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▼知の共創―研究者プロファイル―

松岡 俊二 略歴はこちらから

グローバル・サステイナビリティ
―環境学・開発学の新領域の創生へ

松岡 俊二
大学院アジア太平洋研究科教授
国際開発協力研究所所長

「社会的能力」と「制度」は表裏一体

 1990年代の初めから、国際開発協力、国際環境協力の研究に携わる中で、「社会的能力の形成と制度変化」という、国際開発の新しい指針となるべきモデルの確立に取り組んできました。

 ここで言う「社会的能力(social capacity)」とは、人々が単に何か技能や知識を身につけていくといったミクロレベルの能力開発(capacity development)のアプローチを超えて、援助を地域社会の発展へ積極的に結びつけていくことができる力、いわば地域の問題解決能力そのものを、地域全体として形成していくことである――そのように私は考えてきました。

 戦後の国際社会では、先進国が莫大な援助資金を途上国に投入して、その金額や成果の量的指標を競い合ってきました。しかし東西冷戦終結によって途上国支援への政治的な動機づけが弱まると同時に、アフリカ援助の失敗から、西欧の援助国の間で「援助疲れ」といわれる現象がみられるようになります。1990年代には、欧米からの援助資金が縮小する一方、格差や貧困の厳しい現実がより露わになり、国際開発協力は大きな転換期を迎えます。

 「能力開発(capacity development)」の議論は、それ以前から、援助を受け入れる途上国側の政府・公共セクターの能力の問題や、プロジェクトの管理能力の問題などについてなされてきました。これが1980年代に入ると、政府と民間とのパートナーシップ(Public Private Partnership)や住民参加といった、セクター間の連携による取り組みを重視する方向へ、つまりよりマクロな社会的能力としての能力開発論へと展開していきます。

松岡教授の編著で社会的能力の形成と制度変化についてまとめられた、"Effective Environmental Management in Developing Countries"(Palgrave Macmillan刊、2007)

 1990年代に入ると、このような社会的能力の開発が、従来の限界を打破する新しい方法論の柱となるべきテーマとして発展をみせます。私自身、国際協力機構(JICA)の事業評価へのかかわりを契機に、東南アジアやアフリカなど、各地へ出かけて調査活動を実施してきた中で、地域を巻き込んだ事業を行うことの難しさ、援助で効果を出すことの難しさを肌で感じてきました。

 能力開発への私の見方は、マクロレベルからのアプローチ、すなわち社会全体の能力の形成がベースとなります。そこで重要なのは、人々の現実の行動というミクロレベルと、社会的能力というマクロレベルの領域という異なるレベルの変化を、相互に連関しあったものとして捉えていく視点です。そこに「制度の変化」という概念を取り入れることが重要になります。

 「制度変化」というキーワードは、経済学や政治学の分野で出てきた「新制度学派」といわれる新しい学問的アプローチと関係します。ここで言う制度(institution)とは、法律だけではなく、地域が歴史的に形成してきた行動や考え方の慣習・規範のようなものです。社会的能力は、すでにある制度に制約されており、両者は表裏一体の関係にあります。社会的能力の向上によって、人々は制度を変化させることが可能となり、制度が変化することで、人々が社会的能力をさらに発揮することが可能となるといった相互関係にあります。

 このようなマクロな見地から能力開発を捉え、マクロとミクロの循環を位置づけていくことによって初めて、「社会的能力の形成」を「持続的な社会の発展」へと帰結させていくためのモデルや方法論が確立できる――そのように考えています。

図1 環境管理における社会的能力と制度変化のトータル・システム

政府―市民―企業のセクター連携によって形成される社会的環境管理能力(SCEM)と、制度変化との相互連関が、社会的環境管理システム(SEMS)を構成する。システムは、地域の社会経済的条件や環境の質、さらには外部要因と相互連関し合って、動態的に変化している。

リトマス試験紙としての研究者

 環境や開発の仕事では、ともかく「現場を見る」ことが大事です。もちろんデータの収集分析などはアカデミックにしっかりやりながら、その一方で、現場では何が起きているのか、現地へ出かけていって、住民や関係者への聞き取り調査をていねいに行い、現場でしか見えてこないものを把握することが大切です。

モンゴル・温暖化・砂漠化対策事業、修復した井戸の調査(ドントゴビ県;2008年11月27日)

 例えばケニアでは、1963年の独立以降、人口が爆発的に増えてしまい、森林破壊が猛烈な勢いで進んでしまいました。そこでJICAが、地域住民参加型の社会林業プロジェクト――今風にはコミュニティ・フォレストリという活動を導入しました。しかし地域住民からしてみれば、すぐに結果が出るわけでもない植林作業を黙々とやることの意味が、なかなか理解できない。現地の人には畑を切り開いて食べ物を作れたほうが、毎日の生活にはずっといいわけですから、当たり前ですよね。しかも林業のプロでもなんでもない、農民にそれをやらせるのですから大変です。

 同じ現場に出かけても、重要なポイントが見える人間と、見えない人間が当然います。その違いはやはり、どれだけ勉強しているかなんですね。ただ現場に行けばいいわけではなくて、環境にしても開発にしても、必要な知識を身に付けて、調査の経験を積んで、自分なりの鋭敏な感覚を養っておく必要があります。

 研究者は、いわばリトマス試験紙なんです。だから現場へ出かけるときは、自分をできるだけニュートラルな状態にしておきたい。過酷な条件の中、長期間滞在しないといけませんから、体調には非常に気をつかいます。例えば、マレーシア・サラワクのプナン族の村では、森林破壊で泥が流れ込んできて、川の水が泥になってしまっている。そこで歯を磨いたり顔を洗ったりしなきゃならないし、スコールが来れば軒下に立って、屋根から流れて来る雨水でシャンプーします。

