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吉永 武史(よしなが・たけし)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 略歴はこちらから

スポーツも教育
―運動やスポーツを通して人間形成を図る―

吉永 武史/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

運動やスポーツが持つ教育的価値

 私たちは人生のあらゆる場において、運動(遊びを含む)やスポーツに取り組む機会を得ます。親子でのキャッチボール、スイミングスクールや体操教室などの習い事、体育授業におけるバスケットボールやティーボールなどの学習、休み時間の鬼ごっこやドッジボール、運動部活動での陸上競技や野球、大学でのテニスやフットサルなどのサークル活動、休日のジョギングや登山など、生涯を通じてさまざまな運動やスポーツに親しんでいます。このように私たちが運動やスポーツを行うのは、それ自体が持つ面白さを味わうためであったり、健康の保持増進のためであったり、ストレス対処術や社会的スキルを身につけたりするためであったりと、その理由もさまざまです。運動やスポーツには多様な教育的価値があり、それらの価値を享受させることによって人としての成長が促されることから、いずれの学校段階のカリキュラムでも「体育」が必修として位置づけられています。

子ども時代は多様な運動遊びやスポーツを経験させることが大切

 他方で、「運動嫌い」といった言葉に象徴されるように、運動やスポーツを行うことに対して消極的な人たちがいることも事実です。それには、「運動やスポーツを行うことが楽しいから参加する」という内発的な動機づけが欠落していることが原因の1つとしてあげられます。この問題を解決するためには、運動有能感(自分は運動ができるという自信)を高めることが求められますが、それには子ども時代の運動やスポーツへの取り組みが重要なカギを握っています。特に神経系の発達は10歳前後でピークを迎えることが指摘されていますので、子どもの頃に多様な運動遊びやスポーツを経験させることは、生涯スポーツの基礎を培うことになります。

他者との関わりがコミュニケーション力を育む

運動やスポーツにおける集団的達成の喜び
(「野外活動実習」のレクリエーション活動にて)

 若者同士の人間関係の希薄化やコミュニケーション力の低下が叫ばれるようになってから、もうずいぶん時が経過しました。少子化やインターネットの普及などがその背景にありますが、それらが今もなお社会問題として取り上げられる現状からは、未だ解決の糸口が見えないと言わざるを得ません。経済産業省が提唱している「社会人基礎力」の中でも、「多様な人々とともに目標に向けて協力する力」が重要視されています(経済産業省HPより)。しかし、就職を目前に控えた大学生でさえ、そのような力量が十分に形成されていない者も少なくありません。「ランチメイト症候群」という言葉の出現に驚かされたこともありましたが、ここ数年では、他者とうまく関わることができないことに思い悩む学生たちを目の当たりにしてきました。そのため、学部の授業では、スポーツを取り巻く諸問題についてグループでディスカッションさせたり、中学校の体育授業を想定した教材開発に共同で取り組ませたりするなど、学生同士が直接関わり合うような学習環境を工夫してきました。その中で特に効果的だったのは、教室を飛び出し、グラウンドや体育館で実際に体を動かしながら関わり合う運動やスポーツの活動でした。長縄での跳躍回数をグループ対抗で競わせたり、バドミントンで(シングルスではなく)ダブルスのゲームを行ったりすることで、自然と仲間同士で声をかけ合ったり、ショットが決まったときにはハイタッチをしたりするなど、学生間での肯定的な関わりが多くみられるようになりました。再び教室での学習活動に戻っても、同じような肯定的な関わり合いが見られます。

 私が専門とする体育科教育学の研究領域でも、体育授業の成否が学級集団の人間関係や雰囲気に影響を及ぼすことが明らかになっています(日野ほか,2000)。また、諸外国の動向に目を向ければ、米国のNASPE(National Association for Sport and Physical Education)が作成したナショナル・スタンダードにおいては、「Physically Educated Person」(身体的教養を備えた人)という教科目標を達成するための具体的目標の1つとして、運動やスポーツが社会的相互作用の機会を与えることを理解することが位置づけられています(NASPE,2004)。つまり運動やスポーツは、他者と関わり合う経験を潤沢に保証し、社会の中で多様な人々と関わりながら生きていくために必要なコミュニケーション力を育むことを可能にするのです。

適切な運動やスポーツの経験を保証する環境づくり

教師の適切な関わりが運動やスポーツ好きの子どもを育てる
(小学校の体育授業におけるインストラクション場面)

 運動やスポーツには多様なメリットがある一方で、負の側面があることも認識しておかなければなりません。もう3年ほど前になりますが、大阪市の公立高校の運動部活動において、指導者から暴力を受けた高校生が自ら命を絶つという痛ましい事件が起きました。つい1ヶ月前には、ロシアの陸上界で組織的にドーピングが行われていたことがWADA(世界アンチドーピング機構)によって認定され、スポーツ界に衝撃を与えました。このような負の側面は、決して競技レベルの高い世界だけの話というわけではありません。例えば、小学生のミニバスケットボールで、指導者が試合に勝つことだけを追求し過ぎる余り、ミスをした子どもに対して罵声を浴びせて叱責し、その子が泣きながらボールを追いかける場面を目の当たりにしたことがあります。また、体育授業のサッカーでも、運動が苦手な生徒に対してはパスが回らず、その生徒が一度もボールに触れることなくゲームが終わってしまうことも少なくありません。

 このような問題を解決していくためには、発達段階に応じた運動やスポーツの環境づくりが必要不可欠になります。当然ながら、その中心的な担い手は学校の先生やクラブのコーチとなりますので、これらの指導者をどのように育成していくかが重要な課題となります。自らの経験のみに依存する指導者は過去の指導方法だけを適用する傾向があり、最新のスポーツ科学の知見を学び、自らの指導方法をアップデートさせていく姿勢を持っていません。そのことが、上述したような体罰問題が繰り返される一因にもなっています。

 運動やスポーツが持つ醍醐味を味わうことができれば、誰もが日常的に実践するようになるでしょう。またそのことは、心身ともに健康で充実した社会生活にもつながります。そのような意味では、適切な運動やスポーツの経験を持たせる環境づくりの担い手となる指導者への期待は大きいと言えるでしょう。

出典

日野克博ほか(2000)小学校における子どもの体育授業評価と学級集団意識との関係、体育学研究45(5):599-610.
経済産業省HP(http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/)
NASPE(2004)Moving into the Future: National Standards for Physical Education. AAHPERD Publications.

吉永 武史(よしなが・たけし)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

【略歴】
1972年、熊本市生まれ。筑波大学大学院博士課程体育科学研究科単位取得退学。筑波大学体育科学系文部科学技官、早稲田大学スポーツ科学部助手、東京女子体育大学専任講師を経て、2011年より現職。編著に「小学校『戦術学習』を進めるフラッグフットボールの授業づくり」(明治図書)、共著に「新版体育科教育学入門」(大修館書店)ほか。