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田口 素子(たぐち・もとこ)早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 略歴はこちらから

欠食問題と理想的な栄養補給
~五輪選手に学ぶ食事摂取~

田口 素子/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

 2020年に東京オリンピックの招致が決定したことは記憶に新しい。太田選手らオリンピアン(オリンピック出場選手)のスピーチやロビー活動が印象的だった。私はこれまでに多くのトップアスリートに関わってきたが、メダリストで欠食する選手にお目にかかったことはない。彼らは住居環境に関わらず、写真1、2に示したように朝から実にしっかりと食事をとっているのである。特殊な食材や料理は何もなく、たんぱく質やビタミン、ミネラルなどが豊富などこにでもある食材を組み合わせているだけだ。小さいころから欠食せずに食べるのが当たり前の家庭で育ったという。

写真1:オリンピアン(メダリスト)の朝食例1(実家暮らし)

写真2:オリンピアンの朝食例2(一人暮らし)

 さて、すべての国民が心身の健康を確保し、生涯にわたって生き生きと暮らすことができるようにするためには、何よりも「食」が重要である。しかし近年では、栄養の偏り、不規則な食事、肥満や生活習慣病の増加、食料自給率の低下、伝統的な食文化の危機、食の安全など、国民の食生活をめぐる環境は大きく変化し、心身の健康に多大な影響を及ぼすようになった。このような問題を解決するために平成17年に食育基本法が制定され、食育を生きる上での基本であり、知育・徳育・体育の基礎となるべきものと位置付けた。

 また、文部科学省の調査によると、毎日朝食を食べている子どもほど学力調査の平均正答率が高い傾向を示し、体力テストの合計点が高い傾向を示している。さらに、肥満傾向児出現率が低いというデータもある。これらのことから、朝食欠食の改善が現在の課題であり、関係府省と連携して対応することが平成22年3月に閣議決定されるに至っている。

 乳幼児期は食習慣の基礎づくり、学童期は食習慣の定着期、思春期は食習慣の自立期とされている。食習慣は比較的早期に確立されることを考えると、働きかけをするのに重要なのは小・中学生の頃だと思われる。しかし、食育の働きかけが盛んに行われるようになった平成17~19年にかけての児童・生徒の欠食率は減少するかに見えたが、その後は減少していない(1)。そして、高校を卒業する18~19歳で朝食の欠食率が急増し、20歳代では男女とも朝食を欠食する者の割合が最も多くなり、男性で34.1%、女性で28.8%にも達している(2)。およそ3人に1人は朝食を食べていないことになるわけで、驚くべき多さである。

 一方、スポーツを行う小学生に対して実施した調査結果(3)では、朝食を欠食する子どもは極めて少なく、競技力の高い選手(チーム)ほど量、質ともに充実した朝食を摂取していた。「強いから食べている」のではなく、「食べているから強い」と解釈するのが妥当であろう。この研究プロジェクトでは、日々の食事が大切であるという意識づけを行うとともに、「スポーツ食育ランチョンマット」(図1)を作成し、主食、主菜、副菜2品、牛乳・乳製品、果物を毎食そろえましょう、というシンプルで実践的なメッセージを発信している。

図1:スポーツ食育ランチョンマット
(小・中学生のスポーツ栄養ガイド,2010,女子栄養大学出版部より)

 また、写真3は日本陸上競技連盟のジュニア強化指定選手研修合宿における食事指導(食育)による朝食選択内容の変化である。食事はバイキング形式で提供されていたが、指導前は主食と乳製品のみの食べたいものが選択されていた。しかし、食事指導を行うと数日後には右の写真のように野菜や果物なども増え、栄養摂取状態は選択内容の変化に伴い大きく改善されている。一食でこれだけ大きな変化がみられれば、毎食の積み重ねの結果としてコンディションやからだ作りにも多大な影響を与えることは明らかである。食意識を高めるだけでは不十分であり、口に入る食品や料理の量や質を変化させてこそ体調や栄養状態・健康状態に直接影響を及ぼすのであるから、食教育は20歳代になってからではなく、家庭や学校などで小学生の頃から実践的な指導や子どもへの声掛けを繰り返し行う必要がある。ある日から突然充実した朝食がとれるようになるわけではないため、欠食習慣のある人はまず牛乳を1杯飲む、ロールパンを1個食べるなど、何かを口にすることから始めるとよい。

写真3:日本陸上競技連盟の合宿における食育による変化

 しっかり動いてしっかり食べる。この当たり前のことが難しい時代だが、我が子の健全な発育・発達、勉強面での充実、スポーツでの活躍などを望むなら、保護者はまず朝食の充実をはかることから始めていただきたい。保護者の食への意識が変わらなければ子どもの栄養状態は変わらない。

 昨今のオリンピックムーブメントの中で、オリンピアンあるいは夢に向かって必死にトレーニングを重ねるアスリートたちの食生活が手本となって保護者の食意識や態度が変わり、子どもたち、若者たちの欠食が減ることに大いに期待したい。

1) 独立行政法人日本スポーツ振興センター「児童生徒の食生活等実態調査」結果より
2) 平成23年国民健康・栄養調査結果より
3) 平成18~20年度日本体育協会スポーツ医・科学研究報告「小学生を対象としたスポーツ食育プログラム開発に関する調査・研究」報告より

田口 素子(たぐち・もとこ)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

大妻女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業、日本女子体育大学大学院修士課程修了、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。博士(スポーツ科学)、管理栄養士、公認スポーツ栄養士、健康運動指導士。専門分野はスポーツ栄養学。企業勤務、国立健康・栄養研究所健康増進部協力研究員、国立スポーツ科学センタースポーツ医学研究部契約研究員、日本女子体育大学准教授を経て現職。特定非営利活動法人日本スポーツ栄養研究会理事。日本陸上競技連盟医事委員。文部科学省の今後の学校における食育の在り方に関する有識者会議委員。2010年に秩父宮記念スポーツ医・科学賞奨励賞受賞。ジュニアからトップレベルまでスポーツ選手および指導者に対する栄養指導経験豊富。主な著書は「戦う身体をつくるアスリートの食事と栄養(共著)」(ナツメ社)、「新版コンディショニングのスポーツ栄養学(共著)」(市村出版)など多数。