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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

竜田 邦明/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

天然生理活性物質の全合成で
世界のトップを走る

竜田 邦明/早稲田大学理工学術院教授

DNAをやりたいなら化学をやれ

 中学1年生の時、ワトソンとクリックによってDNAの二重らせん構造が解明されたことを授業で聞いて、「そうか、これからはDNAの時代だ!」と感動したのが、研究者になる大きなきっかけとなりました。近所でトンボを捕ったり、魚を釣ったりするのが大好きで、生物や自然にかかわることを何かやってみたいと漠然と考えていました。

 実はその前年に父親が急逝しまして、「これからどうしていこう」と子どもながらに考える中で、父が常日頃から言っていた2つのことが、置き土産のように心の中に残り続けました。1つは、「イギリスもアメリカも良い大学はみんなプライベートだ。これからはプライベート・ユニバーシティの時代だ」と言っていたことです。やがて慶應義塾大学へ進学し、そして今は早稲田大学にいるわけですが、父の言葉に導かれてきたような気がします。

 もう1つは、留守がちだった父が、いつも食卓に世界地図と百科事典を置いて、「これを見ておきなさい」と言っていたことです。父が亡くなってからもその習慣は残りました。二重らせん発見と同じ年に、ボストンマラソンで山田敬蔵さんが優勝して、「ボストンってどこだろう」と地図を眺めたりしていたのですが、ちょうど20年後に、その地にあるハーバード大学で研究生活を送ることになるのですから、これも不思議な縁です。

 慶應の医学部へ進んだのは、日本の分子生物学の草分けであった渡辺格先生(故人)がいらしたからです。しかし、渡辺先生には、「日本ではまだカネもない、研究の蓄積もない、設備もないのだから、20~30年間は日本でこの分野を勉強するのは無理だ」と言われました。そして「将来どうしてもやりたいのなら、今は化学をやっておきなさい」と、工学部の梅澤純夫先生(故人)という抗生物質研究の権威を紹介してくださり、入学からわずか2ヵ月で医学部から工学部へ移りました。

独創性を極めた合成の“芸術性”

 梅澤先生のもとでは、学部から一貫して抗生物質の合成を研究し、「カナマイシンの絶対構造の決定」というテーマで修士論文を書き、カナマイシンの全合成を達成して博士号を取りました。「絶対構造」というのは、「右手か左手かを完璧に決める」ということです。物質の中には、完全に相似の構造なのに、鏡に写った鏡像体ではまったく性質の異なるものがあります。そこで、糖質のグルコースなどは、右か左かがはっきり決まっているので、絶対構造を決定する時の原料として重要な意味を持っています。

 結果としてこの論文が注目されて、ハーバード大学へ行くことになります。「有機合成の神」とも呼ばれたロバート・バーンズ・ウッドワード教授(故人)が私を呼んでくれたのですが、彼がちょうどビタミンB12の合成を手がけていて、その最後の糖質を導入する合成過程のところに、私の技術が必要だと考えたんですね。当時、その技術はほかの人にはなかった。私は「技術は教えるけれども、自分はもうそれはやりたくない、もっと新しいことをやらせてくれ」と頼んで、3年ほど滞在し研究をさせてもらいました。

 ウッドワード教授は放任主義だったので、およそ何も教わりませんでしたが(笑)、彼を見ていて教わったことは、「徹底して独創的であれ」ということです。他人の意見なんかどうでもいい、自分の考えたアイデアこそが、基礎研究の源だということです。彼は1965年にノーベル化学賞をもらっているのですが、授賞テーマは「天然物の有機合成における芸術性」です。つまり、誰にも真似のできない独創的な方法論でもって合成過程を創造してきた、その業績はアートに値するというのが授賞の理由なんです。

 同じ天然物を合成するのでも、AさんとBさんとでは、ルートが違います。50工程以上もあるような複雑な合成過程をどのように辿ってゴールに達するのか、そこに個性が出てきます。「おっ、これはウッドワードの合成に違いない」といった具合に、あたかも芸術作品のように作風が出てくる。私も深く影響を受けて、「これは竜田の仕事だな」と言われるような合成を、今日まで目指してきました。糖質を用いることに固執してきたのも、芸術家があるジャンルの中で作風をはっきり打ち出すのと同じような感覚で、自分らしさを出すためのひとつの方策です。

 1981年にニューヨークの近代美術館で、ピカソの「ゲルニカ」を見たのですが、作品の横に制作過程の写真が何点か展示してあり、地道に作品を練り上げていくピカソの姿が紹介されていました。天才といわれたピカソでも、最初のスケッチから試行錯誤を繰り返して、納得いくまで構図を何度も推敲していく過程を見て、やはり基礎的な技量と愚直なまでの努力があって、初めて芸術性というものが昇華するのだなと強く印象づけられました。

