲裁が開始しないおそれがあるとすれば、申立て自体を躊躇することになってしまう。これを解決するため、JSAAは競技団体に対して、「自動受諾条項」(競技団体の決定を不服とする競技者からの申立てがあれば常に仲裁に応じる旨の定め)を置くことを働きかけてきたが、現状は、JOC・日体協とその加盟・準加盟団体に限っても47%程度しか自動受託条項を採択していない。この数字を高めていく必要がある。

 第2の問題は、JSAAの仲裁・調停の対象が、トップ・レベルの競技者が関係する紛争に限定されている点である。一方ではプロ・スポーツにおける紛争に、他方では、広く国民一般が楽しんでいるアマチュア・スポーツをめぐる紛争に広げていくことが必要である。

 第3の問題は、第2の問題の原因でもあるが、財政面の改善である。スポーツ仲裁・調停には、人的・物的装置を要し、その費用が最低1000万円であるとして、これを当事者の負担する費用だけで賄うとすれば、年間10件を処理するとすれば1件あたり100万円かかる。では、年間100件を処理するようになれば一案件あたり10万円になるかといえば、100件を処理するには人的・物的装置を増強する必要があり、いつまで経っても十分に低廉なコスト負担で済むようにはならない。そこで、JSAAは、当事者の申立費用を政策的に5万円とし、不足分を上述のtoto助成金及びJOCなどからの会費収入で賄っている。スポーツ仲裁・調停を持続可能な制度とするためには、この会費収入を増やしていくことが必要であり、特にプロ・スポーツ界の理解を得ることが必要であろう。

スポーツ基本法のもとでの新たなスポーツ法の発展

 2011年8月にスポーツ基本法が施行された。これは、1961年に制定されたスポーツ振興法を全面改正するものである。このスポーツ基本法には、振興法にはなかったスポーツ紛争の迅速かつ適正な解決に関する事項が規定された。すなわち、スポーツ団体は、スポーツに関する紛争について、迅速かつ適正な解決に努めるものとされ、また、国は、スポーツに関する紛争の仲裁又は調停の中立性及び公正性が確保され、スポーツを行う者の権利利益の保護が図られるよう、スポーツに関する紛争の仲裁又は調停を行う機関への支援、仲裁人等の資質の向上、紛争解決手続についてのスポーツ団体の理解の増進その他のスポーツに関する紛争の迅速かつ適正な解決に資するために必要な施策を講ずるものとされている。

 今後、この法律に基づく具体的な施策が実施されていくことになる。その中で、上記の問題点が解決され、この面でも、日本がスポーツ先進国になることが期待される。

道垣内 正人(どうがうち・まさと)/早稲田大学法学学術院教授・一般財団法人日本スポーツ仲裁機構代表理事

【略歴】

1955年12月18日岡山市生まれ
1974年: 岡山県立岡山朝日高等学校卒業
1978年: 東京大学法学部卒業
1978年: 東京大学法学部助手
その後、外務省・明治大学・東京大学を経て、
2004年: 東京大学法学部教授を退職し、早稲田大学教授
専門は、国際私法・国際民事手続法
学外では、法制審議会委員・文化審議会委員などのほか、2003年からは一般財団法人日本スポーツ仲裁機構・代表理事。

主な著書: 『自分で考えるちょっと違った法学入門(第3版)』(2007、有斐閣); 『ポイント国際私法・総論(第2版)』・『同・各論』(2007、2000、有斐閣); 『国際私法入門(第7版)』(2012、有斐閣); 『国際契約実務のための予防法学』(2012、商事法務)