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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

河合 隆史/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

ヒトと次世代のメディアとの
理想的な関係を探究する

河合 隆史/早稲田大学理工学術院教授

急速に活発化する、立体映像を取り巻く状況

 私の専門は人間工学で、今はまだ普及していないけれども、近未来の可能性を展望できる――そんな次世代のメディアを対象として研究しています。大学の学部時代に、立体映像(3D)について、ヒトの視点から評価する研究に初めて取り組んで、最先端の科学技術とヒトの両方に関わることのできるこの分野は、自分自身の興味や関心にぴったり合致していると感じました。以来、バーチャルリアリティ(VR)やユビキタスコンピュータなど、様々なメディアを対象として、研究を続けてきました。

河合研究室では、3Dのメディア特性を人間工学的アプローチによって分析し、多様なデータを蓄積してきた。(左:3Dの視機能への影響評価の様子、右:ヘルシンキ大学での3Dシネマ観察中の眼球運動の計測風景)

 新しいメディアを普及させる上では、ヒトとメディアの関係を深く理解し、メディアがヒトにとってどんな本質的な役割を果たしてくれるのか、あるいは果たすようにすべきなのかを、しっかり見きわめることが重要です。しかしながら、これまで人間工学的なアプローチが重要だとは言われつつも、新しいメディアやコンテンツの開発に十分に取り入れられてきたかというと、まだまだ検討課題は多いと考えています。

 ここ数年、3Dを取り巻く状況が急速に活発化しています。3Dの歴史は古く、例えば補色関係にあるフィルタなどを使用して、左右の眼に画像を分離して呈示するという原理そのものは、百年以上前に発明されたものです。こうした原理を応用して、3Dディスプレイや3Dシアターが開発されてきましたが、私たちの日常生活において、身近なメディアといえるまでには至っていません。

 ところがここにきて、ハリウッドを中心に3Dシネマが継続的に製作・配給され、日本でも3D上映に対応したシアターが増加しています。BS放送で3D番組が放映され、3D撮影の可能なデジタルカメラも市販されるようになりました。さらに、2010年には、家庭用の3DTVが大手メーカーから発売される予定となっています。

3Dを用いたシステム開発やコンテンツ制作にも取り組んでいる。写真は、北京大学、凸版印刷との共同研究による「ユネスコ世界遺産アーカイビング」プロジェクトでの研究成果の例(左:インタラクティブ3Dビュワー、右:麦積山石窟を主題としたVRコンテンツ)

 「なぜ、今?」と聞かれると、明確な回答は難しいですが、3Dディスプレイ技術の発達に加えて、映画館のデジタル化、コンテンツ制作技術の高度化といったタイミングが重なる中で、本格的な普及へ向けた大きなトレンドが形成されてきたと考えます。そうした背景の中で、私の研究室でも、研究テーマとしての3Dの比重が、このところぐっと増加しています。ハリウッドの3Dシネマの制作技術に比べ、日本は遅れているとよく指摘されます。予算的な規模で追いつくのは難しいでしょうが、クオリティを向上させる余地は多くあると思います。その一つが、奥行き感の演出や制御に人間工学的な知見を応用していくことです。そのため、私たちが検討・蓄積してきたものを、システムとして制作現場へ還元していく取り組みに力を入れています。

「状況」からメディア特性を捉える

 私たちの最初期の取り組みとして、3Dコンテンツの編集システムがあげられます(写真参照)。この研究は、2000年に行っていたのですが、当時は、3Dコンテンツの制作過程の中で、左右の映像ソースを同期して制御したり、奥行き感を調整したりといった、ポストプロダクションでのユーザビリティの問題に着目し、簡易な操作でそれらを可能にするソフトウェア「StereoEdit」を開発しました。これは、2003年、2005年にそれぞれ標準テレビ版、高精細版が実用化されています。

3Dコンテンツの編集ソフト「StereoEdit」実用化の例(左;標準テレビ版のパッケージ、右:高精細版のメイン画面)

 現在は、3Dコンテンツの評価システムや、撮影システムの開発を進めています。前者は、経験の少ないクリエータでも、制作中のコンテンツの奥行き感を上映環境に応じて分析し、直観的に把握できるよう表示する機能と、奥行き感の分析結果をこれまでの実験データ等と対応させて評価する機能で構成されたシステムです。後者では、その評価機能を撮影系に組み込んで、撮影環境に応じた左右のカメラの制御に利用しようとしています。これらのシステムは、いずれも安全で快適な3Dコンテンツの制作へ貢献していくことが目的です。3Dと一口にいっても、その影響はヒトの側の特性や利用場面・環境によって変化します。どんな状況で撮影されたのか、どんな状況で活用するのか――「状況」を考慮することなしに、3Dコンテンツの評価や制作は困難です。

 言うまでもないのですが、すべての2次元映像が3Dに置き換わることで、無条件に品質が向上するわけではないし、3D表現という意味でも奥行き感があるほど良いかというと、そんなに単純なものではありません。では、どのようなアプローチにより高品質な3Dコンテンツが制作できるのか、そこに、私たちが取り組んでいる人間工学的な知見の活用が期待されます。これまで3Dというと、アクションやホラー、SFなどの題材で、画面から飛び出してくるような演出で、ヒトを驚かせたりする効果を強めるために使われがちでしたが、これからはもっと繊細で、人の情感に訴える多様な表現が出てくるでしょう。そうした3Dの演出とエモーショナルな反応との関連を検討していくことも、私たちの研究テーマの一つです。

