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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

片岡 淳/早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

宇宙から人体まで
――高エネルギー物理で極限の世界に挑む

片岡 淳/早稲田大学理工学術院准教授

科学界が注目するフェルミ宇宙望遠鏡

 X線・ガンマ線は光と同じ電磁波ですが、遥かに高いエネルギーを持ち、人間の目で直接見ることはできません。高エネルギー天文学とは、そのような高エネルギーの光が、宇宙のどこで・どのように生まれたのか、その起源を探る宇宙物理学(Astrophysics)の一分野です。その中でも、可視光の1億倍といった高いエネルギーを持つガンマ線を用いて宇宙を「診る」、それが私の専門とする、“ガンマ線天文学”といわれる分野です。

図1 フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡
フェルミ望遠鏡のプロジェクトは、米国スタンフォード大学の線型加速器センター(SLAC)が主導、米国、日本、イタリア、フランス、スウェーデンの5カ国から研究チームが参加している。装置開発からデータ解析、運用に至るまで日本チームの貢献は極めて高い。打ち上げ前からLAT検出器開発に貢献したフルメンバー(正規メンバー)として、広島大、東工大、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、そして私学からは唯一、早稲田大学の片岡准教授のチームが参加している。

 ここ数年、高エネルギー天文学がホットな科学分野として注目を集めているのですが、そのきっかけを作ったのが、2008年6月に打ち上げられたフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(通称:フェルミ衛星)です(図1)。フェルミ衛星は、従来のコンプトンガンマ線観測衛星に比べざっと100倍優れた感度を持ち、打ち上げからわずか1年で1,500以上もの天体からガンマ線放射を発見しました。これらは我々の銀河系の中にある超新星残骸(星が最期の爆発をした名残り)、パルサー(中性子星)といった超高密度天体、星間ガスと高エネルギー宇宙線との相互作用による広がった放射、さらには銀河系の外にある巨大ブラックホールやガンマ線バーストなど、さまざまな天体が放射に寄与していることが分かってきました。

図2 フェルミ望遠鏡によって発見された新種のガンマ線銀河
従来の数十倍も広い視野を持つ全天探査型の望遠鏡によって、様々なガンマ線天体が発見されている。片岡准教授が主導するグループは、米国NASAをはじめとする国際共同研究により、新種の「ガンマ線銀河」を2つ発見。これらは1990年代の衛星でも観測可能な明るさを持っているにもかかわらず、今回初めて発見されたことから、この10年間のスパンで、ガンマ線が生成・消滅する現象が起きている可能性を示唆している。(2009年5月30日記者発表)

 今後も観測を続けることで、数千以上もの新たな天体が続々と発見されると期待されます。フェルミ衛星の打ち上げ前に知られていたガンマ線天体の数はわずかに 200程度ですから、世界中がその成果に熱狂するのも無理はありません。フェルミ衛星は個々の天体の観測だけでなく、ダークマター(暗黒物質)の存在量に制限を与え、光の速度が不変であることの観測的検証など、きわめて基礎的な物理学にも大きな影響を与えています。米国「サイエンス」誌は、2009年の最も期待される科学研究(“Breakthrough of the Year”)の第2位に、このフェルミ望遠鏡による宇宙物理学の進展を上げているほどです。

 ガンマ線を宇宙空間で捉えるのは、千粒の砂の中から一粒を拾い上げることよりも難しい作業です。そもそも天体から放射されるガンマ線がきわめて少ない上に、たくさんのノイズを除けて精確にガンマ線を検出する繊細な技術が求められます。フェルミ衛星には、大面積望遠鏡 (LAT) とガンマ線バーストモニター (GBM)という、2種類のガンマ線検出器が搭載されていますが、このうちのLAT検出器の開発は、日本の広島大学が主導して我々日本チームが共同開発し、装置は浜松ホトニクスが製造したものです。つまり、フェルミ望遠鏡の高度な観測性能は、日本の優れた技術によって成り立っているといっても過言ではなく、フェルミ衛星がもたらす成果は、日本が世界に誇ってよいものなのです。

巨大なガンマ線粒子雲を発見

 ガンマ線のようなきわめて高いエネルギーの光は、それ以上のエネルギーを持つ粒子からのみ生成されます。とくに、宇宙空間には、宇宙線と呼ばれる高いエネルギーを持つ粒子がたくさん存在することが知られています。宇宙線が発見されたのは1910年代のことですが、これらの粒子が宇宙のどこで・どのように生成されるのかは、未だ決着がついていません。宇宙線の起源を特定することが、今後もっとも大きな課題のひとつと言えるでしょう。これまで、数ミリ秒から数秒といった「超」高速な周期で自転するパルサーや、超新星爆発で生ずる強い衝撃波など、加速現場の候補は幾つかあげられてきました。しかし、その一方で、これらの天体はサイズが小さく、たとえば中性子星の大きさは10キロほどしかありません。このような「小さな」天体では、比較的エネルギーの低い宇宙線を加速することはできても、「最高エネルギー宇宙線」と呼ばれるような、極めて高いエネルギーの粒子を作ることは不可能です。もっと大きな、効率のよい加速器が宇宙には潜んでいるに違いありません。

