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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

笠原 博徳/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

次世代マルチコアプロセッサの並列化で
日本の技術を世界のトップに

笠原 博徳/早稲田大学理工学術院教授 アドバンストマルチコアプロセッサ研究所所長

ソフトウェアこそ重要という信念

 今から25年ほど前、まだ大学院の学生だった時から、コンピュータのハードウェアとソフトウェアを同時設計する研究に取り組んできました。当時はまだ、コンピュータの開発はハードウェア中心に考えられていて、ソフトウェアは軽視されていた。日本では、ハードさえ作ってしまえば、ソフトは後からどうとでもなるという発想が支配的でした。しかし私は、それはおかしいと思っていました。

 ハード開発後にソフトでできることは限界があり、システムの性能を最大限に引き出すには、ソフトを同時に設計していかなければならない。将来、半導体の高集積化と小型化が進んでいく中で、ハードとソフトが協調して計算性能を追究していく必要がある、そう確信していました。そこで、OSCAR(Optimally Scheduled Advanced Mutiprocessor)という独自の並列コンピュータ・アーキテクチャを考案して、複数のCPUを動かすマルチプロセッサ技術や、ソフトの並列化の研究に着手しました。

 私の研究の基本にあるのは、コンパイラというソフト技術です。コンパイラというのは、コンピュータに与えられた1つの仕事を細かく分けて、どの部分の仕事を同時に進められるか、どの部分が終わったら、次にどの部分を持ってくるかといった、仕事の分業と流れの段取りを自動的に行うものです。

1986年、学生時代指導教授であった成田誠之助先生の支援の下、富士電機、富士ファコム制御との共同研究により、最初のOSCARマルチプロセッサコンピュータを開発。製鉄の圧延プロセス制御のシミュレーションやロボット制御の並列処理の研究開発を行った。当時としては破格に大きな産学連携の最先端技術研究だった

 例えば、1つの仕事を5人で分担作業したとしても、5倍のスピードで仕事を完了するとは限りません。よほどの単純作業ならともかく、複雑な仕事になってくると、どう分業するかで効率も大きく変わってくる。例えば、1番目のステップが終わって2番目のステップに進む時に、作業の遅れている人が1人いて、他の人が全員待たないと次へ行けないというのでは、非効率です。コンピュータの世界も同じで、例えばハードウェアを5台使えたとしたら、この5台をどうすれば最大限に使いこなせるのか、できるだけ効率よく仕事を振り分けるにはどうすればいいのか。そこが並列化コンパイラの役割で、今後のコンピュータではとても重要になってきます。

 コンパイラの研究はこれまでスパコン(スーパーコンピュータ)における科学技術計算など、特定の領域で研究が進んできましたが、ごく最近になって、パソコンや情報家電、携帯電話、カーナビ、ゲームなど、広く人々が日常的な仕事や生活の中で使われる機器でもマルチコアプロセッサが使われるになるにつれ、コンパイラによる自動並列化処理の研究が注目を集めるようになってきています。今でこそ、パーソナルコンピュータや情報家電の世界では、「並列化がキーテクノロジーだ」「ソフトが重要だ」と声高に叫ばれていますが、そんなことには誰も考えもしなかった時代から、ずっとこの研究に地道に取り組んできたのです。

 本学の専任講師になった翌年の1987年には、ミュンヘンで数千人が参加して開催された国際制御連盟の3年に一度の世界総会で、ロボット制御・シミュレーションの並列処理の研究で若手研究者賞を受賞しました。事前の論文審査で採択された正規論文の中から選ばれた30人のファイナリストの1人に選ばれ、最終審査のプレゼンテーションを行いました。研究内容はもちろん、発表や質疑応答の内容や態度までが総合的に審査され1名のみが選ばれる本格的なコンペティションです。その年に若手研究者賞が創設されて、栄えある第1回の賞を受賞することができ、当時論文が採択されるだけでも光栄なあこがれの会議で国際的な評価をいただき、研究者としての大きな自信とモチベーションにつながりました。

