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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

岩崎 秀雄

岩崎 秀雄 (いわさき・ひでお) 早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

生物リズムという切り口から生命現象の原理を探る

岩崎 秀雄/早稲田大学理工学術院准教授

「生物時計」に魅せられて

 生物学者になった理由はいろいろあると思いますが、科学者が多い一家に生まれ育ったので、「科学とは何か」「科学者とは何か」について考える機会が、人よりも多かったからかもしれません。とはいえ、だからこそ逆に文系の科学論・科学史の分野やアートの分野に進むか、あるいは理系に進むかだいぶ迷ったのですが、独学ではなかなかやれそうにないということもあって、理系の学部に進みました。

 研究テーマである「生物時計」という概念には、大学3年のときに出会いました。生物時計というのは身体の中にあって、睡眠や生活のリズムを司っているといわれます。20世紀初頭にドイツで登場した概念ですが、世の中に広まっていったプロセスを振り返ってみると、ドイツでは当時の「生命リズム」のブーム、日本では1970年代の「バイオリズム」ブームという、一種疑似科学的な言説が大衆化されていくのと同時に広がっています。つまりバイオリズムの考えが流布されるときに、その科学的な根拠として生物時計の概念が活用されたわけです。

 リズムは単純さもダイナミズムも両方併せもっているし、再帰性や共鳴などの性質もあり,多様なメタファーの源泉にもなりえるんです。また、ヨーロッパでは12世紀以来、生命を時計になぞらえるメタファーの伝統もありました。最初はこうした経緯を科学史的に研究したら面白いと思ったのですが、それなら生物時計のことをまず深く知っておこうと科学者になってしまった。その結果、「ミイラ取りがミイラになった」というわけです(笑)。でも、もともとの関心は今でも失っておらず、生物リズムの文化誌研究も続けています。

 さて、実際に科学としての生物時計の研究を始めてみたら、こんなにも豊かな世界だったのかと改めて驚かされました。時間パターンの基本である「リズムを刻むこと」は、生物の至る所にあります。ですから生物リズムの研究は、あらゆる生物種にまたがっています。研究会を開けば、数学者、脳の研究者、バクテリアの研究者、植物の研究者、医者が、同じトピックをめぐって議論するという、きわめて珍しい横断的な交流がみられます。この独特の学際的な雰囲気にも魅せられて、研究にのめり込んでいきました。

 大学院の時から所属していた名古屋大学の近藤孝男研究室は、今でこそ生物時計研究の世界有数の研究拠点ですが、私が入ったころはまだ立ち上げ期で、やりたいことがなんでもやれる環境にありました。ちょうど時計遺伝子が確定できるかどうかというホットなトピックに取り組んでいた時期で、私自身、シアノバクテリアの時計遺伝子の世界初の発見やその解析にかかわり、長年の常識とはまったく異なる新しい生物時計のメカニズムを発見するなど、本当に幸運な経験を積むことができました。これらの成果は、科学界のトップジャーナル『サイエンス』誌や『セル』誌に掲載され、国際的に高く評価していただいています。

 近藤先生の研究室は、さらに試験管の中で生物時計のリズムを創り出すことにも、世界で初めて成功しました。私達が見つけた3種類の時計蛋白質とエネルギー源を試験管の中で混ぜたところ、24時間の振動リズムを刻み出させることができた。私もその現場にいましたが、まさか、たった3種類の部品でできてしまうとは数年前までは思いもよりませんでした。漠然と思い描いていた「時計は複雑だから部品は何百もあるのだろう」とか、あるいは「細胞という複雑な箱があるからこそリズムができるのだろう」といったイメージが完全に覆されたのです。何かが天から降りそそいできたような、本当に感動的な体験でした。

時間のリズムと「形」のリズム

 最近、私たちの研究室で独自に展開しているのは、リズムを時間から空間に広げて、細胞の分化や形態形成のダイナミズムを探ろうという研究です。私たち人間も、最初は一つの受精卵だったのが、いろいろな細胞に分化して、多様な機能や部品をもった生物のかたちが形成されます。こうしたプロセスを探るのが、「発生学」という学問です。

