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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

柴田 重信 略歴はこちらから

薬の効き方、食事の摂り方と体内時計の“深い関係”を探る

柴田 重信
早稲田大学理工学術院教授
医・理・工融合生命研究センター* 研究副代表
(*文部科学省 私立大学ハイテク・リサーチ・センター整備事業)

体内時計中枢の存在を実証する

 私の専門は、薬理学という薬の効き方の仕組みを探る学問です。薬理学は、実際に人間の患者さんへの投薬を通して研究する臨床薬理学と、研究室で動物実験などを行いながら基礎的な仕組みを探究する基礎薬理学とに大きく分かれます。私は後者の基礎薬理学を専門としています。

 うつ病やアルツハイマー症といった精神症状を対象に、感情を司る情動系の神経中枢への薬理研究からスタートした後、脳生理学の大村裕先生(九州大学名誉教授)の研究室に学内留学して、食欲や満腹の中枢と快楽物質の分泌の関係を研究していたときに、視床下部の視交叉上核という部位が体内時計を司る機能を持っていることが分かってきました。1980年代の初めのことです。

 実験室ではラットの脳をスライスして、電極を刺して活動電位を測定するといった実験をやっていたのですが、視交叉上核のところだけが、朝スライスして測ると元気なのに、夜スライスして測るとどうも元気がない。ところが、夜おとなしかったものが、朝になり昼になると、活性化して元気になってくる。「これは生体のリズムじゃないか」ということに気づいたわけです。脳のほかの部位からの情報伝達を遮断しても、視交叉上核だけは自律して時計の機能を果たすのならば、まさに視交叉上核が体内時計の中枢であると考えられます。

 当時、ドイツ、米国、そして我々の3つの研究グループが、同じような仮説を出して実験に取り組んでいて、この仮説を実証するのにものすごい競争になりました。実験を繰り返す中で、結果的に我々は良いデータを得ることができて、世界的にも評価される論文を発表することができました。

 私はまだ大学院博士課程の学生でしたが、この研究をきっかけとして、生体のリズムと薬理との関係を探究する研究――最近では「時間薬理学」といってだいぶ注目を集めるようになったこの新しい領域と出会い、以来今日までずっとその研究に携わっています。

「時間薬理学」が拓く新しい医療

 薬には、飲み方のリズムに気をつけるとぐっと効き目が良くなったり、副作用を少なくしたりすることのできるものが、少なからずあります。例えば、高脂血症の人はコレステロールの合成を減らす薬が処方されますが、これは夜に飲んだほうがいい薬です。コレステロールを合成する酵素は、夜のほうが値が高く、昼になると低くなるので、この体内リズムに合わせて、夜多く服用したほうが良いのです。

 いま山梨大学の医学部との共同研究で取り組んでいるのが、喘息や花粉症などアレルギーと体内時計の関係についての研究です。アレルギーの症状のかゆみというのも、昼間よりも夜間のほうが強く出やすいのですが、そのメカニズムがじつはまだよく分かっていません。例えば、喘息は明け方に発作が起きやすいのですが、喘息の発症のリズムと、薬の効き方のリズムを合わせて究明していくことで、症状をやわらげるにはどういう治療をしたらいいかが見えてくるだろうと考えています。

 2007年には、産業技術総合研究所、筑波大学との共同研究で、高脂血症の治療薬(フィブレート製剤)に体内時計を変化させる作用があることを発見しました。マウスに薬を投与すると、活動時間帯が早まることから、睡眠相後退症候群といわれる「夜更かし朝寝坊型」に時計が固定されてしまう睡眠障害の治療薬開発につながる可能性があります。睡眠障害の治療には、これまで睡眠薬など対症療法しかありませんでしたので、新しい治療薬としての開発が期待されます。

 これらはほんの一例で、じつはかなりの種類の薬が、体内時計との関係で効能を向上させられるのではないか、あるいは新しい薬や治療法が開発されるのではないかと考えられており、時間薬理学からの医療への貢献に大きな期待が寄せられています。

健康な人でも夜間には気道狭窄が進む(上図)/マウス実験で視交叉上核を破壊すると、昼夜のリズムが喪失するとともに、気道狭窄が進むことが分かっている(下図)

「時間栄養学」へのアプローチ

アクチグラフによるヒトの活動リズムの測定

 最近では、時間薬理学と同じ考え方で、栄養の摂取と体内時計についての研究にも取り組んでいます。「時間栄養学」と呼ばれる新しい分野ですが、一般の方々からの関心が高いこともあって、様々な取り組みがなされています。

 我々の研究室では、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の助成研究で、食事、運動、睡眠などの生活リズムと体内時計の関係について、朝型の人、夜型の人を対象に比較研究を行いました。毎日決まった時間にきちんと朝練している人たちとして、早稲田大学の女子ラクロス部の人たちに朝型の被験者になってもらい、その他のタイプの人たちとの違いを調べました。被験者の人たちには、1個10万円もする腕時計型のアクチグラフといわれる測定器を付けてもらって、一日の活動量を詳細に測定しました。