すべては「全合成」から始まる

 私はずっと、「すべては全合成から始まる」ということを提唱してきました。全合成(total synthesis)とは、入手できる最も単純な化合物から出発して、複雑な構造を有する天然物そのものを合成することです。全合成の研究はまるでゲームのようで、研究者が競い合って天然物を合成し、全合成が達成されればゲームオーバーという感じでした。しかし私は、全合成は決して研究のゴールではない、すべての始まりだと言いたいのです。

 全合成の意義というのは、第1に、それによって従来の化学が、もっといえば従来の科学が正しかったことを実証できる。第2に、新しい反応や方法論を創出できる。第3に、先ほどの右か左かの絶対構造を決定できる。第4に、すでに報告されている天然物の生理活性が確かに存在することを科学的に立証できる。そして第5に、うまくいけば、その生理活性を発現する中心部分はどこかということを特定できる。全合成とは、こうした意義をさらに掘り起こしていくためのスタートなのです。

図1 「すべては全合成から始まる」

 生理活性を示している物質が、マイクログラムの単位でしか存在しない場合もあります。このわずかな物質を純粋に単離できなければ、正しい天然物(天然生理活性物質)の合成はできません。つまり全合成が、化学の発見に対して「それは存在する」「それは存在しない」という最高裁判所のような絶対的判定を下すのです。全合成によって生理活性を確認することで、その物質は確かに存在し、かつ、もしかしたら新薬として利用できるかもしれないという見通しが立ちます。

 天然物をただその通りに合成するだけでは、何の役にも立ちません。「自然に学び、自然を超す」とも提唱してきたように、天然物の合成で学んだことを、さらに人々の役に立つかたちにしていくことが重要です。実際に製薬会社が薬にするとなれば、50工程もあるような合成はとてもできない。どの構造部分を切り出し、どのように簡略化させて、10工程ぐらいのスマートな製造工程にしていけるのか。サイエンティストとしての基礎研究は完全に遂行しながら、その一方で工業的な合成法までを見通した実践的貢献をしていくことが重要だと考えています。この考えに基づいて幸いにも私自身、抗生物質や糖尿病治療薬などの創製に貢献することができました。

「4大抗生物質」を狙い打つ

天皇、皇后両陛下のご臨席のもと日本学士院賞を受賞

 2000年に、4大抗生物質の最後の1つの全合成を達成して、世界で初めて4大抗生物質すべての全合成に成功しました。世界にアピールするには、登山家が世界最高峰のエベレストを目指すように、世界中誰もが知っている4大抗生物質をターゲットにするのが一番だと思ったのです。といっても、「これは狙えるかな」と思ったのは、1990年頃、2つ目が終わったあたりからですけれどね(笑)。

図2 糖質を用いた4大抗生物質の全合成

 抗生物質は20世紀最大の発見であり、ならば20世紀が終わるまでにその全合成を終わらせてやろうじゃないかと、意気込みました。最後のテトラサイクリンの全合成には12年かかり、終わったのがまさに2000年。テトラサイクリンが発見されてちょうど50年の節目でもありました。4大抗生物質というのは、それぞれまったく異なる構造をもっているので、このすべての全合成を達成したということは、高く評価されました。朝日新聞などは「5大陸の最高峰制覇に等しい」と書いてくれて、とてもうれしかったです。

最近の研究では、神経細胞の再生に効果がある天然物を発見し全合成も完成。写真左は投与前の神経細胞、右が投与後で神経突起の伸長が認められる。

 これまでに、97もの天然物の全合成をやり遂げました。この数は文句なく世界最高です。今のところ100までは行けそうですが、101はどうかな……。合成法のアイデアを練るのは、どうしても徹夜作業になります。「こう行って、次はああ行って、それからこうなって……」と、50工程とか80工程とかの一連のつながりを一気に考えていかないとダメなんです。いったん休んで次の日考え直そうとすると、もうテンションが変わってしまっていてうまくつながらない。だからテンションを盛り上げに盛り上げて、アイデアが来たと思ったら、絶対寝ないで最後まで考えぬく。最後の工程まですべて読み切れれば、もう忘れません。いつでも紙に書けるから寝てしまっても大丈夫です(笑)。

 長年の研究業績が認められ、2008年に藤原賞、2009年に日本学士院賞と、科学者に与えられる国内最高の賞を立て続けにいただきました。日本の有機合成化学は世界一のレベルですから、国内で評価されるということは、すなわち世界で評価されるに等しい。とても誇りに思っています。

竜田 邦明(たつた・くにあき)/早稲田大学理工学術院教授

1940年大阪生まれ。1968年慶應義塾大学大学院博士課程修了(工学博士)。武田薬品工業を経て、1969年慶應義塾大学助手。1973年米国ハーバード大学博士研究員。1977年慶應義塾大学助教授、1986年同教授。1993年早稲田大学客員教授。1997年より現職。本学の21世紀COE拠点「実践的ナノ化学」リーダー、理工学研究科長、英国ケンブリッジ大学およびオックスフォード大学客員教授を歴任。2006年より本学高等研究所所長を兼任。2008年藤原賞、2009年日本学士院賞のほか、日本化学会賞、紫綬褒章など受賞歴多数。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/