ゲームソフトの人間工学的な評価とデザイン

「ゲームの処方箋」プロジェクトと「99のなみだ」(左;携帯型ゲーム機のソフトをプレイ中の脳機能計測の様子、右:Nintendo DS「99のなみだ」パッケージ)

 よく「なぜゲームを研究するのか?」と聞かれるのですが、私自身は、ゲームは家庭における最も先端的なメディアと考えています。以前はゲームというと、ヒトへの悪影響を中心とした、ネガティブな議論が多かったのですが、近年では、認知機能のトレーニングをはじめ、ポジティブな効果や利活用が期待されるようになってきました。このような動向に呼応して、私たちは2005年度から「ゲームの処方箋」という研究プロジェクトを産学連携で進めてきました。その主要な研究課題の一つが、携帯ゲーム機のソフトによる、短時間での気分の改善効果です。ちょっとした空き時間に、その時の気分に適したゲームソフトを、ワインのソムリエのように紹介してくれたら便利ですよね。

 ゲームソフトの人間工学的な評価からデザインへ、一歩進めた「処方箋」の研究成果が「99のなみだ」に活かされています。これは、2008年6月に発売されたNintendo DSのソフトです。「99のなみだ」は、ユーザの感動の涙を誘うことが目的なので、呈示されるストーリーへの「共感可能性」の定量化と、その妥当性や有効性の評価に、2年がかりで取り組みました。「99のなみだ」では、特定の心理効果を意図したコンテンツが、いかに日常生活のサプリメントとなり得るかという、新たなヒトとメディアとの関係の提案という側面も重要です。先行して出版された小説版のシリーズが好調で、2010年には映画も予定されていると聞いています。残念ながら3Dではないようですが。

人間工学をメディアコンテンツ分野の「常識」に

クロスモーダル刺激を用いた仮想身体感覚誘発システムの試作(左:視触覚刺激を同位置に同期して呈示する初期の実験システム、右:視覚刺激により触運動感覚を制御する応用システム)

 「99のなみだ」は、人間工学的なアプローチを活かしたメディアコンテンツ分野の商品開発における、分かりやすい事例の一つと考えています。前述の3Dもそうですが、これからは人間工学の知見や手法が、次世代のメディア機器の開発やコンテンツ制作現場で活用されることが「常識」になってほしい。そのためには、人間工学の素養を身につけた人材の育成が重要です。3Dエルゴノミスト(人間工学専門家)というべき人材が必要なことは確かですが、3Dコンテンツの制作を何から何まで1人でやることは現実的ではないので、いろいろなタイプの専門家とのコラボレーションを通して、人間工学を活用していくことになります。

実験室実験の一方で、ユーザが新しいメディアを使う「状況」でのフィールド実験も重視している。写真はヘルシンキ大学との共同による屋外での頭部搭載型ディスプレイの実証実験。(左:参加者は、ディスプレイのほか、頭部搭載型カメラや各種センサを装着、右:ショッピングモール内での歩行実験の様子)

 早稲田大学では、2006年に基幹理工学部「表現工学科」という新しい学科が創設され、次世代のメディアコンテンツ分野の人材を育成しています。私はそこで「立体映像表現」という2年生の必修科目を担当しています。表現工学科の学生には必ず3Dコンテンツ制作に関わる基礎や関連する人間工学的な知識を習得してもらうことを意図しています。さらに当該分野で人間工学を深く学びたいという人には、大学院へ進む道が開かれています。

 もう1つ忘れてはならないのが、広く一般ユーザに向けて、新しいメディアのリテラシーを普及・啓発していくことです。いまやメディアコンテンツのユーザは、コンシューマとしてだけ存在するのではなく、自ら新しいメディアを駆使してコンテンツを制作していく、いわゆるユーザ作成コンテンツ(UGC:User-Generated Content)の時代です。Youtubeも、すでに3Dコンテンツに対応しており、こどもの運動会の記録を3Dデジタルカメラで撮影・編集して投稿する――そんな時代がすでに来ています。今後の急速な変化の中では、むしろユーザ側の適応と3DUGCの増加による、ユーザ主体の新たなメディアが形成されることも、大いに期待されます。

河合 隆史(かわい・たかし)/早稲田大学理工学術院教授

1998年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。同年、早稲田大学人間科学部助手、2000年、同・国際情報通信研究センター専任講師、2002年、同・大学院国際情報通信研究科助教授(2007年より准教授)。2007年より、同・基幹理工学部表現工学科准教授を併任。2008年より教授。同年度、フィンランド・ヘルシンキ大学心理学科訪問教授。人間工学を専門とし、映像情報メディアの生体影響、特に3DやVR、ユビキタスコンピュータなど先端的なメディア技術の評価や応用、コンテンツの制作等に関する研究に従事。人間科学の視点から、人に優しい次世代ICTの発展・普及に取り組んでいる。主な著書に、『次世代メディアクリエータ入門1 立体映像表現』『先端メディアと人間の科学』ほか。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/