 発生というのは、時間軸に沿ってさまざまなパターンが立ち現れてくる現象です。しかも同じ遺伝子を持っている細胞が、細胞分裂しながら目の細胞にも足の細胞にも分化していかなければならない。1種類の細胞から2種類以上の細胞に分化できる、さらにはそれが空間的に決まった位置にできる、この2つの要件をものすごく複雑巧妙に組み合わせると、人間のような複雑なかたちができあがるのです。

 このような形態形成のパターンのダイナミズムを、バクテリアのような単純なかたちの生物を使って研究しています。バクテリアには単細胞だけではなく、多細胞のものもあります。こちらの写真(図1)は数珠状に増殖していくバクテリアですが、10個に1個くらいの頻度で他と異なる細胞ができます。通常の細胞は光合成をしますが、この異質な細胞は光合成をせずに、逆に他の細胞が産出した酸素をシャットアウトしながら、空気中の窒素からアミノ酸のもとを生成して栄養にするという役割を担っています。

(図1)約10細胞にひとつの割合で大きな細胞を生じているシアノバクテリア。蛍光顕微鏡観察という手法(写真下)により,形作りに関わる遺伝子の発現を緑で,光合成活性を赤で二重標識している。大きな細胞では光合成活性が失われ,形作りに関する遺伝子が強く発現していることがわかる。

 こうした単純な多細胞生物は、発生の基本的なメカニズムを知るうえで格好の材料となります。目下、この仕組みがいったいどうやって達成されているのかを探究しています。例えば、ある遺伝子を光らせて撮影してみたところ、単調なリズムの繰り返しで光っているだけではなくて、成長するにしたがってあるリズムで光の偏りができていく中で、10個に1個の異なる細胞が形成されていることが分かります。こうした単純な原理が解明することで、その原理は他の現象の解明にも広く適用できるのではないかと期待しています。

 空間的な配置のリズムの分かりやすい喩えとして、サッカー場の観客が創るウエーブがあります。ウエーブは、観客一人ずつのバンザイをするリズムのズレの位相によってできます。また、蕎麦打ちの人が蕎麦を数ミリ感覚でぴしっと切り揃えていくのも、空間的なリズムです。包丁を握ってパンパンパンと同じ速さで切っていく動きと、蕎麦のかたまりの上に載せられた木の板を等速かつ正確に動かしていくことの組み合わせで成立している。じつは背骨の等間隔パターンが形成される仕組みというのが、この蕎麦切りのリズムによく似ています。こんなふうに、生命の現象のダイナミズムのヒントは、身近な現象の中に潜んだりしているのです。

 生物の現象を探っていくプロセスでは、わざとリズムを乱してやったりします。乱れ方を見ることで、何が起きているのかを突き詰めていく。例えば、蕎麦切りでいえば、まな板を動かす速度は変えないけれど、切るリズムを半分の速度にしたら、幅が太くなるでしょう。何かをちょっと変えてやることで、パターンがどう変わるかを見て、理解を深めるというのはよくやる手段です。

創りながら理解する生物学へ

 ミクロの世界に入っていく研究では、微細なものを操作できるマイクロデバイスが重要になってきます。先ほどの例でいえば、パターンを乱すツールとか、顕微鏡の下で長時間バクテリアを飼育できるツールなど、新しいツールを手に入れることで、これまでにない研究が可能になります。本学の電気・情報生命専攻は、まさに理学と工学の学際専攻なので、工学系のミクロなものを創るのが得意な方がたくさんいて、すでに共同研究をスタートしています。そこからどんな新しい発見が出てくるか楽しみです。

 「創りながら理解する」というアプローチにも注目しています。ものづくりの世界では、創りたいもののイメージと設計図があって、部品を組み上げて理想の完成品を創っていきます。これに対して生物学では、生物という完成品が目の前にあって、それを細かく分解して、部品ごとに研究することは得意としてきましたが、全体としてどういう設計図で動いているのかを描き出すのはなかなか難しかった。でも、やはり生物が持っている設計図、生命現象の設計図を描き出そうとすることは生物学の大目標です。いざ設計図が描けたら、今度は逆にそれが正しいかどうかを、ものを創り出す流れに沿ってやってみて、再現可能性を確かめることができるはずです。この検証作業やシステム設計の試みが、構成生物学といわれるアプローチです(図2)。

