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堀野 博幸(ほりの・ひろゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授 略歴はこちらから

羽生結弦の強さの秘訣 “発明ノート”とは?
~トップアスリートが実践するメンタル・メソッドの効果

堀野 博幸/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

写真提供:羽生結弦選手

 フィギアスケートで世界中を魅了する羽生結弦選手。羽生選手の演技を向上させ続ける理由の一つが、彼自身が「発明ノート」と自称する「練習日誌」といわれています。羽生選手は、「毎日のように、練習で気になったことや思いついたことを殴り書きする。スピード、タイミング、感覚……。自分が試してみて良かったことと悪かったこと、疑問点などが記されている。<中略>『発明ノート』は就寝前、布団に入ってイメージトレーニングをしている最中にひらめき、起き上がって書くこともある。『眠い、と思いながら机に向かって、ガーッと書いて、パタッと寝る。』」(後藤、2014)と紹介されています。

『発明ノート』、いわゆる「練習日誌」の心理学的効果とは?

 日々の練習を振り返り、その日の取り組みや課題を整理し、翌日のトレーニングへ向けた新たな目標を設定することは、多くのトップアスリートが行っているルーティンです。またビジネス界でも、同様のルーティンを行っている方々は多いことでしょう。この「日々を振り返り記録するプロセス」には、次の3つの効果があります。

1. 「記憶の定着と忘却の防止」
頭の中に詰め込まれた事柄を取り出しノートに書き出すことで、重要な事柄を記憶に定着させるとともに、時間とともに忘れてしまうことを防いでくれます。

2. 「現状分析と目標の再設定」
書き出された事柄をノートの上から眺めて全体を俯瞰(ふかん)し、問題点や成否の理由を客観的に分析したうえで、新たな目標設定を可能にしてくれます。

3.「囚(とら)われからの解放」
 頭の中で考え続けることをノートに取り出すことで、気になることへの執着や心が囚われた状態から自分自身を解放してくれます。
つまり練習日誌、いわゆる振り返りノートは、日々PDCAサイクルを効率的に繰り返し、次のトレーニングや仕事への周到な準備につながります。そして、「囚われた状態」から自らの“こころ”を解き放ち、こころを元気にしてくれるのです。

トップアスリートの描く練習日誌とは?

 トップアスリートは、練習日誌に日々何を描いているのでしょうか?体操の内村航平選手が小学生の頃に描いた練習日誌がメディアで紹介されています。彼のノートには、演じたいと考える技の分解図が山のように描かれているそうです(森合、2012)。

 トップアスリートは、今日挑戦した取り組みを振り返りノートに描き出すとき、頭の中で想起したイメージを、文字とともにイラストで描き出します。そのプロセスで、彼らは現在のイメージを理想のイメージと比較し、現状の課題を分析します。そして、課題改善の方向を考え自身のイメージを理想のイメージへと近づけていきます。このプロセスで、視覚的に捉えやすいイラストを描くことは、イメージの鮮明化を促進します。つまりトップアスリートは、ノートや日記を通じ効果的なイメージトレーニングを実践しているのです。

サッカーの本田圭佑選手の「夢ノート」

 トップアスリートである本田選手やイチロー選手の卒業文集には、将来の目標が驚くほど具体的に書かれており、その多くを彼らは実現しています。また本田選手は、人生や仕事の夢(将来の大きな目標)を綴った「夢ノート」の重要性を語っています。練習日誌が、日々の目標に対する取り組みの検証と目標の再設定とすれば、中長期の目標を記した「夢ノート」は、日々の出来事で右往左往しがちな私たちに、進むべき道筋を示し続けてくれる「道しるべ」といえます。

 夢ノートに描く効果的な目標設定には、次の5つに留意することが重要となります。

1. 他人でなく自分自身で:「受動的でなく能動的」

2. 難しいが挑戦すれば実現可能:「挑戦的かつ達成可能」

3. 大きな夢から逆算し一歩ずつ:「段階的・漸進的」

4. 何を、いつまでに:「客観的評価が可能・達成時期の明確化」

5. 前回の成功と失敗を活かす:「振り返りと目標の再設定」。

「自分だけのノート」、その効果的な描き方とは?

 どのようにすれば、トップアスリートのように、効果的なイメージトレーニングを可能にするノートを作れるのでしょうか。

 イメージトレーニングでは、イメージの「鮮やかさ」とイメージを「自在に操れること」が重要とされています。またトップアスリートは、「外から見た自分の(外的)イメージ」に加え、「内側から見た自分の(内的)イメージ」を描けることが、スポーツ心理学の研究から分かっています。彼らは、自分の筋肉の動きに加え五感に宿る繊細な感覚でさえ、鮮明にイメージできます。内村選手は日記に演技のイラストを描きながら、五感を研ぎ澄まし、自分の身体の内側の感覚を同時にイメージし、鋭く感じ取っていたことでしょう。

 このように、鮮明なイメージを想起するためには、対象となる動作や課題、皆さんであれば仕事の内容について、多くの経験と知識を蓄えていくことが必要不可欠となります。

 効果的なノートを作るためには、トップアスリートたちがそうであったように、最初は日々の出来事を並べて書き出すことから始め、徐々に内容を詳しくしていけばよいのです。また文字だけなく、イラストやコラージュ(写真や絵の切り貼り)を用いてノートを作ることをお勧めします。描画は、皆さんの目標イメージを鮮明にし、動機づけを高めてくれるはずです。続けてイメージしていくうちに、外側からのイメージに加え、自身の経験や知識に基づく内的なイメージが鮮明に描けるようになることでしょう。

 サッカーの中村俊輔選手は、長年綴り続けるサッカーノートについて、継続の重要性を強調するとともに次のように述べています。「静かな空間でひとりノートに向き合う時間、それが僕の人格を育ててきたのかもしれない」(中村、2009)。孤独な時間の中で日々自分に向き合い、自分の内面に語りかけていくことで、自らを成長させる「自分だけのノート」を創り出すことが可能になるのかもしれません。

 皆さんも「自分だけのノート」を綴り始めてはいかがでしょうか。



図3「自分だけのノート」の成長イメージ

引用文献

後藤太輔(2014)羽生、金色の勇気 震災で折れた心、支えられて再起.朝日新聞2014年2月16日付朝刊(朝日新聞デジタル/2015 年12月30日閲覧)
森合正範(2012)驚異の内村.中日スポーツ新聞7月27日付.
本田圭佑(online)夢ノート(2015年12月30日閲覧)
中村俊輔(2009)夢をかなえるサッカーノート.文藝春秋社,東京.

堀野 博幸(ほりの・ひろゆき)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

【略歴】
専門:コーチング心理学、コーチング科学
人間科学博士
1969年大阪府生まれ
大阪府立茨木高等学校卒
早稲田大学人間科学部卒、同人間科学研究科博士課程中途退学
防衛大学助手、早稲田大学人間科学部専任講師、同スポーツ科学学術院准教授を経て、2015年より現職。

【著書】
トップパフォーマンスへの挑戦」、「スポーツ精神生理学」(ともに共著)

【スポーツ活動歴】
ユニバーシアード・サッカー日本女子代表監督
ロンドンオリンピック・なでしこジャパン・ゲーム分析担当スタッフ
日本サッカー協会(JFA)アカデミー・心理サポート,JFAインストラクター
アジアサッカー連盟(AFC)テクニカルスタディボードメンバー など