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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

高橋 龍三郎/早稲田大学文学学術院教授 先史考古学研究所所長 略歴はこちらから

伝統的な考古学に
新しいアプローチを取り込む

高橋 龍三郎/早稲田大学文学学術院教授 先史考古学研究所所長

「モノ」から「コト」への転換

 もともと学生時代は早稲田の政治経済学部で、理論経済学や国際金融論を一生懸命学んで、エリートサラリーマンになることを目指していたんです(笑)。ところが卒業当時、大変な就職不況で、なかなか就職が決まらない。ちょうどその年に、文学部に考古学専攻の大学院ができたのを知って、考古学サークルに所属していた私は、180度方向転換して、考古学の大学院へ進むことにしました。家族に反対されたのですが、意外にも父だけは「家族に一人くらいそういうのがいてもいいんじゃないか」と言ってくれました。

 考古学というのは、古代の遺跡などの埋蔵文化財を発掘して、それがどの時代に属し、どんな性格のものであるかを探っていく学問です。細かな事実を丹念に積み重ねて、土器型式であるとか、居住形態や埋葬型式の変遷などを、時代と地域に対応させて位置づけていくことが、研究の中心的作業です。土器のほんのちょっとした破片から、それが、いつの時代に属し、どのような用途や機能をもつのかといった情報を詳細に引き出したり、当時のままの状態に復元したりすることが、考古学の真骨頂です。「その時代のことは、その時代のモノに聞け」というのが、考古学の基本姿勢です。

縄文時代の「最後の華」といわれた亀ヶ岡式土器(青森県細野遺跡出土/早稲田大学 會津八一記念博物館 収蔵)

 こうした伝統的な考古学が究極的なレベルにまで発達してきたのが日本で、その意味で日本の考古学は世界最高レベルにあるといえます。私が学生時代のころ、早稲田大学には文学部や教育学部に、考古学の一流の先生が揃っていて、とても恵まれた環境で学ぶことができました。私自身、伝統的な考古学の研究に、20代から40代までの約20年間、どっぷりと浸かって、大学院の時から、亀ヶ岡式土器という、繊細で複雑な文様に加えて漆の仕上げを施された、とても美しい縄文式土器について研究しました。

 1万2~3千年続いた縄文時代には、約1000の土器型式があるといわれています。亀ヶ岡式土器は、縄文時代末期の「最後の華」といわれているものです。その工芸美もさることながら、驚くのは使われ方です。とんでもない手間暇をかけて作られているにもかかわらず、実用に供された兆候がなく、結果的に「ただ捨てられるため」にだけあるものなんです。当時、東北地方全域でこの亀ヶ岡式土器が作られたことが分かっていますが、問題は「なぜ」このような、ただ捨てるためだけの土器が作られたのかということです。

 じつは、伝統的な考古学の方法だけでは、「なぜ」を明らかにすることができません。ここに考古学の限界があります。「なぜ」を知るには、発掘した遺物を見るだけではなく、当時の人々の習俗や社会のあり方などを探っていく必要があります。つまり、「モノ」だけを見るのではなく、背後の「コト」を探っていかなければならないのです。

民族考古学へのアプローチ

高橋龍三郎編著『シリーズ:現代の考古学 6 村落と社会の考古学』(朝倉書店、2001年)

 こうした伝統的な考古学の限界に対して、1970年代頃から欧米を中心に、「プロセス考古学」あるいは「新考古学(ニューアーケオロジー)」といわれる新しい潮流が起こりました。民族考古学(エスノアーケオロジー)や実験考古学といわれる分野を取り込んで、文字通り、民族学や人類学と、考古学とを融合した学際的な学問を興そうという動きです。私も関心を持って、海外の新しい動向を早くからウォッチしてきたのですが、自分の研究活動の中で本格的に民族考古学へのアプローチを始めたのは1990年代に入ってからです。

 30代の最後の5年間、早稲田を離れて、近畿大学で教えていたのですが、そこには日本民俗学をやっておられる著名な先生方がたくさんおられた。その先生方に励まされながら、有明海や伊勢湾の漁村へ毎年のように出かけていって、民俗調査を行いました。古代社会へいきなりアプローチするのではなく、現実に今ある社会に目を向けて、その中に歴史を超えて、現代から近世、中世、古代へと連綿とつながっていく基層的な文化を探るという作業を、このとき初めて手がけました。

 例えば、どんぐりを食べる、焼き畑をするといった古代からの習俗は、現代の日本の中でも、まだ生活の一部として残っています。古代とは大きく違うかたちに変わってきているとしても、異なる部分はどこで、共通する部分はどこなのかを探っていく中に、古代を知るヒントを見出すことが可能です。

 その後、本学に着任してから、北米北西海岸のクィーンシャーロット島の先住民遺跡を訪ねて民族誌調査を行いました。というのも、日本考古学の生みの親といわれた山内清男(やまのうち・すがお)という、日本が世界に誇るべき素晴らしい研究者が、早くから「縄文文化のヒントはアメリカインディアンの中にある」と主張されていたのです。サケ・マスが獲れる東日本と、獲れない西日本があるように、北米でもサクラメントあたりを境に、南北で同じような区分がある。それに堅果類を加えて両地域の比較を行う中にヒントがあると考えられたのです。40代は、山内先生の説を辿る研究から着手し、伝統的な考古学ではない新しいアプローチへと積極的に研究の幅を広げていきました。

