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三浦 哲都(みうら あきと)/早稲田大学スポーツ科学学術院助教 略歴はこちらから

リズム感を科学する いったいどのような能力か?

三浦 哲都/早稲田大学スポーツ科学学術院助教

 スポーツでは、リズムがとても重要視されます。リズム感を養うために、練習にダンスを取り入れるトップアスリートも少なくありません。スピードスケートの高木美帆選手がヒップホップダンスを習っていたというのは有名な話です。ではリズム感とはいったいどのような能力で、どのように競技力と関わっているのでしょうか。スポーツ選手や指導者は感覚的、経験的にリズム感のある選手を見分けることができ、リズム感がパフォーマンスに重要であることは認めています。しかしリズム感とは科学的に解明された能力ではありません。なぜなら、リズム感とは知覚、認知、運動機能と関わる高次の複合能力であり、計測することが困難だからです。

 科学するには、まず現象を数値化することが必要になります。リズム感を科学するとは、リズム感を数字に変換しないといけないわけですが、これがなかなか難しい。この人はリズム感がある、この人はリズム感がない。これをどのように計測し数値化するか。それがリズム感を科学する第一歩になります。そこで私はリズム感を科学するために、まずリズム感がある人とない人に実験室に来てもらい、リズム運動をしてもらい、両者の違いはどこにあるのかを探りました。

ストリートダンスの研究

 リズム感がある熟練者として、私はストリートダンサーに着目しました。音楽に合わせて自由闊達に踊るストリートダンサーは、まさにリズム感が極限まで高められているということは誰もが認めるところです。ストリートダンスには2種類の基本のリズム運動があります。リズム音に合わせて膝を曲げるダウン(図1A)、リズム音に合わせて膝を伸ばすアップ(図1B)、の2種類です。経験的には初心者はアップのリズム運動が難しいことが知られています。この2種類のリズム運動を色々な速度のメトロノームに合わせて行いました。その結果、ダウンのリズム運動は誰でもいとも簡単に色々な速度で行うことができました(図2A)。一方、アップのリズム運動は、ゆっくりと行うことはできても、速く行おうとすると意図せずともダウンのリズム運動に切り替わってしまうことがわかりました(図2B)。このように、意図せずに運動パターンが別の運動パターンに切り替わってしまう現象は「相転移現象」と呼ばれており、人間の様々な運動で観察されることがわかっています。例えば、指を車のワイパーのように逆位相でリズミカルに動かしてみてください(図3左)。これをどんどん速くしていくと、左右対称な同位相パターンに自然と切り替わります(図3右)。興味深いことに、この指の相転移現象と、ストリートダンスの相転移現象は、同じ微分方程式で記述できます。つまり、人間のリズム運動の相転移現象にはある共通の法則が存在するということです。

図1 ストリートダンサーを対象とした実験の運動課題(Miura et al., 2011より引用改変)

図2 アップからダウンへの相転移現象。膝の運動の1サイクルを360度(0-180度:膝伸展期、180-360度:膝屈曲期)で表現し、リズム音がなった時刻(位相角)をヒストグラムで表現した図。ダウンではリズム音がなったときに膝を曲げている(A)。アップではゆっくり行うとリズム音がなったときに膝を伸ばしている(アップができている)が、速くなるとリズム音がなった時に膝を曲げてしまう(B)。(Miura et al., 2013より引用改変)

図3 両手の指の相転移現象(Kelso, 1984をもとに作成)

相転移、引き込みの克服

 人間は意図せずともリズム運動がある特定のパターンに相転移してしまうことを説明しました。同様の現象は他にもあります。となりを歩く人と足並みが同じになってしまうのも人間の神経系に備わった機能の一つです。これを引き込み現象といいます。これには進化論的な意義があると主張している動物学者がいます。小さな集団でまとまって歩く時に、全員の足並みがばらばらだった場合、回りに捕食者が近づいて来てもその音を聞くことができません。足並みをそろえて足音をそろえることで、無音の時間を作りだし回りにひそむ捕食者の足音を聞き分けていたといいます。つまり、となりの人と足並みをあわせて歩くことが生存の確率を高めていたという説です。

 リズム運動の相転移現象や引き込み現象は、スポーツやダンスなどのリズミカルな運動技能においては邪魔者になってしまう場合もあります。例えば、陸上競技の100m走では、並走する相手に足並みが揃ってしまう引き込み現象が観察されています。しかし自分の走るリズムが乱されてしまうとパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性も考えられます。音楽に合わせて踊るダンサーの運動パターンが、意図とは関係なくあるパターンに相転移してしまうと、自由に創造的に踊ることができなくなってしまいます。実際に私のストリートダンサーを対象とした研究では、ストリートダンス熟練者は、アップからダウンへの相転移を克服していました。熟練したリズム運動の遂行には、相転移現象や引き込み現象は克服すべき課題でもあるわけです

 これまでの研究から熟練したリズムパフォーマンスは、相転移、引き込みという神経系の制約から自由になっているということを説明しました。私たちはまだリズム感という能力の全貌をつかめてはいませんが、少なくとも「相転移、引き込みという神経系の制約から自由になっている人」は「リズム感のある人」と言えそうです。

引用文献

^ 1) Miura, A. et al., Action-perception coordination dynamics of whole-body rhythmic movement in stance: A comparison study of street dancers and non-dancers. Neuroscience Letters. Vol.544, pp. 157-162 (2013)
^ 2) Miura, A. et al., Coordination modes in sensorimotor synchronization of whole-body movement: A study of street dancers and non-dancers. Human Movement Science. Vol.30, pp. 1260-1271 (2011)
^ 3) Miura, A. et al., Finger-to-beat coordination skill of non-dancers, street dancers, and the world champion of a street-dance competition. Frontiers in Psychology. Vol.7, pp. 542 (2016)
^ 4) Kelso, J.A.S., Phase-transitions and critical-behavior in human bimanual coordination. American Journal of Physiology. Vol.246, pp. 1000-1004 (1984)
^ 5) Kelso, J.A.S., Dynamic patterns: The self-organization of brain and behavior. 1995, Cambridge, MA The MIT Press.
^ 6) Larsson, M., Self-generated sounds of locomotion and ventilation and the evolution of human rhythmic abilities. Animal cognition. Vol.17, pp. 1-14 (2014)
^ 7) Varlet, M. and Richardson, M.J., What would be Usain Bolt’s 100-meter sprint world record without Tyson Gay? Unintentional interpersonal synchronization between the two sprinters. Vol.41, pp. 36-41 (2015)
^ 8) Miura, A. et al., Motor Control of Rhythmic Dance from a Dynamical Systems Perspective: A Review. Journal of Dance Medicine & Science. Vol.19, pp. 11-21 (2015)

三浦 哲都(みうら あきと)/早稲田大学スポーツ科学学術院助教

【略歴】
2007年に早稲田大学スポーツ科学部スポーツ医科学科を卒業し、2012年に東京大学大学院総合文化研究科にて博士(学術)の学位を取得。日本学術振興 会特別研究員(PD)、Université Montpellier 1 (仏) 客員研究員を経て、2015年9月より早稲田大学スポーツ科学学術院、助教。専門は、スポーツ心理学、神経科学。