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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

竹山 春子(たけやま・はるこ) 早稲田大学理工学術院(先進理工学部生命医科学科)教授 略歴はこちらから

海洋微生物が持つ無限の力
―進化するメタゲノム解析―

竹山 春子/早稲田大学理工学術院(先進理工学部生命医科学科)教授

マリンバイオテクノロジー

 バイオテクノロジー(エンジニアリング)――日本語では生物工学あるいは生命工学ですが、そのなかでも海洋生物を対象にしたマリンバイオテクノロジーという分野が、私の専門です。ひとことで言えば、海洋生物がもっている多様な機能を社会に役立てることを目指した領域です。

 近年、この分野で高い注目を集めているのが、メタゲノムの研究です。地球上にいる微生物のうち、環境から分離してきて実験室で培養できる生物は0.1%にも満たず、99.9%の微生物はいまだ未知です。そのなかでも、地球全体の7割を占めるのが海で、培養困難な微生物が陸よりもさらにたくさん存在します。難病を治したり、エネルギー問題を解決したり、新素材を生み出したりといった未知の可能性を秘めた、豊かな自然の宝庫でありながら、これらの微生物はまったく手つかずの状態にありました。

 ところが最近、培養を必要としない研究方法として、土壌や海水などから微生物集団のDNAを取り出してきて、直接DNAレベルでの研究開発を行うという手法が登場してきました。この複数の微生物のゲノムが混在したDNAはメタゲノムと呼ばれ、メタゲノムを扱う研究分野はメタゲノミクスと呼ばれます。メタゲノミクスを展開するには、海洋生物のメタゲノムデータベースを構築する必要があります。実際、ヒトゲノム計画の牽引者の1人であった米国のクレグ・ベンター博士が、今度は世界中の海洋微生物のゲノムを片っ端から解読してデータベース化するというプロジェクトに取り組むなど、激しい国際競争が繰り広げられています。

 私もその一翼を担って、共生・共在微生物にターゲットを絞ったメタゲノムデータベースの作成に取り組んでいます。具体的には、カイメンやサンゴに共生しているバクテリアの遺伝子を抽出し、機能解析を行うとともに、メタゲノムデータベース「Xana Meta DB」を構築しています。

 米国が政府や組織ぐるみで大規模なプロジェクトを展開する一方で、日本ではまだ個人レベルの展開が中心です。そうなると、ターゲットを絞った独創的な戦略の下で、海外や国内の研究者たちとの連携を積極的に展開していくしかありません。私たちも、国内の大学や民間企業との共同研究で、塩耐性、重金属濃縮などの機能に関連する遺伝子群や、化学プロセスに役立つ新規酵素を発見しています。既知の遺伝子の予想外の機能が発見されることもしばしばです。今後はさらに、企業などに向けて私たちのプロジェクトの膨大な研究成果を公開し、機能評価を積極的に行ってもらい、産業用酵素の開発などへ活用を促進していく計画です。

地球上の7割を占める海は生物の宝庫。その未知なる可能性を探索し社会へ活用することがマリンバイオテクノロジーの使命である。

竹山教授らによって構築されたメタゲノムデータベース「Xana Meta DB」の画面例

自然な流れで「農」から「工」へ

 もともと私は農学部の環境保護学科の出身で、大学の学部1、2年の頃は、カモシカの調査、サルの調査に始まり、河川の浄化機能評価などいろいろな研究室のお手伝いをしたりもしました。その中で、強くあこがれていた動物保護の現場を垣間見て、当時は、日本ではアメリカのようなアニマル・マネジメントの発想が根付いておらず、動物保護を仕事にして食べていくというのは難しいなと感じました。

 一生の仕事として長く続けていける分野はなんだろうと考えていたときに出会ったのが、微生物の世界でした。微生物学そのものにも興味があったし、さらにそれを環境浄化に応用するというところに非常に興味を持ち、結局は微生物で環境浄化するという研究に取り組んでいた研究室に入りました。

 学部では活性汚泥におけるチオシアン分解に関する研究、修士課程ではアオコ(霞ヶ浦で夏場に大発生する微細藻類)の大発生に及ぼす光、窒素、リン等の影響に関して研究しました。その後、修士課程を終えた後、いったんバイオエンジニアリング系の会社に就職して、その会社から大学に出向して海洋微細藻類をテーマに共同研究を行うという仕事を、3年くらい続けました。

 そのときの出向先が、日本のマリンバイオテクノロジー分野の先駆者である、東京農工大の松永是先生の研究室でした。松永先生の勧めもあって、ちょうどその頃できたばかりの工学部の博士課程に進むことを決意して、会社を辞めて大学院に入りました。微生物の基礎研究からスタートして、その社会応用や産業応用の仕事へと徐々にシフトしていったので、工学で博士号を取るというのは、自分にとっては自然な流れでした。

 その後、博士論文を仕上げながら、マイアミ大学の海洋研究所にポスドク研究員として雇われることになりました。海の微細藻類から水素を生成してエネルギーにするという、生物水素生産の研究を行っていました。マイアミでは研究所の目の前にビーチがあって、砂浜に寝転がって読書したり、海に潜ったりするにも絶好の環境でしたね。