図3 ガンマ線を放射する巨大な粒子雲を発見
広島大学の深沢泰司教授らとの共同研究で、片岡准教授はフェルミ望遠鏡の測定データから、ケンタウルス座Aの銀河近傍に、これまで知られてきたガンマ線天体をはるかに凌ぐ、巨大なガンマ線天体(粒子雲)を発見した。(2010年4月1日記者発表)

 2009年に新種のガンマ線銀河を発見(前掲図2参照)したのに続いて、2010年には、広島大学との共同研究により、約1200万光年の距離にある銀河(ケンタウルス座A)に付随する巨大な粒子雲から、強いガンマ線放射を検出しました。この雲は、光の速度で旅しても、隅から隅に行くのに200万年かかるほど巨大で、その大きさは銀河そのものの50倍にも及びます(図3)。ケンタウルス座Aは太陽の約1億倍もの質量を持つ巨大なブラックホール(活動銀河核)で、ここから粒子ビーム(ジェットと呼ばれる)が生ずることは、これまでも知られていました。粒子雲は、ジェットで運ばれた高エネルギー粒子の“吹き溜まり”と考えられますが、粒子は広がると同時に“冷える”(エネルギーを失う)ため、ガンマ線を出せるとは誰も予想していませんでした。今回、雲全体に広がったガンマ線が発見されたことで、雲の中でも粒子が着々と加速され続けていることが分かります。最高エネルギー宇宙線が作られるのは、このような巨大な雲の中かもしれません。

 このほかにも、年老いたパルサーが「リサイクル」して新たに息を吹き返し、強いガンマ線放射をすること、またスターバースト銀河と呼ばれる、星生成が盛んな銀河からもガンマ線が作られることなど、フェルミ衛星は様々な発見をもたらしました。60編以上の論文が既に出版され、この中にはNature誌に掲載されたものが2編、サイエンス誌8編が含まれます。フェルミチームは大学院生やポスドクを含めると500人ほどの大所帯ですが、その中にあって早稲田大学を含む日本チームが、多くの主要論文をリードしていることは、特筆に価することだと思います。

世界中の研究者との連携が楽しい

 私がそもそも宇宙物理学、高エネルギー天文学を目指したのは、やはり小さい頃から天体観測が好きだったからです。小学生の時には、真冬のベランダで長時間、天体望遠鏡をのぞいていたために、腎炎になって1カ月も入院してしまったほどです(笑)。

 大学の卒業研究の時に、半年ほど素粒子実験の研究室に配属されたのですが、その実験の厳密さとスマートさに大変な感銘を受けました。天文もやりたいけれど物理学の厳密さも大事にしたいと思い、高エネルギー宇宙物理学を志しました。私だけかもしれませんが、素粒子物理学というと自分には「堅すぎる」イメージがあり、一方で、天文学は夢を追いかける少女のような、「軟派な」学問といった感じがしていました(笑)。天文学に素粒子物理の匂いを取り込んだものが「高エネルギー宇宙物理」ですが、私の学生時代はガンマ線宇宙物理という研究分野がそもそも日本で十分に確立されておらず、最初はX線天文学から入って、そこから徐々に、よりエネルギーの高いガンマ線宇宙物理の研究へと興味を移行してきました。

 一般に、ガンマ線を出すような天体では、電波も可視光も、赤外線もX線も、あらゆる光を同時に放射しています。つまり、ガンマ線だけで見ていても「木を見て森を見ず」の喩えどおり、独りよがりでワンマンな研究に陥ってしまうことが危惧されます。逆に、あらゆる波長・分野の研究者が連携して協力しあえば、何よりも強い研究グループが構築できるわけです。国内だけでなく、海外の研究者とも積極的に連携チームを組み、一緒に議論したり論文を書いたりするのが、この分野の楽しいところといえます。これは実感ですが、低エネルギー物理の研究者は、気質もおだやかでのんびりしているけれど、高エネルギー物理の研究者になればなるほど、気質も荒っぽくなる傾向がある気がしています。人間のエネルギーも波長に反比例するのでしょうか(笑)。