圧倒的な性能比を世界に示す

OSCARコンパイラの性能はインテル、IBMなど世界の民間大手を凌駕して、2倍~3倍という世界最高性能を誇る

 2000年代に入って、日本は国家プロジェクトとして並列化コンパイラ、情報家電用のマルチコアプロセッサを開発していこうという機運を高めてきました。私たちも経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)及び内閣府のミレニアムプロジェクトとして、2000年から日立、富士通とサーバ用のアドバンスト並列化コンパイラの研究開発を、2004年からは日立とヘテロジニアスマルチプロセッサの基礎研究を、さらに2005年からは実際に日立、ルネサステクノロジ と共同で4コア集積(RP1)、8コア集積(RP2)のマルチコアプロセッサチップの開発へと、段階を追って進めてきました。

 また2009年度は、ヘテロジニアス・マルチコアプロセッサという、チップ上に異なる種類のプロセッサを搭載する先進的チップの開発を日立、ルネサステクノロジと共に行い、2010年2月8日に半導体のオリンピックと言われる国際会議ISSCCにて論文発表を行いました。また、2005年度からのリアルタイム情報家電用マルチコアのNEDOプロジェクトからは、参加企業6社(日立、富士通、ルネサステクノロジ、東芝、NEC、パナソニック)と、OSCAR並列化コンパイラを各社のマルチコアプロセッサ上で使えるようにするために、ソフトウェア規格OSCAR APIを開発し研究室ホームページ上で公開しています。

 いまや、1チップにトランジスタを1億~10億個ものオーダーで搭載することが可能な時代です。そのハード上に計算装置としての複数のプロセッサを集積するところまでは、誰にでもできる。問題はどのように構成すれば、この高集積チップの性能を最大限に引き出すことができるのかということです。プロセッサとソフトウェア技術で世界一となりましたので、企業と共に市場戦略を構築することができれば、情報家電の世界で付加価値の高いビジネスを展開することができ、日本の産業界にとっては国際競争力の源泉となると考えています。

 課題は、私たちの研究室が有するコンパイラの高い基礎技術を、競争力ある産業技術として企業へ迅速に移転することです。プロジェクトの具体的な達成目標として、(1)価格性能比を海外の競争相手の数倍に高める、(2)情報家電の速いライフサイクルに対応できるよう、ハードとソフトを簡単に設計できるようにする、(3)小型製品に搭載できるよう徹底した省電力化を図る、の3つを掲げました。

 1番目の価格性能比については、インテルやIBMのプロセッサをそれらの会社のコンパイラを用いる場合に比較して、OSCARコンパイラを用いると平均2~3倍も高速に動作させることに成功しています。これはもう圧倒的な数字で、マルチコアコンパイラ技術で日本が世界一であることを、自他ともに認めるデータとなっています。

 2番目の設計の簡易化については、 OSCAR API(Application Programming Interface)という標準規格を定めて、OSCARコンパイラの並列化結果を各社の機械語に自動的に落とせる標準的なソフトウェアを作りました。これにより、従来数ヶ月もの期間が必要であることも珍しくなかったプログラムの並列化がOSCARコンパイラを用いると数分でできるというようにソフトウェアの開発期間を飛躍的に短くできるようになってきました。

 3番目の省電力化についてですが、現在のデスクトップパソコンやサーバでは70ワットから200ワットもの電力を消費してしまいますので、これを携帯電話に搭載したら、耳がやけどしてしまいます(笑)。今までのプロセッサチップは空冷ファンで冷やすことができましたが、最近は水冷機構などが必要になってしまうようになっています。そこで私たちは、3ワット以下という、空冷ファンなどを付けなくても自然に冷却できるレベルのプログラムを開発しようという目標を掲げて、開発を行っています。このソフト・ハード協調技術は他国を抜きんでていて、圧倒的な差別化につながります。

省電力制御の比較実験。例えば、開発チップ上で映像表示を行った時、ソフトで省電力制御をかけた場合はわずか1.5ワット、かけない場合では5.7ワットと、消費電力は大きく違ってくる

