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門田 康宏(もんでん・やすひろ)早稲田大学法学学術院准教授 略歴はこちらから

90年代と甲子園
―社会の変化に伴って高校野球はどう変わったか

門田 康宏/早稲田大学法学学術院准教授

部員数の増減と継続率

 〔資料1〕は、日本高等学校野球連盟が1982年以降独自に調査を行い公開している「部員数統計(硬式)」を基にして、筆者が3年ごとにその変遷を転記した一覧である。この30年間、登録部員数の推移は、第二次ベビーブームを折り返し点として増減の傾斜を示している。

 登録部員数が最多の1991年は、ベビーブーム頂点の1973年生まれが高校3年生となった年である。その後は出生数の減少に伴い部員数も下降するのだが、意外にもその傾斜は緩やかで微減にとどまっている。それどころか、2003年以降は過去の最多部員数を上回り続けている。しかも、この表でとりわけ目を引くのが、1985年以来上昇を続けている「継続率」だ。

 1993年のJリーグ創設によりサッカー人気が爆発し、一時は少年野球人口の流出が危惧されたことがある。バスケットボールもNBA中継や人気マンガの影響から競技者数を増やしたはずだ。その一方で、視聴率低下により地上波でのプロ野球中継が縮小されるなど、野球人気に陰りが生ずるとも思われた。ところが、確かに加盟校は減少したものの、高校球児の数はかえって増加に転じたのである。

 その要因として、野茂英雄氏をはじめとする日本人選手の大リーグでの活躍があげられよう。深夜や早朝の衛星中継で、彼らの勇姿に日本人としての喜びを実感した人は多いはずだ。加えて、オリンピックでの日本チームの活躍も忘れてはなるまい。社会の国際化や情報化とうまくリンクして、野球少年の夢も世界へと雄飛したことであろう。

 野球の国際化による人気維持と同時に、退部者が減ったことも「継続率」を高めた重要な要素だと考えられる。スポーツの指導には時に厳しさも必要だろうが、指導者の不勉強による誤った(しかも過酷な)練習メニュー、そして先輩からの理不尽なイジメなどが部員の退部を招いてきたことは想像に難くない。イジメの根絶にはまだ時間を要すると思われるが、適切な指導の下で効率的な練習が徐々に根づきつつあることは確かであろう。

 練習中の水分補給、登板を終えた投手のアイシングなど、80年代までは等閑に付されていた選手のフィジカル・ケアが今では当たり前のこととなっている。インターネットなどを通じて医療の専門家による正しい健康管理法が容易に入手できるし、ネットワークの広がりを利用して指導者の交流や講習会が行われるようにもなった。社会の情報化がこのように有効活用されているのは喜ばしいことである。

公立高校の「総合化」

 もう一つ、1990年代において高校野球に影響を与えたのは学校そのものの変容である。少子化に伴い、私立高校では入学者獲得と学校の生き残りをかけ、学校単位でさまざまな取り組みがあった。共学化、進学校化、運動部の強化、等々。なにしろ少子化時代だ。子どもが少なければ、親はそれだけ余分に教育費をつぎ込むことができる。授業料が高くてもそれに見合う教育がうけられるのであれば、我が子を私立に通わせたいと思うのも道理だろう。

 そんな趨勢の中、1994年に公立高校で制度導入された教育改革のひとつに「総合化」がある。これは、第二次ベビーブーム世代が高校生となり、少子化問題への対応が急務であった1991年、第14期中央教育審議会答申において「普通科と職業学科とを総合するような新たな学科」の設置が提言されたことに端を発する。1990年代半ばから、各都道府県で商工農業などの職業教育を主とする高校が統廃合されて、「○○総合高校」が新設されているのは周知のことだろう。〔資料2〕

 総合高校といっても、そのあり方は画一的ではない。「普通科総合選択制」は普通科を主として基礎学力を身につけ、その上で各人の関心や進路希望に応じた選択科目を学習するものであるし、複数の専門学科を設置している高校において他学科の科目を選択学習できるタイプの「総合選択制」も存在する。実業高校における改革は後者の要素が強い。

 卒業後の多様な進路を可能にすべく考案されたのがこの「総合化」であろう。現在はすでに大学全入時代であるから、進学先にこだわりさえなければ、定員数の統計上は誰もが入学できる。職業学科に所属しながら進学に必要な科目を学べるこの制度が、高校生にとっても親にとっても一見魅力的に映るのも無理からぬことである。しかしそれでは、多様化を標榜して作られたはずの総合学科が、「とりあえずは大学へ」という単一の進路に向かう温床となってしまわないか。また、卒業後すぐに就職を希望する者も、職業科目において高い専門技能を養成されないまま社会に出るため、職場で充分な戦力とはなり得ないのではなかろうか。

 ともあれ、総合学科の導入と引き替えに実業高校が閉校や統廃合によって姿を消すのは非常に残念なことである。従来、これらの学校で専門技能を身につけた卒業生が、堅実に地場産業を支え流通マーケットを守ってきた。大げさかもしれないが、技術大国、農業大国、経済大国の日本を根底から支えてきたのは、町工場で生産される精度の高い部品や、改良を重ねて作り出された絶品の農産物や、それを流通させる経営管理、情報処理、会計などの高い技能であったのではないか。資源の乏しいわが国は、工夫とアイデアと高い技術力で世界と渡り合っていくべきではなかろうか。その点を見誤っては日本の将来は危うい。

公立実業高校の奮起に期待

 しばらく甲子園から遠ざかっている松山商業と高松商業は「四国四商」をなすライバル校であり、地方大会での対戦は「四国の早慶戦」と謳われ人気を博した。松山商と並ぶ春夏7回の全国制覇を誇る広島商業も、2000年代以降は広島大会で苦しんでいるようだ。古豪の甲子園出場を日本じゅうのファンは待っている。奇矯に聞こえるかもしれないが、公立実業高校の不振は、決して高校野球ファンのノスタルジーにとどまらない問題を内包しているように思う。日本の将来がかかっているのだと私は密かに考えている。

 〔資料1〕

  加盟校数 登録部員数 平均部員数 継続率
1982年
(昭和57)
3,488 117,246 33.6 ――
1985年
(昭和60)
3,819 130,577 34.2 72.9
1988年
(昭和63)
3,989 136,733 34.3 73.9
1991年
(平成3)
4,057 150,328 37.1 76.5
1994年
(平成6)
4,104 142,481 34.7 76.9
1997年
(平成9)
4,147 140,201 33.8 78.1
2000年
(平成12)
4,183 148,415 35.5 79.3
2003年
(平成15)
4,223 154,175 36.5 78.8
2006年
(平成18)
4,242 166,314 39.2 81.3
2009年
(平成21)
4,132 169,449 41.0 83.1
2012年
(平成24)
4,071 168,144 41.3 85.8

※継続率:1年生が進級して3年生になった時の残留の割合

 〔資料2〕
『総合学科について』文部科学省資料(文初職第203号)平成5年3月22日
「総合学科は普通教育及び専門教育を、選択履修を旨として総合的に施す学科であり、高等学校教育の一層の個性化・多様化を推進するため、普通科、専門学科に並ぶ新たな学科として設けられたもの」(序文より)

門田 康宏(もんでん・やすひろ)/早稲田大学法学学術院准教授

【略歴】
早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。早稲田大学第一文学部中国文学専修助手、早稲田大学法学学術院専任講師を経て、現職。専門は中国近代文学、文体論。