(図2)構成的生物学のアプローチは、従来の生物学、生命理学の上向きの流れ(赤い矢印)だけでなく、工学系の下向きの流れ(緑の矢印)も統合しながら、生命現象の設計図を明らかにしていこうとするものである。

 自分の発見にもとづいて新たな設計図を書いて、蛋白質や遺伝子といった生物系のウェットな素材を組み合わせて、従来の生物の世界にはなかったような人工的な生命現象を創り出すような研究は、これからの生命科学の主流のひとつになっていくでしょう。生物学と電気・電子工学を同時に学んで、理学と工学の統合的なアプローチを身に付けたりすることが、これからの構成生物学にはとても有効です。

 ただし、生命現象を創ろうとか、さらに一歩進んで人工的に細胞を創ろう、ということになると、場合によっては生命倫理や、広く文化としての生命観を考えていくことが重要になってきます。人々の抱える漠然とした不安を理解しながら、倫理性や危険性の問題がどこにあるのかをあぶり出して、社会に積極的に提示し、社会の疑問に答える体制作りが必要になるのです。同時に、こうした試みは、社会や分野外の方々と生命を巡って色々な対話をして理解を深めていくことに他なりません。それ自体が、構成生物学の持つ豊かさのひとつとも言えるでしょう。そこで、構成生物学について科学・技術だけでなく、人文・社会分野も含めて情報交換や研究発表する場として、昨年研究仲間とともに「細胞を創る」研究会を立ち上げました。僕はその中で、社会・文化面に関わるユニットの世話人をしています。

 単にリスクや安全性の議論をするだけではなく、より広い視野から生命に関する様々な見方を把握し、理解を深めていくために、研究室レベルでも人文社会系や芸術系の人との交流を進めていて、学内・学外から参加者を招いて研究会を開催したり、共同研究を進めたりしています。たとえばアートの世界では、バイオの素材を使った作品がすでにいろいろ手がけられていて、生物学者にもとても良い刺激になります。そこで、今年からアーティストの方に研究室に常駐してもらって、何か新しいことをしてみよう、というワクワクするような試みも始めました。近い将来、こうした試みについてギャラリーなどで発表し、多くの人に見に来てもらう機会を作りたいと思っています。

 サイエンスと社会・文化とのかかわりについては、サイエンスの論理だけで答えを出すことができません。科学者があるトピックを「サイエンティフィックに面白い」と言うことがよくありますが、「面白い」と表現すること自体、とても「人間的」で「文化的」なことですよね。このように一見客観的な科学を支えているものは、むしろ文化的であったり歴史的であったり思想的なものであったり、あるいは非論理的な情熱であったりします。サイエンスが、常に時代の背景にある政治や文化、倫理観に影響を受けていることを意識することは、科学者としても「自分自身を知る」という点で重要ですし、楽しいことです。

岩崎 秀雄(いわさき・ひでお)/早稲田大学理工学術院准教授(電気・情報生命専攻)

名古屋大学大学院理学研究科修了、博士(理学)。学術振興会特別研究員、名古屋大学助手を経て、2005年より現職。2007年からは科学技術振興機構「さきがけ」研究者も兼任している。分子生理学・数理解析などを駆使してバクテリアの時空間パターン形成機構の研究を手がけ、時計遺伝子の同定や新たな振動モデルの提案を行ういっぽう、生命リズムや人工細胞に関する文化誌研究を実践している。日本時間生物学会奨励賞、井上研究奨励賞、平成20年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。切り絵手法による現代美術作家としても活動しており、トヨタトリエンナーレ優秀賞(立体美術)、ハワード・リクター賞(Spiral Independent Creators Festival)を受賞。
(ホームページ:http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/