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▼知の共創―研究者プロファイル―

若田部 昌澄/早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

現実の経済を見据え
過去と現在をつなぐ経済学史へ

若田部 昌澄/早稲田大学政治経済学術院教授

3つの経済危機に学ぶ教訓

 2009年に出版した著書、『危機の経済政策―なぜ起きたのか、何を学ぶのか』で、2010年の第31回石橋湛山賞を受賞しました。経済ジャーナリストであり政治家でもあった石橋湛山は私の最も尊敬する人物の一人です。彼にちなんだこの賞は、「政治経済・国際関係・社会・文化などの領域で、その年度に発表された論文・著書の中から、 石橋湛山の自由主義・民主主義・国際平和主義の思想の継承・発展に、最も貢献したと考えられる著作に贈られる」とされるものです。

 経済学部の学生だった頃から、一貫して「経済学史」を専門としてきました。なかでもここ5~6年は、過去の経済学史を研究するだけではなく、過去から現在に学びうる教訓は何かという視点から研究したいという思いが強くなっていました。『危機の経済政策』は、過去と現在を結ぶという、これまでとは違った新しいアプローチで執筆した本なので、受賞はことさらうれしいです。

石橋湛山賞受賞作『危機の経済政策―なぜ起きたのか、何を学ぶのか』(2009年8月、日本評論社)

 『危機の経済政策』は、過去から現在にまでわたる4つの経済危機――(1) 1930年代以降の大恐慌、(2)1970年代の大インフレ、(3)1990年代以降の日本の大停滞、(4)2000年代の金融・経済危機、を取り上げ、まず過去の3つの時代について、経済危機に取り組んだ経済学者、政治家、実業家たちのエピソードで構成しました。4番目の現在進行中のエピソードでは、現在の危機と過去の危機とを比較しながら、過去から学べる教訓などについて考察しています。

 なぜ経済危機にテーマを絞ったかといえば、やはり日本がこの間苦しんでいるデフレ不況があったからです。経済危機それ自体は、歴史の中で何度も起きていて未然に防ぐことはなかなか困難です。けれども危機に対してどのような経済政策を打てるか、どれくらい早く危機を収束させて、できるだけ良い状態へと経済を安定化させることができるかが大事です。

2010年10月1日に行われた、第31回石橋湛山賞授賞式 ©石橋湛山記念財団撮影

 その意味で、過去の経済危機の時代において、どのような対応がなされたのかを振り返り、現在への示唆を得ることはとても大切です。例えば、1930年代の大恐慌の時代と現在とは、経済の総需要が非常に少なくなるという、最も大事な性質で共通しています。もちろん細かい点でいえば、今回は金融危機に端を発しているという点で大恐慌の頃とは経路が違いますし、金融の仕組みそのものも、昔と今とではだいぶ違う。共通している部分と、そうでない部分とを正しく見極めながら、過去に学び、適切な政策を考えるというのは、基本中の基本でしょう。

 日本の現状を見ると、リーマンショック以降、経済の立て直しを図ってきた欧米諸国などと比べても、戻しているにせよあまり良い状態ではないし、デフレ傾向は依然として続いている、それに対する金融政策や財政政策も、どうもちぐはぐだという印象が否めません。また1990年代以降、日本経済の成長率はなぜこんなにも低いのかということも疑問です。先進諸国はだいたい4%程度の名目成長率を達成している。にもかかわらず日本経済は、ほとんど成長していません。これはなぜなのでしょうか。

経済の低迷と経済政策の失敗

 振り返ってみると、日本の経済政策は1990年代だけでも、何度も失敗を重ねています。25年前のプラザ合意の時に、日本政府はアメリカからの要請もあって、政策的に円高にしました。これが失敗の始まりだったように思います。そもそも経済政策のターゲットは、失業率やインフレ率であって、為替はそこから自動的に調整されるべきものです。ところが日本は、為替そのものを経済政策の直接のターゲットにしてしまった。これは経済学の基本を踏み外しています。

 プラザ合意以降、深刻な円高不況が起きていくのに対して金融緩和政策がなされた。その結果、バブル経済につながっていったと言われています。やがてバブル対策として、金融の引き締めが行われるものの、引き締めが厳しすぎて、1990年代の半ばにはデフレへ陥っていく。これに対してあわてて実施された金融緩和と財政拡大、さらに1997年の消費税の引き上げ、1998年以降の金融危機への対策と、どれも政策としては失敗が続いていきます。きわめつけが2000年8月の、日銀の金利引き上げです。デフレの時になぜ金利を引き上げるのか――経済学の常識ではありえない話です。これはもう日本の経済政策、根本的におかしいぞと私も考えるようになりました。

『昭和恐慌の研究』(岩田規久男編、2004年、東洋経済新報社;第47回日経・経済図書文化賞受賞)

