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押見 大地(おしみ・だいち)/早稲田大学スポーツ科学学術院助教 略歴はこちらから

なぜ、スポーツで人は感動するのか?:
ラグビーブームの行方

押見 大地/早稲田大学スポーツ科学学術院助教

ジャイアントキリングを体現した日本の勝利

 2015年9月19日、日本対南アフリカ戦。ラグビー界のみならず、スポーツ界を驚かせたラグビー日本代表勝利の一報は、瞬く間に世界中を駆け巡ることとなりました。それまでラグビーW杯での戦績が1勝23敗だった日本が、25勝4敗で過去2度の優勝経験のある”巨人南アフリカ”を倒したのだから無理もない。その後日本はちょっとしたラグビーブームが巻き起こり、その後行われたスコットランド戦(14.6%)やサモア戦(19.3%)は深夜にかかる時間帯にも関わらず軒並み高視聴率を叩き出しました1)。この背景には、かつて隆盛を誇ったラグビー人気から近年の低迷を経た歴史的背景の中で、溜まっていたうっ憤を一気に吹き飛ばし、人々の心を大きく突き動かした「感動体験」が少なからず影響したと筆者は考えています。

 図1は感動のインパクトを示す図ですが、感動は満足と比べ、ある期待値を超えた際に人々の心と行動を一気に突き動かす”爆発力”を持っています。本稿では、観戦者やファンの視点から、なぜ、南アフリカ戦は人々の心を動かしたのか? このブームは持続可能か? について考えてみたいと思います。

図1. 満足と感動が顧客ロイヤルティに与える影響
小野(2010)2)をもとに筆者加筆

複数の感動的要素が重なった南アフリカ戦

 スポーツは人々の様々な感情を喚起することが知られており、例えば嬉しい、喜び、感動といったポジティブなモノから、悲しい、落胆、怒りといったネガティブなモノまで存在します3)。それは、スポーツには結果の不確実性(試合の結果が予測できない)や競争性(対戦チームや選手との争い)、あるいは、特定のチームや選手へのコミットメント(愛着)の強さ等が人間の心理的覚醒を引き起こすからだとされています4)。そうした感情的経験は、スポーツ観戦の醍醐味ですが、中でも「スポーツと感動」はスポーツ観戦がもたらす心理的なベネフィット(便益)を表す象徴的なキーワードとしてよく用いられています。表1は、筆者らがプロサッカー観戦者やプロバスケットボール観戦者、大学生などを対象(合計1741名)に、計5回の質問紙調査を実施し、統計学的手法を用いてスポーツ観戦における8つの感動シーンを抽出したものです。

表1. 8つの感動場面とその定義5)

感動場面 定義
共鳴・一体感 他の観客の熱狂的な応援を見たり、自分が一緒になって応援することで 他の観客に共鳴したり一体感を感じること
スタジアムライブ観戦 自分が好きな選手や有名な選手を、スタジアムで生観戦すること
ドラマ的展開 自分が応援しているチームが、劇的な展開により勝利すること
卓越したプレー 選手の個人技術やチーム連携がとても優れていること
劣勢からの活躍 選手が何らかの劣勢の立場から、それを乗り越えて活躍すること
懸命な姿 選手やチームが試合終了まで必死に頑張ること
ヒューマニティ 選手が人間としての豊かな情緒を感じさせること
付加的要素 美しく壮大なスタジアムを見たり、優れたスタッフサービスを受けること

 この8つの感動シーンの作成にラグビー観戦者は含まれていないため、すべてを説明することはできませんが、今回の南アフリカ戦に当てはめてみると、少なくとも4つの感動場面が関係していたと予想されます。まずは、「ドラマ的展開」ですが、終了間際29-32で負けていた状況から逆転の”サヨナラトライ”はまさにドラマ的展開に該当します。また、ほとんどミスのない優れたパフォーマンスを演じた日本のプレーは「卓越したプレー」であり、試合終了間際まで諦めなかったハードで勇気あるプレーは「懸命な姿」に当たります。そして、今回の勝利はかつてない程の”番狂わせ”であったことからも、日本チームは実績や体格差を跳ね返した「劣勢からの活躍」につながりました。筆者は該当の試合が深夜帯であったことから一人で試合を視聴しましたが、仮に複数名で視聴したりスタジアムで観戦していたとしたら、他の観客との「共鳴・一体感」による感動がさらに増幅されていたことでしょう。一般的に感動は複数の要素からもたらされるものと考えられますが、今回のケースは各要素がそれぞれ強いインパクトを有しており、強烈な印象を人々にもたらしたのだと考えられます。

