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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

池尾 愛子/早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

日本の経済学、経済学者の貢献を
経済学史の視点から捉える

池尾 愛子/早稲田大学商学学術院教授

「知りたい」という声に応える

 経済学の中でも、「経済学史」という、経済学という学問そのものの歴史を研究する分野を専門にしています。日本の経済学者と経済研究を中心に、その国際化も含めた視点からの歴史的研究に取り組んでいます。日本にも、森嶋通夫、宇沢弘文、根岸隆など、戦後日本の経済学に貢献し、その独自の理論が世界的に注目されてきた経済学者がいます。欧米の研究者の間では、近年になって彼らの研究やその背景についてもっと知りたいという声が、改めて高まっています。

 今から20年ほど前、米国のデューク大学で在外研究をする機会がありました。このとき招聘を引き受けてくださったロイ・ワイントラウプ教授が、根岸隆氏の一般均衡理論に高い関心を持たれていました。ワイントラウプ教授は数学科出身で、数理経済学史研究で有名です。彼が、「日本には安井琢磨をはじめとする戦前からの近代経済学の系譜があり、そうしたベースのもとで戦後、根岸のような理論が発展したのだろう。そこまでは分かるのだけれども、さらに掘り下げようとすると、やはり情報が足りない、分からない―」と、そんなことを語られたのが印象的でした。

 アメリカの一流の研究者が、日本の経済学について「もっと知りたい」と欲している、その姿を目の当たりにして、「これは私がやらなければ」と思ったのが、日本の経済学史を専門にしようと決心する大きなきっかけになりました。

 じつはつい最近、2009年4月に、ロンドンの学術出版社から、根岸隆氏へ贈る記念論文集、“A History of Economic Theory: Essays in Honour of Takashi Negishi”(H. クルツとの共編)を刊行し、この中で私は、根岸氏の貿易論における貢献についての論文を書きました。もともとは、2004年に北米経済学史学会で、根岸氏の70歳を記念するセッションを1年遅れで組織し、そこで発表された論文をもとに編纂した本です。

 根岸隆の理論に影響を受けた各国の研究者が集まって、このような記念セッションができること、自分が編者、著者としてかかわれることは、とても光栄に思います。本にまとめるまで何年もかかってしまったのは、集まった研究者の専門があまりに多岐にわたっていて、それらの論文を1冊の本にまとめるのに苦労したということがあります。

1960年に蒲郡で開催されたIEA(国際経済学協会)国際会議。集合写真には、中山伊知郎、東畑精一、荒憲治郎、E.A.G.ロビンソン、T.W.スワンなど錚々たる学者の顔ぶれが見える。赤松要や、若きアマルティア・センらも参加している。こうした古い会議の写真も、経済学史には貴重な研究材料である。(写真は、IEA蒲郡円卓会議事務局 堀田一郎氏の提供)

「経済学の国際化」は重要な視点

1990年代を通じて研究してきた日本の経済学の国際化についての成果は、『日本の経済学―20世紀における国際化の歴史』(単著)としてまとめられ、2006年に刊行された。

 「経済学の国際化」という視点も、重要な研究テーマです。戦後、戦勝国であったアメリカから各国・各地域への国際的経済支援、その後の欧米から途上国への経済協力を通して、国連をはじめとする国際機関の活動が展開する局面があります。各国の経済学者が国際通貨・金融政策に関心をもつようになり、さらには経済官僚やエコノミストが養成され、彼らが開発政策や国際金融の場で活躍するようになります。こうした流れの中で、経済学そのものが国際化していきます。EU統合が1つの象徴的な例を示していますが、今ではEUやユーロ圏も1つのドメスティック経済を構成しています。

 1994年に、「1945年以降の経済学の国際化」という国際共同研究プロジェクトが組織され、10ヵ国からメンバーが参加して、国際比較を行いました。このプロジェクトで非常に勉強になったのは、IMF(国際通貨基金)や世界銀行の方が参加されていたことです。筋金入りの国際経済官僚の方々とご一緒し、学ぶことが多かったものです。このような絞り込まれたテーマでの国際会議へ参加することが、自分にとって最も楽しくかつ刺激に満ちた時間です。各国の多彩な経験をもつ専門家が集まっての建設的議論は、じつに創造力をかきたてるものです。

国際会議「ロバート・ソローと成長経済学の発展」(2008年4月)での1コマ(池尾教授は右から3番目)。同会議の組織者はK.D.フーバー(デューク大学)とM.ボアノフスキ(ブラジリア大学)。ソロー氏本人も含め、経済学、経済史、経済学史、方法論などの研究者、元国際機関のエコノミスト、ジャーナリストらが、世界9カ国から参加した。写真はP.ガルシア-デュアルテ (サンパウロ大学) 提供。

 これからは、東アジア地域でこうした現象が増えていくことが予想されます。国際化がどの程度進むか、経済共同体のようなものがどれだけ発展するのか――。いずれにしても経済の国際化は着実に進んでおり、各国の経済学者が共同で政策に関与していく中で、東アジアの「経済学の国際化」もおのずと進んでいくでしょう。私としては、日本を中心とした視点に立ちながら、国際化の進展をしっかり捉えていきたいと考えています。

高校生にも読める「評伝」を

『赤松要――わが体系を乗りこえてゆけ』(評伝・日本の経済思想シリーズ;2008)

