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▼知の共創―研究者プロファイル―

北村 毅

北村 毅 (きたむら・つよし) 早稲田大学高等研究所助教 略歴はこちらから

記憶され、語られる「戦争」をフィールドワークする

北村 毅/早稲田大学高等研究所助教

戦争の「現在性」とは何か

 最近あちこちで、戦争で生き残った人たちにとっての戦後とは何かというテーマが取り上げられています。近年公開された映画、『父と暮らせば』(*1)と『夕凪の街 桜の国』(*2) は、どちらも広島の原爆を体験した人々の戦後の暮らしを描いたものです。『父と暮らせば』では、被爆体験の中で父を亡くした娘が、自分ひとり生き残った負い目を抱えて生きる姿を、宮沢りえさんが好演しています。亡霊のように出てくる父親との対話を続ける中で、自分なりの生き方を見出していく姿が、単なる「悲劇」としてではなく、どこかコミカルなタッチで描かれている作品です。

*1:井上ひさし・原作、黒木和雄・監督 *2:こうの史代・原作、佐々部清・監督

 戦争体験というと、これまでは実際に銃弾が飛び交う戦時下の体験が中心で、その後を生き残った人々の記憶、心の痛みのようなものは、表になかなか出てきませんでした。その一方で、語られる戦争体験については、沖縄の「集団自決」をめぐる裁判のように、もっぱらその「事実性」が、議論の中心になってきました。そうした「事実性」の検証だけではなく、私は、先ほどの2つの作品のように、戦争の終わらなさや、生き残った人々と新しい世代との関わりといった、戦争の「継続性」や「現在性」にもっと関心を向ける必要があると思っています。

 私は、大学院生の時に沖縄を訪れ、ガマと呼ばれる自然洞窟を訪ね歩いて、ボランティアで戦争体験の語りを続けている方々と出会い、今なお終わらない戦争というものの存在を強く意識させられました。歴史的には水場、墓場などであったガマという場所は、戦時中は防空壕、病院壕、陣地壕となり、戦後は戦争体験者や遺族の慰霊の場となり、現在は毎年何十万人もの修学旅行生が訪れる学習の場となりました。ガマは沖縄の人々にとって、いろいろな記憶が交錯する場なのです。

 沖縄でのガマとの出会いをきっかけとして、戦争を「戦後」からみるというテーマに取り組み、文化人類学、民俗学、社会学、歴史学をまたぐような研究分野で、「戦争」をフィールドワークするということを行ってきました。

語られること、語られないこと

 研究では、文書資料の検証に加え、オーラルヒストリーという体験者の語りを聞き取る方法を用いています。戦争体験者やその家族の方々などに直接お会いし、時間をかけてお付き合いする中で、さまざまな語りを聞き取ってきました。その中の1人に、愛知県在住の日比野勝廣さんがいらっしゃいます。日比野さんは、徴兵されて中国へ出征した後、沖縄に移動させられました。嘉数(カカズ)高地での激戦を体験された後、破傷風にかかって糸数壕(アブチラガマ)という洞窟の中で何ヵ月もの間、瀕死の状態で苦しみましたが、奇跡的に命を取りとめて復員されました。

 今年3月、日比野さんのこれまでの語りや手記をまとめた本、『今なお、屍とともに生きる』(*3)が出版されました。私も一部かかわっています。日本兵の戦争体験の語りをまとめたものは数限りなくありますが、たいていは、兵士の手記で終わってしまう。ところが、この本ではその半分近くを、4人の娘さんがそれぞれ、父親の体験を通して、父と家族の戦後について考えたことが綴られており、戦争を「戦後」からみるということの意味を深く考えさせるものとなっています。

*3:日比野勝廣・著、日比野裕子他・編、夢企画大地・刊、『今なお、屍とともに生きる 沖縄戦 嘉数戦地から糸数アブチラガマへ』(2008年3月)

 沖縄戦を生き残った兵士の方々の多くが、戦後、何度も沖縄を訪れています。日比野さんも同様で、かつては戦友の方たちと訪れていたのが、1人、2人と亡くなっていき、最近では娘さんたちがお父さんに付き添って、カーナビに訪問場所の情報を入れながら沖縄をまわられてきたのです。

 私が日比野さんの家族との交流の中で気づいたのは、日比野さんが語られるのは、沖縄での体験だけだということです。それも文章化されているのは、ほとんど、瀕死の状態で苦しんでいた糸数での体験だけです。時間的な配分からみれば、中国での体験が圧倒的に大きいのですが、中国で何を体験してきたかについては、決して語られることがないのです(図1、図2参照)。

 このことは、戦争体験を語る中で、語られることと語られないことの取捨選択が強く働いていること、語られるものの背後に、山ほどの語られない(語れない)ことがあることを教えてくれます。語られないものの中にこそ、その人の戦争体験のトラウマ、あるいは戦後のトラウマが潜んでいることを、今一度考える必要があるのだと思います。