ケニアの「貿易分野におけるキャパシティ・ディベロップメント調査」でナイロビ近郊のバラ農場を訪問(2007年9月13日)

 逆に、モンゴルのゴビ砂漠では、雨が降らないから何日も風呂に入れない。昔はシャワーがあったんですけれど壊れてしまって、ここ数年はずっと修理できなくて使えないですね。モンゴルからの留学生を連れていったときにも、彼女はウランバートルしか知らない都会っ子で、自分の国なのに「こんなにひどいと思わなかった」と驚いていました(笑)。

 これからの国際協力は金額を競うよりも、学術研究と実践の両面から、質的に優れた成果を出していかなければならないでしょう。そのためにも、日本のもてる知識、経験、技術を生かすとともに、企業の取り組みと一体となって、官民連携による国際開発協力を展開していくことが重要です。民間レベルの国際協力活動においても、日本の企業はとても優れた取り組みを行っています。ほんの一例ですが、日本の大手メーカーが開発したマラリア蚊を寄せつけない蚊帳は、アフリカの地域に大きな貢献をしています。

 私は、途上国に限らず先進国も含めた環境と開発をめぐる研究に取り組んでいます。例えば、温暖化の問題にしても、途上国の環境破壊を研究する一方で、北九州市や東京都文京区の温暖化対策への取り組みなどの研究も行っています。地域社会の環境と開発を持続的に管理するための社会的能力の形成という枠組みは、基本的には途上国も先進国も変わらないと考えています。

知的サロンが新しい価値を生む

 これから5年くらいをかけて、社会的能力形成と制度変化のモデルを進化させていきたい。学術的な進化はもちろん、現在かかわっている、環境省や国際協力機構などのプロジェクトにおいても、実際にプロジェクトの管理・評価に使っていけるようなものにしていくのが目標です。

JBIC(国際開発銀行)のインドネシア環境管理能力向上支援事業の団長として、州政府環境局やNGOの人たちと環境政策を話し合うラウンドテーブルを開催した(インドネシア・南スラウェシ州・マカッサル市;2007年3月8日)

 学問研究としての理論的なモデルをさらに一般化させていくことで、大学院や学部の教育プログラムに還元していく、さらに実際の地域の実践を支援するところへ行かしていく――いわば社会貢献ですね。学問研究、教育、社会貢献、それぞれの次元で役立つモデルを作っていくことが理想です。

 さらに大きなテーマとして、環境と開発をグローバルに捉えていく学際領域として、「グローバル・サステイナビリティ」の分野を確立させたいと考えています。その取り組みの一つとして、学内の環境関連の研究者に声をかけて、「早稲田大学サステイナビリティ研究会」を立ち上げました。これはフォーマルな組織ではなくて、自由なサロンのようなものです。新しい知識、新しい学術研究を発展させていこうとするときに、知的なサロンが重要な役割を果たします。純粋に知的な好奇心を追究することのおもしろさ、それは学者が何歳になっても失ってはいけないものなんですね。

 2008年4月には、「国際開発協力研究所」というプロジェクト研究所(*)も立ち上げました。こちらは、学外の人もたくさん巻き込んで、開発協力に関する研究交流や共同研究を推進するための組織です。いずれの活動も、大きな狙いは、学問横断的に出てくる課題へのアプローチを、学際的な新領域の創出へとつなげていくことにあります。早稲田大学の強みは、中国やアジアをはじめ、地域研究のアプローチで学際研究を組織していくところにありますが、私はさらに、「環境」「開発」といった問題そのものに対して、いかに新領域を創出していくかというところで、新しい強みを形成していきたいと考えています。

 これから大学が生き残っていくには、学際的な価値、知識を創り出していく力が、やはり問われます。そのためには、研究者の知的な価値創造への自発性を高めていくこと、しかしながらその一方で、みんながばらばらの方向へ行かないよう、研究者をうまくマネジメントしてバランスを取っていくことが必要でしょう。

(*プロジェクト研究所は、自発的に組織される学内の共同研究プロジェクトを支援する、早稲田大学独自の制度→総合研究機構 プロジェクト研究所:http://www.kikou.waseda.ac.jp/waseda_open/index.php

松岡 俊二(まつおか・しゅんじ)
大学院アジア太平洋研究科教授
国際開発協力研究所所長

1998年 京都大学大学院経済学研究科経済政策学専攻博士後期課程学修認定退学。1998年 博士(学術)・広島大学。広島大学総合科学部講師、同助教授、広島大学大学院国際協力研究科助教授、同教授を経て、2007年4月より現職。マレーシア・マラヤ大学客員教授(1996年)、アメリカン大学(ワシントンDC)客員研究員(2000年)、国際東アジア研究センター客員研究員(2003年度~現在)、総合地球環境学研究所客員研究員(2005年度~現在)、鳥取大学乾燥地研究センター客員教授(2007年度~現在)を歴任。専門は環境経済学、環境政策論、国際環境協力論、国際開発協力論、政策(プロジェクト)評価論。著書に『国際開発研究:自立的発展へ向けた新たな挑戦』(編著)、『シリーズ国際開発 第2巻 環境と開発』(共編著)、『岩波講座 環境経済・政策学 第6巻 地球環境問題とグローバル・コミュニティ』(共著)ほか多数。

松岡俊二研究室

http://www.waseda.jp/gsaps/faculty/matsuoka/index.html

国際開発協力研究所

http://www.waseda.jp/prj-isad.jp/jp/sub1.html

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/