独創的なオンリーワン技術の数々

 私たちがプロセッサの処理性能や消費電力で、世界最高レベルの数字を出せているのは、世界でほかに誰もできない独創的な技術を、いくつも有しているからです。

 まず「メモリ最適化」という技術です。プロセッサというのは、計算性能は速くても、データを持っているメモリ部分とのデータのやり取りが遅い。高速のメモリは高価ですし、限られたチップスペースにたくさんは集積できません。そこで、作業中ひんぱんに使うデータをプロセッサの近くの小さな高速メモリ上に置いて、それを繰り返し活用する技術を開発しました。並列性で4倍+メモリの最適化でさらに4倍と、ダブルの高速化を世界で唯一、実現させています。

2011年新設予定のイノベ―ティブ研究拠点「グリーンコンピューティングシステム研究開発センター」(建屋パース)

 さらには、「マルチグレイン並列化」(グレイン=粒)という、これも世界で唯一、私たちだけがコンパイラで実現している技術があります。並列処理のこれまでの標準的なやり方は、同じ処理をたくさん繰り返すループという単位の中で、仕事を並列化させる――これをループ並列性といいますが、このやり方ではもう性能が上がらなくなっている、限界まで開発され尽くしちゃったんですね。現在のパソコンやスパコンもこの方式です。これに対して私たちは、粗粒度タスク並列処理という仕組みで、ループの単位ではなく、もっと大きな仕事の単位で並列化させることで、さらなる高速化を可能にしています。

 そして、先ほどの超消費電力化を実現している、世界で唯一のソフト・ハード協調による電力制御技術。第1に、通常、仕事の割り当てのあるなしにかかわらず、プロセッサは電源オン状態になっているので、待っている間にも電流が漏れて電力消費してしまうのですが、私たちの技術では、きめ細かく自動的に各プロセッサの電源を切ることができます。第2に、プロセッサの処理速度(動作周波数)に付随して電圧を下げれば、消費電力は3乗で下がります。そこで必要以上に高速処理をすることを止めて、時間に余裕のあるプロセッサはゆっくり動かす技術を実現させました。このような緻密な速度制御を行うことで、「高速化」と「消費電力化」という2つの高効率化を、ダブルで可能にしてしまったのです。

研究室を訪れたIEEE Computer Society President、Dr. Susan K. Land (左から2人目)と共に(2009年3月)

 2011年には、経済産業省の支援を受けて、本学の中に「グリーンコンピューティングシステム研究開発センター」というイノベーティブ研究拠点が新設され、次世代の「メニーコア」といわれるマルチコアプロセッサの研究開発に産官学連携で臨んでいく計画が進んでいます。1チップ上に64コア、128コアと、さらに多くのプロセッサが搭載され、かつ太陽電池で動作可能な環境に優しいメニーコアの、ハード、ソフト、そして応用――医用画像処理、温暖化・台風等の環境シミュレーション、自動車・ロボット・航空機・情報家電設計など――の研究へ向けて議論を進めています。

 人間の想像を絶するような高集積化と超小型化が進む中で、「小さくて、静かで、低電力で、そして速い」コンピュータを作りたい――基本はそのシンプルな思いで、開発に取り組んでいます。

笠原 博徳(かさはら・ひろのり)/早稲田大学理工学術院教授 アドバンストマルチコアプロセッサ研究所所長

1985年早稲田大学理工学部博士課程修了。工学博士。米国カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、日本学術振興会第1回特別研究員を経て、1986年早稲田大学理工学部専任講師、1988年同・助教授、1997年同・教授を経て現職。1989~90年米国イリノイ大学Center for Supercomputing R&D客員研究員。2009年IEEE Computer Society 理事。政府・学会委員を多数歴任。2008年LSIオブ・ザ・イヤー準グランプリ、Intel Asia Academic Forum 最優秀研究賞など受賞歴多数。

笠原研究室

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/