 私自身こうした現実の経済問題に研究者として本気で目を向けるようになったのは、2000年代に入ってからからです。経済学者というのは、必ずしも現実の世界で起きていることに関心をもって経済学を研究しているわけではない。むしろ現実から切り離されたところで研究していることが圧倒的に多いのです。経済学者は、現実の経済の問題をどう考え、どう解いていくべきか――こうした問題意識は、意外にも経済学者にとって当たり前になっていないのです。以前は私もそういう経済学者の一人でした。それがいろいろな偶然から、現実感覚に富む優れた経済学者や民間のエコノミストの方々などと、『昭和恐慌の研究』という本を一緒に執筆する機会を得て、彼らと交流し議論をする中で、「経済学って何だ?」ということを、明確に考えるようになりました。

 経済学者として現実に向き合おうと考えるようになったのは、私にとって大きな転換点でした。アダム・スミスやケインズが言った言葉が、以前は遠い昔の金言のように思っていたのが、そうではなくて、その言葉が、いま、この現実社会において、どういう意味を持つのかを考えるようになりました。過去の臨床例の分析をきちんとやっておこう、その中から使えるところは使うべきだという、いわば病気の治療に対する医者のような目線ですね。現実に起きていることに関与しようとする研究には、相当の準備と覚悟が必要です。現実社会にどう問題意識をもって、正しい解釈や解決策を考えるために経済学を使いこなせられるか。自分自身の研究に臨む態度が試されます。

 今回のように、世界的な広がりで一気に経済が落ち込むような危機の時にこそ、国によって対応の違いが出てくるし、結果の違いも出てくる。経済政策の評価がはっきりと目に見えてくるでしょう。日本が今まさにやろうとしている経済政策が、これからの景気回復の試金石になるということです。

ジャーナリストや市民のリテラシーが重要

 研究を通じて、現実の経済に対してすぐさま適用できるような政策が提言できるわけではありません。仮に、かなり実効性の高いプランを提案できたとしても、それが政治的に実行可能かどうかということは、また別問題です。逆にいえば、政治的な実行可能性など抜きにして、あるべき経済政策の処方箋を描けるということが経済学者の強みだし、そうすべきだという考え方もあります。

 政治と経済を併せて研究するという学際的視点は、日本はまだまだ弱い。本学は「政治経済学部」として、両者を一つの学部の中において切り離さずに来ており、それが学際的な取り組みをするうえで強みにはなっていますが、それでもやはり、「政治経済学」と明確に言い切れる分野を確立するのはなかなか難しいのです。例えば、アメリカのジョージ・メイスン大学は、「経済政策の政治学」というべき分野で、先駆的な存在です。半世紀以上かけてこの分野を確立しているだけに、研究者の層が厚く、関心領域も広い。社会に対して積極的に経済学を発信していこうという、経済学の啓発活動に熱心な方々が多いのも、ほかの大学とは違う特徴です。例えば、ラッセル・ロバーツという学者は、経済学を題材にした小説を書いて、作家としても活躍しています。私は2004~2005年に、ジョージ・メイスン大学に研究員として滞在しました。その独特な学際研究の場の雰囲気を体験するということだけでも、大変に良い刺激となりました。

 経済政策においてメディアの果たす役割にも、関心があります。大学院政治学研究科のジャーナリストコースで、「ジャーナリストのための経済学入門」という講義も担当しています。この講義では、ジャーナリストが身につけておくべき基礎的な概念、また経済学における専門知とは何かについて、深い理解を得ることを目指しています。今日、あらゆるジャーナリストが経済学の素養を有していることは必要不可欠と思われるのですが、一般的には記者が経済学を専門に学ぶ機会はありません。仕事の経験を通じて、オン・ザ・ジョブで学んでいくことが中心です。しかしそれはあまりにも危うい。

 現在の円高問題をめぐっても、日本の新聞の解説記事は、明らかに問題が多い。そもそも書かれていることが事実に基づいていないなど、議論が非常に危ういのです。日本の停滞について、経済が向かうべき方向になかなか行かないのは、メディアがそのように方向を定める役割を果たせていないことも大きいと思います。少なくとも経済政策に対して、「ここだけは間違ってはいけない」という点をきちんと押さえて報道していくことは、メディアの責任ではないでしょうか。

 一般市民の経済に対する関心を上げることも重要です。小学生や中学生にも、経済学の基本的なロジックを教えていくことが必要と切に思います。経済のリテラシーというと、どうも投資や利子率の勉強といった話になってしまいがちです。もちろん投資教育もとても大事ですが、それだけではなくて、市民が持つべき最低限のリテラシーとして、経済社会における根本的なおカネの役割を教えていくことの必要を強く感じます。

若田部 昌澄(わかたべ・まさずみ)/早稲田大学政治経済学術院教授

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、同大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院博士課程単位取得退学。早稲田大学助手、専任講師、助教授を経て、2005年から現職。2003-04年、ケンブリッジ大学クレア・ホール・カレッジ特別研究員。2004-05年、ジョージ・メイスン大学ジェイムズ・ブキャナン政治経済学センター特別研究員。2010年、著書『危機の経済政策』で第31回石橋湛山賞受賞。共著『昭和恐慌の研究』で第47回日経・経済図書文化賞受賞。その他著著に『経済学者たちの闘い:エコノミックスの考古学』、『改革の経済学:回復をもたらす経済政策の条件』ほか。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/