図1

図2

「沖縄トラウマ」を探る学際研究

 昨年は、沖縄の「集団自決」の問題をめぐって、11万人もの人が集まって県民大会が開かれました。私も参加して、これだけの県民が一堂に会する迫力に圧倒されました。あらためて、沖縄にとって、戦争は決して終わったものではないということを実感させられました。

 テレビドラマの『ちゅらさん』のように、沖縄は底抜けに明るい南国の楽園というイメージがあります。ところが、沖縄では児童虐待、性暴力、家庭内暴力、引きこもり、いじめなどの問題が、全国でもきわめて高い発現率をみせており、非常に暗い一面を持っています。こうした現代の社会問題もまた、沖縄がおかれてきた厳しい歴史と無関係ではないでしょう。米軍基地問題も根深いものがあります。

 本学の琉球・沖縄研究所では、これら一連の問題を「沖縄トラウマ」として捉えた、「沖縄トラウマの学際的共同研究」というプロジェクトに2006年から取り組んでいます。社会学、文化人類学、精神医学、宗教学、ジェンダー研究など、多くの分野の方が参加されており、私もその一角を担っています。従来、沖縄人にとっての沖縄の郷土研究という視点で、「沖縄学」という分野が発展してきましたが、琉球・沖縄研究所では、内からだけではなくて、外からの視点での新しい「沖縄研究」を構築していくことを目指しています。

 例えば、沖縄出身の音楽家、喜納昌吉さんの代表曲に「ハイサイおじさん」という歌があります。この歌には、実在のモデルがいて、沖縄戦を生き残った人でしたが、戦後はいつもお酒を飲んで暮らしていたみたいです。喜納さんは、そのおじさんの戦争と戦後の心の痛みを引き受けた上で、この歌を作ったらしい。ただ聞くと脳天気に明るいこの歌には、いつまでも続く「戦争」という通奏低音が流れているのです。

 また、沖縄戦の体験者にしても、沖縄の方がほとんどとはいえ、日比野さんのように本土出身の方もおられます。じつは本土からの兵士の出身地で、戦死者が最も多いのが北海道です。1万人以上の戦死者を出していて、帰還兵や遺族の方もたくさんおられます。私は北海道出身ということもあり、地元でも調査を続けてきました。戦争が戦時下だけの問題ではないのと同じように、沖縄戦は沖縄だけの問題ではないのです。

戦後研究を近代研究へ広げる

 まもなく、これまでの研究のエッセンスをまとめた著書を出します。まだ仮ですが、『死者たちの戦後史』といったタイトルで、今年の末に刊行する予定です。沖縄や戦争の問題については、研究という閉域にこもることなく、今後自分なりに、積極的な情報発信や発言を行っていきたいと考えています。

 今後は、新たな研究対象へと展開させることで、「戦後」からの戦争研究という独自の視点をさらに発展させていきたいと考えています。ひとつは、日露戦争の戦後研究です。負けた戦争としての沖縄から、勝った戦争としての日露戦争へ射程を広げることで、戦後研究を日本の近代研究といえるものへ昇華させていきたい。もうひとつは、旧満州の問題にぜひ取り組みたい。あれだけの規模の植民者を送り込み、そして史上最大級の難民を生んだ、その引揚者の記憶には、きちんと向き合うべきだろうと思います。

フィールドワークの七つ道具類。沖縄では帽子とサングラスは必需品。そしてガマに入る際の懐中電灯、(ここにはないが)長靴も必携。

 これだけ私が戦争にこだわるのは、やはり最初に訪れたときのガマ体験が大きいです。日本人は戦争中、前線から銃後までいたるところに穴を掘った。そこには異常なまでの恐怖心があって、最後には、いったい何を怖がっているのか分からないような病的な状態に陥り、何日も、何ヵ月も穴の中にこもって出てこないということがみられたのです。

 極端な仮説ですが、例えば、引きこもりのような現象にもどこか相通ずるものがないか。あるいは戦後経済成長の中で、日本中を掘りまくった国土開発はどうか。日本人が歴史的に引きずっている戦後トラウマというものがあるとすれば、どこにどのようなかたちであるのかということにも関心を広げていきたいと考えています。

北村 毅(きたむら・つよし)/早稲田大学高等研究所助教、早稲田大学 アジア研究機構 琉球・沖縄研究所研究員

1997年、早稲田大学人間科学部卒業。早稲田大学人間科学部eスクール教育コーチなどを経た後、2006年、早稲田大学人間科学研究科博士後期課程修了(人間科学博士)。沖縄大学地域研究所特別研究員、早稲田大学アジア研究機構琉球・沖縄研究所客員研究員、同大学フューチャーインスティテュート客員研究助手を経て、現職。沖縄戦の死者と生者の「戦後」に焦点を当てた研究に取り組む。2006年、論文「沖縄シャーマニズムと戦死者祭祀―ヌジファにみる戦死者霊魂の此岸と彼岸―」にて第5回櫻井賞大賞受賞。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/