 また、理論屋と観測屋の間の壁が低くて、連携が盛んなところも、高エネルギー宇宙物理学の良いところだと思います。強いて分けるなら、私は観測屋ですが、観測データにうまく合致する理論やモデル計算が見つからなければ、自分で既存の理論モデルを書き換えてみたり、新しい計算コードを開発したりもします。このような作業は博士論文の時からやっていましたし、理論系の研究者とも同じ目線で共同研究を行うことができます。研究会などでも理論の先生を呼んだり、呼ばれたり、お互い助け合って研究を進めています。

 観測屋というのは、一方で基礎研究をやっているかと思えば、もう一方では、実験機器・観測機器も開発しなければならないので、ほんとうに忙しいです。でも、こんなに大変なのは日本の研究者だけではないでしょうか。欧米の研究機関では、理論屋・観測屋はあくまで科学者(サイエンティスト)であり、自分で半田付けをしたり、回路を開発したりはしないようです。装置を開発するのは専門に雇われたエンジニアで、サイエンティストは出来上がった図面や仕様に文句を付けるだけ、といったスタンスがほとんどです。私は自分で検出器を作り、回路を設計するのが大好きなので、実験室で一日過ごしても全く苦にならないですが、それでも基礎研究だけに没頭できる海外の研究者はうらやましいと思うこともあります。日本人の論文数が欧米より少ないのは、英語云々以前に、研究を進めるうえでの環境の違いが、大きく作用しているような気もします。しかし、私個人の意見としては、「開発の現場にいない指揮官は去れ」と思っており、そういう意味では根っからの“純日本風な”研究者なのかもしれません。

極限の検出技術を医療で実用化

図4 早稲田大学の開発による次世代PET向け高感度APDアレイ
従来のPET(陽電子放射断層撮影)では、5ミリ程度の解像度だったのが、片岡准教授らの技術では0.9ミリという理論的な限界に近い精度に上げることが可能となった。APD(光素子)を量産することでコストも大幅に下げられ、10cmを切る大きさの小型ユニット化を可能にする。

 私の場合これに加えて、宇宙物理で培ったガンマ線検出装置の開発技術を、医療用のガン検出診断装置に応用する開発研究も手がけているので、さらに大変です。平成18年度より、科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援のもと、浜松ホトニクスや宇宙航空開発研究機構(JAXA)と協力して、アバランシェ・フォトダイオード(APD)を初めとする要素技術の実用化に成功しています(図4)。この技術を次世代PET装置に搭載することで、ガンの早期発見に画期的な貢献をもたらすとともに、日本の技術でグローバルスタンダードを取ることを目指しています。現状のPET装置は解像度が悪く、5~10 mm程度の大きさのガンしか識別できませんが、私の開発したAPDーPET装置では、究極と言われるサブミリ解像度を達成しました。

 もっかのところ、私の研究の配分比率は、フェルミ望遠鏡による基礎研究が30%、医療用光検出機器の開発研究が30%、そして2014年に打ち上げ予定の日本のX線観測衛星、ASTRO-Hに搭載する観測機器の開発が40%といったところでしょうか。観測機器の開発は単純に実験に時間が取られるので、配分が大きくなってしまいます。しかし、すべてを100%にして、300%を目指すのが将来的な理想といえます。様々な分野の研究を過不足なく進めるには、とくに頭の切り替えを早くすることが重要です。いくら時間のかかる実験でも、必ず測定の「待ち時間」は生じます。空いた時間にお茶だけ飲んで過ごすか、少しでも裏番組としてデータ解析を進めておくかで、得られるものは全然違ってくると思います。

 研究室の学生たちも、私と同じように、応用物理の研究室でありながら、理学も工学も同時並行しながら、いろいろなことを手がけており、なかには医療分野の研究がしたいと千葉の放射線医学研究所へ勉強に行っている学生もいますし、JAXAに出張する学生もいます。教育者のモットーとしては、なるべく現場にいて、学部の学生の実験にも立ち会うようにしています。自分も学生時代、そういう先生が素敵だなと思ったので、私自身もそうありたいと考えています。

片岡 淳(かたおか・じゅん)/早稲田大学理工学術院准教授

1972年生まれ。1995年東京大学理学部物理学科卒、97年同大学院理工学研究科修士課程修了、2000年同大学院理工学研究科博士課程修了。理学博士。東京工業大学大学院理工学研究科助手、同助教を経て、2009年から現職。専門はガンマ線宇宙物理学、放射線応用物理学。フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡の米日欧共同研究プロジェクトにフルメンバーとして参加、重要論文を発表して世界から注目を集めている。2001年度宇宙線物理学奨励賞、2004年度日本天文学会研究奨励賞受賞。

片岡研究室

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/