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▼知の共創―研究者プロファイル―

劉 傑(Liu Jie) 早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

「対抗と提携」の日中外交史
――歴史を超えた相互理解へ

劉 傑(Liu Jie)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

日中関係の複雑な二重性

 20歳のときに、中国からの留学生派遣計画で来日して以来、明治以降の日中外交の研究に取り組み、博士論文は日中戦争のときの外交について取り上げました。後に『日中戦争下の外交』として出版されています。通常、戦時下にある国同士では、外交はないのがふつうです。ところが日中戦争では、戦争の一方で、外交も行われていた。このような二重性が、じつは日中関係というものの複雑さを表しています。「戦争と外交」あるいは「対抗と提携」といった矛盾したものが共存しあう、日中関係の固有性に焦点を当てているのが、私の研究の独特な点です。

 実際のところ、日清戦争までは、日本と中国の人的交流というのはごく限られた一部の人間の間でしか行われていませんでした。日本にとって中国というのは、「漢籍」といわれる古典文献を通して学ぶべき対象でした。しかし漢文は読めても、日常会話としての中国語での交流というのはほとんどなくて、相手の国柄というのは、じつはあまりよく分かっていなかったのです。

 それが日清戦争を通して、初めて相手の国の実情が分かってきた。日本は清国に勝てるはずがないと思っていたのが、勝ってしまった。これで一気に、日本の中国に対する見方が変わってしまう。当時の日本が、西洋近代の考え方をどんどん取り入れていたのに対して、「中国はあまり進歩していない、たいしたことはない」という認識に変わっていきます。日清戦争以来、日本では、古い中国文化への憧れがある一方、西洋近代の時代にあって中国は遅れているという、2つのイメージが複雑に絡み合って、「矛盾化」していくわけです。

 その後、列強による中国への主権侵害が繰り返される中で、中国人の間に被害者意識が広がり、それに追い打ちをかけるように、日本が第一次世界大戦中に「二十一箇条要求」という、たいへん強硬な要求を中国に出した。これが日本に対する中国人の印象を決定的に悪くしました。つまり日清戦争と、二十一箇条要求という2つの出来事が、その後の両国の相互認識と外交関係にたいへん暗い影を落とすことになります。

2003年に早稲田大学で開催された国際シンポジウム「対抗と提携の間 ―世紀を越えた日中関係-」ポスター

 日中外交を人的交流の面からみると、1920年代以降、日本の中に、中国の歴史をよく理解し、中国の人脈を多く持った、いわゆる「中国通」の集団が軍の中にも、政治家の中にも、あるいは官僚、民間でも形成されて、大きな力を持って対中国政策に影響を与えるようになります。

こうした人たちの影響力は、戦後にまで連綿とつながっています。1972年には日中国交正常化がなされますが、その準備段階で活躍した人たちのなかには、戦前に大陸に派遣された旧官僚や政治家も少なくありません。彼らは、かつての価値判断でいえば、「中国への侵略者」ということになりますが、それが一転して日中友好のために尽力した。福田康夫・前首相のお父さん、福田赳夫も、戦前は中華民国国民政府(汪兆銘政権)の経済顧問として、中国で働いていた官僚です。その福田赳夫政権の時代に、日中平和友好条約が結ばれることになります。こうした中国通の人たちが絡んだ「矛盾」した歴史が、日中外交の複雑さの背後にあります。

新たなナショナリズムの台頭

 1990年代に入ってから中国経済が目覚ましく台頭し、また日本が経済大国としての自立を迫られる中で、新たな日中対立の構図が表れてきています。日本は中国に対して経済的支援を行い、中国の近代化路線を支えることが、日本にとってもありがたいこと、良いことであると考えられている。しかし一方で、対中援助が10年もするとあっという間に中国が急成長し、またその間、両国がいろいろな面でぶつかることが多くなりました。

 日本も1980年代以降、特に90年代に入ってから、将来の進路はどうあるべきかを改めて考えるようになりました。経済的にアメリカと肩を並べるようになり、国際社会での地位も高められ、日本人にとって、学ぶべき手本がなくなってきた。そんな中で、歴史認識をめぐって、1972年の共同声明の中で解決したはずの問題が、じつは解決されていないことに人々が気づき始めます。1982年に教科書問題が、85年に靖国問題が起きて、日中の対立面が目立つようになってきます。さらに90年代に入ってくると、中国の経済力が増す中で、領土問題をめぐってもぶつかり合うようになってきた。

早稲田大学で開催された「日中若手歴史研究者会議」(2006年3月)

 日中両国のナショナリズムが強くなっているのは、注意すべき傾向です。中国では、かつての侵略国だった日本が、再び日本が軍国主義の国になるのではないかといった不安を真剣に抱き、日本に対する警戒心が非常に強くなってくる。日中間に問題が起こると、日本と中国の経済関係を日本による経済侵略と決めつけ、日貨排斥(日本商品ボイコット)を叫ぶ人が現れます。そこで問題なのは、中国の日本研究があまり深められていないこと、また、戦後日本に対する理解も国民の間では浸透していないということです。日本と中国にとって、信頼関係をどう構築していくかは、依然として非常に大きな課題です。お互いに侵略し合う意思などまったくないということを理解し合うにしても、時間がかかると思います。