感動がもたらすブームとその継続性

図2. 感動喚起のメカニズム Oshimi (2015)7) より

 今回の代表チームの活躍はラグビーのメディア価値を飛躍的に向上させ、連日のように新聞やニュースでラグビーに関する話題が取り上げられました。そうしたメディアの力に加え、SNSを通じた「興奮の拡散」がこれまでラグビーに興味を持たなかった人々に「転移」し、多くの人々がラグビーに対して好意的な態度を形成するに至りました。しかしながら、感動がもたらす効果の継続性にも限界があり、徐々にその熱が冷めてくる(飽きてくる)ことが一般的です。図2は人々が感動するメカニズムを表したものであり、感動は、ポジティブな感情に驚き(surprise)の感情が加わることによって、事前に抱いていた期待を大きく上回って(ポジティブな期待の不一致)発生するとされています6)。こうした「驚きを伴った感動」は一般的に強いインパクトを持つものの、長期的な効果が得られるとは限りません。一方で、感動には驚きの感情を伴わない「予定調和の感動」の存在も指摘されています8)。例えば、何度も聞いたことのある音楽なのに感動してしまう、何度見ても泣いてしまう本や映画のことを思い出してみて下さい。その経験には驚きの感情はないはずで、一定の特徴的なパターンに沿って感動に至るのです。例えば、スタジアムで得られる感動の中にも「試合前に他のサポーターとチームソングを歌う際は常に感動する」といった予定調和の感動に該当するような事例もあります。予定調和の感動が持つ利点は「再現可能性」であり、一度作り上げると何度でも再利用が可能になることです。試合結果の不確実性を伴うスポーツにおいて常に「驚きを伴う感動」を再現することは難しいため、たとえ応援チームが負けたとしても満足・感動できるような仕掛けを継続的に創造していく必要があるでしょう。

 今、ラグビー界にとってはチャンスが到来しています。2019年のラグビーワールドカップ日本開催に加え、来年から世界のトップチームが集う「スーパーラグビー」への日本チームの参戦が決定し、世界トップレベルのチームとの対戦が日本でも観戦することが出来るようになります。部活動でのラグビー部員数の減少が叫ばれる一方で、子供を対象としたラグビースクールの生徒数が伸びているという報告もあります9)。注意すべきは、今回新たにラグビーに興味を抱いた層(所謂にわかファン)に対するアプローチの仕方でしょう。こうしたファンが例えばW杯大会後に国内リーグの観戦に出かけた際に失望させない工夫が必要になります。スタジアム内のWiFiの整備や、ルールを解説するアプリの開発、スタジアムサービスの充実や、ラグビー初心者でも入りやすいスタジアムの雰囲気作り等、ファンのニーズを分析し、試合でのパフォーマンス以外の要素を充実させることは普及活動やチームの強化と同時に重要です。スタジアムでもたらされる感動のうち、満員のスタジアムでの観戦で喚起される「共鳴・一体感」を創出するためには、そうしたにわかファンの”数の力”も必要になりますし、満員のスタジアムでの観戦経験はたとえルールがわからなくても、全ての観客にとって十分に人々の心理的状態を覚醒に導いてくれるからです。

 ヒントとなる活動は、2013年ラグビー早明戦に向けて行われた「早明戦集客プロジェクト」に見られます。これは、早明戦の観戦者数の減少と早明戦国立競技場の取り壊しに伴って設立され、早大OBを中心として対戦校である明治大学も巻き込んで行われた集客プロジェクトです。両校の大学サークルや有名シンガーによる試合後イベントに加え、応援タオルの配布や記念誌の発刊、様々な媒体を用いた広報活動を通じたマーケティングの結果、46,000人を超える集客を成功させました。今後、集客の視点からラグビー人気の持続を考える際には、こうした仕掛けを恒常的に創造できる人員・組織を確保し、集客によるインセンティブが働く組織的な構造改革が必要になってくると考えられます。

参考文献・資料

^1) ビデオリサーチhttp://www.videor.co.jp/index.htm
^2) 小野譲司(2010)顧客満足[CS]の知識. 日経文庫.
^3) Sloan, L. R. (1989) The motives of sport fans. In: J. H. Goldstein(ed.), Sport, games, play (2nd ed.). Lawrence Erlbaum Associates: Hillsdale, NJ, USA.
^4) Wann, D. L., Melnich, M. J., Russel, G. W., and Pease, D. G. (2001) Sports fans: The psychology and social impact of spectators. Routledge: NY, USA.
^5) 押見大地・原田宗彦 (2010) スポーツ観戦における感動場面尺度. スポーツマネジメント研究, 2: 163-178.
^6) Oliver, R. L., Rust, R. T., and Varki, S. (1997) Customer delight: Foundations, findings, and managerial insight. Journal of Retailing, 73: 311-336.
^7) Oshimi, D. (2015) Emotions of sport spectators. Sports Management and Sports Humanities, Kanosue, K., Kogiso, K., Oshimi, D., and Harada, M. (Eds.) . Springer. Tokyo. Japan.
^8) 押見大地(2015)1章:心理学から見たJリーグ. Jリーグマーケティングの基礎知識, 原田宗彦・押見大地・福原崇之. 創文企画.
^9) 日経新聞(2015)10月5日(夕刊).

押見 大地(おしみ・だいち)/早稲田大学スポーツ科学学術院助教

【略歴】
生年月日 1981年3月9日生まれ
出身地 東京都

【専門】
スポーツマネジメント、スポーツマーケティング

【学歴】
1999年 広島三育学院高等学校卒 2005年 早稲田大学人間科学部卒 2010年 早稲田大学スポーツ科学研究科修士課程修了 2013年 早稲田大学スポーツ科学研究科博士後期課程修了

【職歴】
2005-2008年 (株)JTB首都圏勤務 2013-2015年 早稲田大学スポーツ科学部助手 2015-現在 早稲田大学スポーツ科学部助教

【社会活動】
日本スポーツマネジメント学会編集委員、公益社団法人スポーツ健康産業団体連合会事業部会委員など

【著書】
Jリーグマーケティングの基礎知識(共著,2013年,創文企画)、スポーツ産業論第6版(共著,2015年,杏林書院)、Sports Management and Sports Humanities(共編著者,2015年,Springer)スポーツ白書(共著,2014年,笹川スポーツ財団)など