 結果として、運動のリズムよりも、じつは食事のリズムのほうが、体内時計にはずっと大きい影響を与えるということが分かりました。運動をいつどれだけやるかよりも、食事をきちんとしたリズムで摂ったほうが、体内時計を維持しやすいということです。宇宙空間でいかにして体内時計を維持するかは重要な課題ですが、我々の研究で得られたような知見をうまく活用すれば、飛行士の体内時計をコントロールしやすくなります。

 一日は24時間ですが、人は24.5時間の体内時計のリズムで動いています。規則正しい生活をするには、毎日0.5時間のズレを自分で調整する必要があるのですが、これがなかなか難しいのです。研究室の学生たちのデータを見ても、うまく調整できていません。

 じつは私自身のアクチグラム(活動量データをグラフにしたもの)は、バカ正直なほどぴったり24時間のサイクルを描いています。これは自慢できます。研究した食事や睡眠のリズムを、自分の生活でしっかり体現できているということでしょうか。文部科学省が「早寝早起き朝ごはん」国民運動というのを推進していますが、よく「先生のデータを模範例として貸してください」と言われるほどです(笑)。

政府―市民―企業のセクター連携によって形成される社会的環境管理能力(SCEM)と、制度変化との相互連関が、社会的環境管理システム(SEMS)を構成する。システムは、地域の社会経済的条件や環境の質、さらには外部要因と相互連関し合って、動態的に変化している。

漢方薬の評価ライブラリ構築へ

 これから取り組みたいことのひとつに、漢方薬の時間薬理学があります。漢方薬というのは、ご存知のように色々な生薬の組み合わせからなり、対症療法的な西洋医薬とは違って、その人の体質に合った処方をして、治療とともに体質改善を図るというのが根本にある考え方です。漢方の処方は長い歴史の中で経験的に培われてきたもので、薬理学的な評価はきちんとなされてきていません。日本の漢方薬メーカーは、材料の安全性の検査はきちっとやっていますが、薬理の研究に取り組めるような余力はあまりありません。漢方薬は、欧米からも注目が高まっていますので、評価をきちんと確立して標準化を行うことで、世界的に普及を広げることが可能です。

 長く飲み続けて身体に働きかけ、体質を改善していこうとする漢方薬の効能を評価するうえでは、体内時計のリズムを基本とする時間薬理学の考え方がよくフィットするだろうと考えています。漢方でいう体質の崩れはリズムの崩れであり、体質改善はリズムを整えることである、そんなふうに捉えることができます。

 漢方薬の処方は生薬の組み合わせの妙にありますが、薬理学的な評価をする上では、やはり生薬からさらに化合物のレベルへ落とし込んで評価を行い、ライブラリを構築する必要があります。漢方の処方は、それらの組み合わせからなるプロファイリングとなります。漢方薬の評価データベースを、この「化合物ライブラリ」と「プロファイリング」の二本柱で構築していきたいと構想しています。

医理工融合で研究を次のステップへ

マウスの手術や実験風景

 細胞レベルでの生体リズムの研究を、医理工融合で開拓していくことも、取り組みたい課題の一つです。私の研究室があるTWIns(東京女子医科大学・早稲田大学連携 先端生命医科学研究教育施設)には、東京女子医大で最先端の再生医療工学に取り組んでいる研究者の人たちがいます。彼らが有する細胞シート工学との連携で、いろいろな形態に細胞を結合させながら、生体リズムの機能を形態との関係の中で探究していく共同研究を計画中です。形態と機能というのは深い関係にあって、「この形態にしたら、こんな機能が出た」ということが、よく発見されるのです。

 TWInsにいる早稲田大学の研究者には、私を含めて生体リズムの研究に関係する研究者が複数います。それぞれが培ってきた知識を何かのかたちにまとめていきたいと話していたのですが、2010年度から「時間生物学」を学部/大学院の新しい講義科目として開講し、共同で講義を行うことになりました。どう講義がまとまっていくのか、とても楽しみです。

マウスの飼育室

 私にとっていちばん楽しい時間は、学生とディスカッションをしているときです。「世の中、やっぱりこういう生活で太っているという人多いんじゃないか」とか、自由に仮説を展開する。実験作業というのは、地味で淡々とした作業なんです。だからこそ、ディスカッションでは少し引いた視点から自分たちの目指しているところを眺め直して、ロマンをふくらましておくことが大切です。

柴田 重信(しばた・しげのぶ)
早稲田大学理工学術院教授
医・理・工融合生命研究センター* 研究副代表

(*文部科学省 私立大学ハイテク・リサーチ・センター整備事業)

1976年、九州大学薬学部薬学科卒業。1981年、九州大学大学院薬学研究科博士課程修了。薬学博士。九州大学薬学部助手、助教授、ニューヨーク州立大学リサーチフェローなどを経て、1995年より早稲田大学人間科学部助教授、教授、2003年より先進理工学部電気・情報生命工学科教授。主要な研究テーマは、体内時計に作用する薬物の研究、生体リズムの分子生物学的薬理学的研究。1994年、日本薬学会学術奨励賞受賞。世界時間生物学連合副議長、日本時間生物学会事務局長などを歴任。

柴田重信研究室

http://www.waseda.jp/sem-shibatas/

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WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/