 経済学者の評伝、『赤松要―わが体系を乗りこえてゆけ』という本も書きました。赤松要は、戦前戦後に活躍した日本の国際経済学の第一人者で、昭和の初めに「雁行形態論」という経済理論を提唱したことで知られます。一国の経済発展には、輸入→模倣による国内生産(輸入代替)→輸出という段階的なステージがあると捉え、これを雁の群れが次々と次々と飛行していく姿にたとえて、雁行形態論と呼びました。英語で“flying-geese theory”などと表現され、欧米でもよく知られています。

 本では、彼の生い立ちや仕事を年譜に沿って追い、研究の背景をさまざまな史実や彼の詠んだ歌で構成しました。1920年代にドイツで在外研究をされて、その帰りに米国ハーバード大学のビジネススクールを訪問し、始まったばかりの「ケース・メソッド」という、今日では世界中のビジネススクールで用いられている教授法を用いた独自の講義を見学したときに受けた衝撃のことなど、研究活動以外のエピソードについても書いています。

 この評伝は、「日本の経済思想」というシリーズの1冊で、高校生や大学生にも読めるものをというねらいで、できるだけ読みやすいものにしています。――珍しく、私の父も読んでくれました(笑)。そうはいっても、取材や調査は本格的にやっています。赤松氏を知る方々、教え子の方々を訪問し、お話をお聞きしました。

 この内容をコンパクトな英文論文にしようと思い、ハーバード・ビジネススクールの歴史や研究叢書を調べました。しかし、赤松や日本人にとっては、敗戦によって戦争は終わったけれど、アメリカ人たちにとってはそうではないことを再認識しました。それで、英文にするのは後回しにすることにしました。

 国際貿易論の分野では、赤松以外にも日本人経済学者の国際貢献がたくさん見受けられ、オーストラリアの経済学者との共同研究がかなりあります。しかし、小国経済を前提にしている理論研究が多いため、超大国アメリカではあまり注目されてきませんでした。また、アジア経済研究でも、欧米と日本では、研究の視点が異なりました。

金融制度の改革にも貢献したい

 2009年7月までの1年間余りの在外研究で再び、アメリカのデューク大学へ行っていました。当初の目的は、国際経済学の歴史的研究でした。マーティン・ブロンフェンブレンナーという、日本の経済学について研究してきたアメリカの経済学者が遺した資料の調査も再開しました。1945年に初めて来日されて以降、たびたび日本を訪れ、日本の経済学の研究を行ってこられました。1997年に亡くなった後、日本で集められた経済学者の追悼論集など、私たちにも入手できないような貴重な資料がデューク大学に寄贈され、図書館に収蔵されて研究者に公開されています。

 日本の経済学史を海外に発信していくにあたって、日本人の視点だけではなく、マーティンのようなアメリカ人が見た日本の経済学という視点をうまく利用していくことで、欧米人にも理解しやすい日本経済学史が提示できると思います。今後、国内で関連人物への聞き取り調査も行って、厚みのある研究論文にまとめていきたいと考えています。

 時期も時期だっただけに、渡米前からサブプライムローン問題は懸念しており、その処理に注目していました。2008年7月の洞爺湖サミットの前後にアメリカ議会は動きました。しかしその後の対処が遅れ、9月のリーマンショックのあと、金融危機になり、他の金融機関に対しては公的緊急融資(bailout)が行われました。シンクタンク・メンバーからの要望で、アメリカでの対策の行方を政策掲示板に寄稿していました。

 アメリカでは第二次大戦中から、国際通貨制度のあり方が議論され、経済学者が積極的に政策形成に参加していました。さらに、金融政策や金融ビジネスで常に先を見越して、アメリカが先手を取っていけるような経済改革を進めてきたのです。学者だけではなく、金融の現場で経験を積んだ優秀な実務家が政策提言をする、さらには財務長官になるといったことがあります。金融ビジネスと経済理論が融合してデリバティブ取引が大躍進し、そこに新しい法律が制定され合法化され、いわゆる金融革命がいち早く進められてきました。

1990年代には、欧米で日本の経済学への注目が改めて高まってきた。日本の研究者による共著、『日本の経済学と経済学者――戦後の研究環境と政策形成』(1999年、池尾愛子編)は、翌2000年に英訳され海外でも出版された

 経済政策、金融政策、経済実務、金融実務、経済理論、金融理論……、すべてがシームレスに融合し、専門家がひしめきあう中で、新しい金融経済制度が生みだされてきたのです。自由な金融活動は経済的機会(ローン、ビジネス)を拡大させましたが、深刻な金融危機が起こり、経済不況が起きました。規制を求める声はありますが、どのように規制するのかが議論され始めると一筋縄ではいかず、海外からの提案が必要なるでしょう。振り返れば、英ポンドから米ドルへの基軸通貨の移行は、アメリカ人たちの研究と努力の賜物でした。日本でも研究力を向上させ、政策提言を発信すべき時が来ているのです。このような深刻な問題の解決に向けて、経済学史の視点からも貢献していかなければならないと思います。

池尾 愛子(いけお・あいこ)/早稲田大学商学学術院教授

一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。國學院大學経済学部、同大学・日本文化研究所勤務ののち、2000年から現職。デューク大学政治経済学史センター上級研究フェロー、東京大学経済学部訪問研究員などを歴任。専門は、20世紀の経済学史。著書に『20世紀の経済学者ネットワーク―日本からみた経済学の展開』『日本の経済学―20世紀における国際化の歴史』『赤松要―わが体系を乗りこえてゆけ』、共著書、編著書、研究論文多数。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/