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礒 繁雄(いそ・しげお)早稲田大学スポーツ科学学術院教授 略歴はこちらから

走りのコツはデータで表せる
-最大速度向上は、ゲームスポーツの持久性を高められるのでは-

礒 繁雄/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

走りのコツのメカニズム

 走りの速さは、生まれ持ったものと考えられやすいです。確かに、運動会の「かけっこ」では、とび抜けて先頭を走る児童がいます。そういった児童が集まり、競わせるとチャンピオンが生まれます。これが、競技会での喜びであり親族も高揚するものです。しかしチャンピオンは、それ以降の大会で追われる立場または目標として扱われ、追う側・追われる側ともに様々な工夫を行い専門的な指導者に本格的トレーニングを受け始めることになるのです。このようにして、高度な知識や経験知が実践されてゆき、記録向上へと結びついていきます。

 では、最善のトレーニングとは、いったいどのようなものなのでしょうか。私は、現象の根幹を見定めることが重要と考えます。走りというものは、重力の中で移動することであり、その動作は左右の脚がほぼ同様に交互に連動する循環運動であります。重力の中では、力の存在を見定めることが先決でしょう。しかしこれは容易に明らかにすることができません。そこで科学が必要となります。図1は、1秒間に10.3m(100m走換算では、10秒8程度)移動する動作を特別な施設で撮影分析し、床反力と同期した抽出図です。地面に伝わる力は黄色の矢印で示しています。図中の左から2つ目で体重の5倍弱で力出現(出しているのではなく出ている)しています。一般的に重要な動作または躍動感は、図中の左から3つ目から4つ目に至る動作が選ばれ易いものでしょう。しかし、違います。

 短距離走は、時代経過と共に科学的解明が進み、多くの分析手法により、見えなかった「力」を数量化できるようになっただけでなく、そのデータを指導場面に反映したことで、トレーニング視点も大きく変わってきました。その代表的な筋出力は、動作の変化が少ないにもかかわらず力出現が起きている筋腱の伸張-短縮サイクル(stretch shortening cycle:SSC)による運動連鎖であります。これは、接地直後の外的な力伝達(姿勢を保持する)と動作の変化をさせないにもかかわらず脚の中では、筋と腱は収縮していることで力出現しているということであります。さらに、循環運動のため接地直前から予備伸張がなされていることでより多くの力に対応できる状態になってくると考えられます。解りやすく説明すると、速度が増すと身体を保持するための力が必要となり、さらに短時間で対応するためには、対応できる姿勢と予備的な姿勢づくりが必要になってくるということです。

図1 走りの力と動作の抽出図

サッカーへの短距離走導入

 J1下部組織に所属する中学生(各学年15名程度)を対象に、週1回「最大速度の向上」を目的としたトレーニング(30分程度)を実施しました。トレーニングの内容は、SSC関係の筋刺激や動きづくりと走動作の改善指導を各15分程度行うというものです。表1は、40m走を10mずつ記録測定装置(光電管)を用いて測定した値を集計したものです。表中のT1は、トレーニングを行う直前の測定値であり、T2とT3はそれぞれ3か月経過後に測定した値を比較しています。

表1 各局面でのトレーニング効果

 3か月間のトレーニング効果を確認するため、図中のT1-T2を注目してください。0-40mの有意差マーク*は、記録短縮を表しており、トレーニング目的は順調と考えました。しかし、最大速度を向上させるトレーニングであるにもかかわらず、最大速度が出現する30-40mの記録短縮が現れなく、スタート後20mまでの記録向上がみられました。この時点で、フィジカルコーチと話し合った結果、選手全体の姿勢の傾向がスタートから前傾が少なくなりスムーズな走りになっている現象から、条件を変えずに実施するという結論になりました。後日、動作分析を比較すると極端な前傾がみられなくなっていました。それから、3か月後のT2-T3の成果は、目的としていた30m以降の記録短縮が現れていましたが0-10mの記録短縮は見られませんでした。

 トレーニング開始後6か月を要しましたが、目的とする最大速度向上を達成することが出来ました。この点は、陸上競技の短距離走トレーニングの視点がサッカー競技のトレーニング内容に導入することが出来たということになりますが、予期していなかったことは、トレーニング初期の段階でスタート時期の記録短縮につながったことです。一つの考えとして、前傾角度を大きくしてピッチを高めるトレーニングだけでは、逆にスタート動作を更に向上させるとは限らないことが伺えます。この点については、10年以上前にアメリカンフットボール学生日本代表レベルのレシーバーに短距離トレーニングを導入した時にも同じ状況を得られたことがあります。

最大速度向上が持久性を高められるのでは

 J1下部組織に所属する中学生を対象とした別の研究では、週1回程度のトレーニングを走力向上に伴いマイナーチェンジを加えながら、約3年間実施しました。このトレーニング効果は、試合場面での俊敏なボールへの到達や競う選手を振り切る力につながるものと予測していました。試合場面では、多少その成果が発揮されたとの選手コメントを得られましたが、それ以上にコーチングスタッフや対戦チームからゲーム速度が落ちないというコメントを多く受けました。

 ここではデータをとることが出来ませんでしたが、試合持久力に対する新たなとらえ方を述べたいと思います。このゲーム速度が落ちないという現象は、トレーニング指導にあたったコーチ陣も感じており、持久性トレーニングの効果が出ていると考えましたが、フィジカルコーチは、持久力がこれまでと変わっていないため、違う要素があるのではと疑問視していました。あるとき中心的な技術コーチが、選手の最大速度の向上が試合のゲーム速度への対応を楽にさせ、多少の疲労でもゲーム速度維持につながり、試合持久力向上につながっているのではないか!という仮説をたてました。陸上競技の長距離選手が短距離の走速度向上で記録短縮につながった事実があることから、私も同様の感覚を持っていました。このことは、持久力向上のためには呼吸循環器系のトレーニングばかりではなく、走速度向上のトレーニングも重要なトレーニング要素であるということになります。

 まだまだ検証が必要ですが、この視点は、新たなチームスポーツの持久性の考え方となるかもしれません。スポーツ科学によって見定めることのできる現象の根幹はまだまだ多く、一つの動きの研究だけでも様々な競技力向上に応用していくことが出来そうです。

礒 繁雄(いそ・しげお)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

【略歴】
生年月日 1960(S35)年4月21日 55歳
出身地 栃木県

専門
コーチング科学、障害者スポーツ指導員育成

学歴
1979年 栃木県大田原高等学校卒
1983年 早稲田大学教育学部卒
1985年 日本体育大学大学院終了

職歴
1985-87年 日本体育大学大学院期限付き助手
1987-2003年 関西学院大学一般体育教員(助手―教授)
2003年-現在 早稲田大学スポーツ科学学術院(助教授―教授)

競技歴
1981・81年 日本学生陸上競技選手権 2連勝(110mハードル)
1982年 第9回アジア大会 6位(110mハードル)

指導歴
北京オリンピック、世界陸上、ユニバーシアード、アジア大会等

現在、早稲田大学競走部 監督