 歴史問題については、これまでは、一方の解釈を相手に理解させようということだけで、相互の摺り合わせの努力が欠けていました。日本と中国との誤解をなくしていくためには、歴史の問題を乗り越えていかなければなりません。その一つの試みとして、30代~40代前半を中心に「日中若手歴史研究者会議」というものを数年前に立ち上げ、定期的に会合をもっています。私たちの試みは、その相互理解の第一歩であり、関係改善に必要なステップだと考えています。

 具体的には、日中間の重要な出来事などを振り返って、その対立点について、日本と中国の解釈の違いを浮き彫りにしてみる。例えば、南京大虐殺にしても、なぜそういう事件に至ったか、事件についてそれぞれの立場ではどう解釈してきたのかを、しっかり分析し理解しようという取り組みです。一連の研究成果は、『国境を越える歴史認識』という本にまとめています。日中の歴史解釈はなぜ違うのか、歴史研究の方法論の違いも含めて、大学生にも分かりやすく解説しています。

日中両国の国民感情

 最近になって、中国の近代史の解釈にも大きな変化がみられます。そもそも「中国の近代史とは何だったのか」という、根本的なことが問い直されるようにもなってきました。これまでは、外国の侵略に抵抗する歴史として解釈されてきた面が強かったのに対して、近代的な国家作りのための歴史という見方、また、人間の歴史という本質に注目した研究が主流になりつつあります。

 新しい視点に立てば、多くの歴史上の人物の努力は、侵略への抵抗のための努力だけではなく、近代的国家づくりのための努力であると解釈されることも可能になります。例えば、日中の歴史を語る上で見逃せないのが、いろんな時期に日本側に協力的な姿勢を取ってきた、いわゆる日本通の中国人の歴史です。彼らは中国では「漢奸(かんかん)」(裏切り者、売国奴)という非常にきつい意味の言葉で呼ばれ、断じて許されない存在とされてきました。しかし、新しい歴史観に立つことで、かつて「漢奸」と言われた人の中にも、中国の近代化へ貢献した側面もあったという意味で再評価される人も出ています。また、人間と社会の本質から、日本通の人々を研究するものも少なくありません。

多民族国家日本と在日中国人

 2008年春に、『新華僑 老華僑―変容する日本の中国人社会』という新しい本を出しました。日本という社会が、外国人と共生せざるを得なくなる時代を迎えようとしています。華僑の問題を取り上げながら、日本社会に対し、一つの提言を行いました。日本社会はいま、多民族国家への歴史的な転換期にあると思います。高齢化と少子化が進み、世界の国々から技術者や労働者を受け入れていかざるをえない流れがあります。

 つい昨年、在日外国人の数のトップが、それまでの韓国人から逆転して、中国人になりました。これから日本で中国人がどういう存在になっていくのか。日本社会と緊密な関係を持ちながら、華僑の社会が発展してきましたが、戦前からの老華僑と、1980年代以降日本にやってきた新華僑の間のギャップ、あるいは台湾の華僑と大陸の華僑との関係が、大きく変容しています。全体の流れとしては、中国人が日本社会にますます溶け込んでいく方向にあります。

劉傑教授の代表的著作(一部)

 本学でも、中国人留学生の最近の増加には目を見張るものがあります。そもそも本学は歴史的にたくさんの中国人留学生を、さまざまな情況下で受け入れてきました。歴史的にみても、中国人にとって早稲田というのは特別な空間であり、ここから中国に帰って、中国の近代化に貢献した人が、政界にも学界にもたくさんいます。中国で最も有名な日本の大学と言えば、まず早稲田大学の名を挙げる人が多いでしょう。

 しかし、いまや中国からの留学生は、数千人にも達しており、早稲田と中国人留学生との関係も、変わりつつあるのかもしれません。いつかこの歴史を振り返り、「早稲田大学と近代中国」というようなテーマで本を書いてみたいとも考えています。

劉 傑 Liu Jie/早稲田大学社会科学総合学術院教授

1962年北京生まれ。北京外国語大学を経て、1982年に来日し東京大学に入学。1993年東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会外国人特別研究員、聖心女子大学、フェリス女学院大学、淑徳短期大学非常勤講師、1996年より早稲田大学専任講師(社会科学部)、同・助教授を経て、現職。2005年からコロンビア大学客員研究員を併任。主な著書に『新華僑 老華僑―変容する日本の中国人社会』、『第百一師団長日誌』(共編著)、『国境を越える歴史認識―日中対話の試み』(共編著)、『漢奸裁判―対日協力者を襲った運命』、『中国人の歴史観』、『日中戦争下の外交』など多数。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/