パラオでの調査風景。海中でサンゴの採取を行っているところ。カルチャー・コレクションという、博物学的な生物の採集もまた、マリンバイオ研究の重要な活動である。

研究者同士、20年続く週末婚

 じつはマイアミでコレクションしてきたのは、海の微生物ならぬ、私の夫でした(笑)。夫も当時同じ研究所でポスドク研究員をしていましたが、日本の国立水産研究所に職を得て帰国することになりました。遠距離交際を続けて1年後に結婚、アメリカで式を挙げました。私はマイアミに残って研究を続け、飛行機に乗れるぎりぎり妊娠7ヶ月で帰国しました。

 帰国後、いったん研究生活をリタイアして、夫の赴任地である静岡で子育てに専念していましたが、専業主婦生活はもう5ヵ月が限界で…(笑)。松永研究室でちょうど助手のポストが空いているという話を耳にするやいなや、すぐさま夫を置き去りにして、子どもを抱えて東京へ引っ越しました。夫はこの決断をこころよく受け入れて、応援してくれました。結局、結婚して16年間、夫婦で毎日一つ屋根の下に一緒に暮らしたのは、静岡での5ヵ月間だけです。現在まで週末婚の状況が続いています。

 生命工学の分野では、比較的女性研究者は多いと思いますが、それでも日本の理工系研究者は女性が少ないです。女性が研究を続けるうえでの最大の難関は、家庭との両立です。研究や実験のアシスタントを雇ってくれるのも重要ですが、育児や介護の手助けを何とかしてほしい。よほど家族の理解や協力がなければどんなに気力体力があっても乗り切れません。普通に結婚して子供を育てながら研究ができる環境作りが必要です。

 私の場合、夫の協力もさることながら、最も助けになったのは母の存在です。いつも一緒に生活し、娘の世話をはじめ、何から何まで生活の雑事を一手に引き受けてくれました。ところが1年前に母が脳梗塞で倒れて入院してしまい、以来、夫の家事全般への貢献度が非常に高くなって、週末は一緒に掃除や洗濯をしたり、1週間分の買い出しをしたりしています。こんなかたちでやってこられたのは、お互いの性格もあるでしょうし、同じ分野の研究者同士で分かり合えていることも大きいでしょうね。まじめな話、研究も共同でやったりしています。

 少子化の進む中、大学は学生を集めるのも大変な時代になっています。大学の人気の最大のバロメータは、女子学生からの人気の高さだと言われています。トイレをきれいにしたり、パウダールームというお化粧スペースを設けるような大学が増えているのもうなずけます。この延長線で、女性研究者にやさしい大学や研究機関のあり方についても、もっと議論してほしいと思います。

国際的発言力をもった人材育成を

 今後は、地球環境の保全や保護につながる研究開発にも力を入れていきたいと思っています。温暖化や気候変動の問題が議論されていますが、地球環境全体をしっかりモニタリングしていくこと、なかでも海の環境をモニタリングすることが、これから非常に重要になります。メタゲノムもそうですが、ひと昔前には考えられなかったような、様々なハイテク計測ツールを駆使して環境モニタリングを進めて、いざ何かしら深刻な変動が観測されたときに、すぐに対処できるような手法や体制を整えておくことが必要です。

 将来的には、社会学、政治学、経済学などをもっと勉強して、総合的な視野をもって環境問題に取り組める研究者になりたいです。マリンバイオテクノロジー研究の世界にしても、世界的な研究者が集まって定期的に国際会議が開かれますが、それは国同士、研究者同士の純粋な研究交流の場であるだけでなく、政治的折衝の要素も含む場合もあります。公費をかけて研究活動を推進しながら、その成果をきちんと無駄なく社会に還元するためには、国際的な折衝能力が研究者にも必要です。日本はそこがどうしても弱いと感じます。

 さらにいえば、海外では女性の専門家がたくさん出てきますが、日本では限りなくゼロに近い。ときどき「日本で女性教授と話をするのはあなたが初めてだ」と言われることがあります。ただ理工系人材を増やすのではなく、国際的な発言力をもった研究者を育てていくこと、研究者の社会的なキャリアパスを広げること、またそこに女性研究者が働きやすい環境を整えていくことが、日本の研究力を高めるうえで急務だと思います。

竹山春子研究室ホームページ
http://www.f.waseda.jp/haruko-takeyama/

竹山 春子(たけやま・はるこ)/早稲田大学理工学術院(先進理工学部生命医科学科)教授

1992年3月、東京農工大学工学研究科物質生物工学専攻博士後期課程修了。マイアミ大学海洋研究所(Rosenstiel School of Marine and Atmospheric Science, University of Miami)研究員、東京農工大学工学部物質生物工学科(現:生命工学科)助手、助教授、教授を経て、2007年4月より現職。東京農工大学工学部客員教授。博士(工学)。専門はマリンバイオテクノロジー、遺伝子工学、微生物工学。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/