 さらにサバティカル(研究休暇)の制度を使って、1999~2000年にかけての1年間、英国のケンブリッジ大学に滞在する中で、ケンブリッジの学者たちがどのような研究を行っているのかを見聞きしました。やはり感心したのは、彼らの社会研究の蓄積の深さです。先史社会を復元するにあたって、民族誌研究の文献を非常に重要な参考資料として見ているのです。

 縄文社会は、首長制社会にもまだ至っていない「部族社会」だったとよくいわれます。ではいったい「部族」とは何なのか。そこに従来の日本の考古学は踏み込めていません。ケンブリッジの考古学者たちは、民族学や人類学がアプローチしてきたたくさんの事例を、すでに自分たちの基礎知識として蓄積している。私も向こうにいる間に、彼らが参照している基礎文献を一から読みこんでいきました。この時の研究をベースに、日本に戻ってから『村落と社会の考古学』(朝倉書店)という本を編集しました。海外の文献をたくさん引用して、日本の考古学に新しい方法を持ち込むことを目指したものです。

海外調査から縄文のヒントを探る

 考古学者の間では、縄文の部族社会は階層性のない平等な社会だったと考えられてきました。しかしまったくリーダーのいない社会から、いきなり首長制社会へ移行するということは、現実にはありえません。「社会は進化する」という考え方に立てば、縄文の部族社会の中にも、首長制へ至るまでに細かく段階を踏んだプロセスがあるはずです。その過程をカナダのB.ヘイデン教授は「トランスエガリタリアン社会(transegalitarian society)」と呼んでいます。日本語では「階層化過程にある社会」というような意味です。

 そうしたプロセスを研究するために、民族考古学の手法を取り入れながら、パプアニューギニアでの調査も行っています。縄文の部族社会にも、ある種のリーダーがいたのではないかという仮説を立てて、実際にそういう事例――儀礼的交換関係を築いて蓄財する能力を持った「ビッグマン」と、狩猟技術や儀礼の知識などで、一芸に秀でた「グレートマン」という、異なるタイプのリーダーの存在が報告されているパプアニューギニアの事例について研究を行っています。

パプアニューギニア現地調査風景

 面白いのが「ビッグマン」の存在です。親族のみんなから財を集めて、それを気前よく外の人に贈与し、自らのステータスを高めようとする、野心的なリーダーです。ビッグマンは複数いて、互いに競合しています。太っ腹の贈与で名声を博すことによって頭角を現し、個人を慕って集まる支持者を背景に地域的リーダーとしての地位を築きます。しかし、分配に失敗すれば一般の支持を失う短命のリーダーです。このビッグマンこそが、社会進化の上で大きな役割を担っているといわれます。

 そうしてみると、亀ヶ岡式土器がなぜ「捨てるためだけ」に作られたのか――位階の表現と関係してリーダーの物惜しみしない態度と相通ずるものがあるのではないか。北米のインディアンの習俗にも「ポトラッチ」といわれる祭事の儀礼的浪費行為があります。客人の前でこれみよがしに財を壊したり捨てたりする儀式的行為です。ポトラッチもまた、競い合って行われました。こうした例を見ていく中に、亀ヶ岡式土器の意味を探るヒントがあります。縄文時代の部族社会のあり方、リーダーのあり方、儀礼や祭祀のあり方などを推定していく中から、初めて縄文土器の「なぜ」が解けてくるのだと考えています。

考古調査士養成プログラムを開設

 本学では2007年度から、文部科学省の委託事業「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」の採択を受けて、「考古調査士養成プログラム」を開設しました。埋蔵文化財調査に携わる現場の実務家の方々を対象に、社会人課程では、2級考古調査士の資格を取れるキャリアアップコース、1級考古調査士の資格が取れるリカレントコース、上級考古調査士の資格が取れるマネジメントコースの、3コースを設置しています。

 プログラムを開設した背景には、現場の専門家を養成して資格を授与することで社会的な透明性を確保する必要があるからです。考古学を専攻した教え子たちが、都道府県や市町村の教育委員会などに就職して、行政発掘を主導しています。しかし、行政の現場では、彼らは単なる「技術者」とみなされがちで、一段低く見られるような状況があります。専門家としての地位を確固としたものにするためには、考古学の専門知識に加えて、行政的知識などを学び、その能力を資格によって裏付ける必要があります。

 2009年度で事業期間は終了です。今後もこの事業を続けていくために、複数の大学との連携プログラムへ拡張していく計画を進めています。本学がリーダーシップを取って、こうした活動を推進していくのも、専門人材育成を通じて専門家の地位を向上させ、埋蔵文化財の価値を国民のものとして継承していくための自助努力だと考えています。

高橋 龍三郎(たかはし・りゅうざぶろう)/早稲田大学文学学術院教授 先史考古学研究所所長

1953年長野県大町市生まれ。早稲田大学文学研究科博士後期課程満期退学。1983年早稲田大学文学部助手、1990年近畿大学文芸学部専任講師、 1994年同・助教授、1995年早稲田大学文学部助教授、1999年同・教授。現在、早稲田大学文学学術院教授、同・先史考古学研究所所長。専門は先史考古学。主な研究テーマは、亀ヶ岡式土器、縄文社会階層化過程、ナイル川流域の旧石器文化、アフリカ牧畜社会の生成と発達など。著書に、『縄文文化研究の最前線』(単著)、『村落と社会の考古学』(編著)、『現代社会の考古学』、『縄紋時代の社会考古学』、『東アジアの歴史・民族・考古 (アジア研究機構叢書 人文学篇)』(以上、共編著)ほか。

高橋研究室

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/