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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

森田 信男/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

世界の現場で培った専門知識で
日本の石油工学に貢献する

森田 信男/早稲田大学理工学術院教授

見えない地下の状態を診断する

 石油工学というのは、アメリカでは1つの学科になっているくらい非常に幅広い研究領域です。岩盤工学、数値工学、生産工学、油層工学、さらには石油経済学など、様々な学問分野の複合領域ですが、その中心的なテーマは、地下数千メートルで起きている問題を把握し、診断する技術です。深い地下の状態を実際に目で見るわけにはいかないので、地表で坑井からの圧力や流量を測定し、それらの情報から経験や数値モデルの解析を通して、地下の状況を判断します。

 石油や天然ガスを掘削し、流体やガスを生産・圧入することで、富士山も動かせるくらいの巨大な力で地盤が動きます。周辺環境はもちろん、油田やガスのパイプラインなどにも大きな影響を与えますから、綿密な計算によって変動を予測する必要があります。関東平野の地下にも多くのメタンガスが水に溶けて眠っていて、水を汲み出してガスを採掘すれば東京都のガス消費はかなり賄えるのですが、現実には地盤沈下を起こして、江東区などの低い土地では海水で浸かる被害が出てしまうため、汲み上げ量をコントロールして小規模な温泉だけに使用しています。

地下での圧力変化に対応する地上での地盤沈下

 ヴェネツィアでは年々浸水がひどくなって、いつか海に沈むと言われています。もともとの原因はイタリアの石油会社が周辺の天然ガスを大量に採掘したことと、昔から井戸をたくさん掘って水を汲み上げてきたことが原因で地盤沈下を起こしていたのです。現在、ガス採掘はすべてストップして、地盤を元に戻すために圧入をしたりして多少は戻ったのですが、しかしやはり温暖化の影響もあって将来的には沈むだろうと言われています。

 私は大学の学部時代から、石油工学を専門としてきました。鉱山工学部だったので、石油か石炭かという選択肢がありましたが、ヨット部にいて海に出ていく仕事がしたいと思っていたので、陸よりも海が対象になることの多い石油を選びました。卒業後、アメリカの州立テキサス大学という、石油工学では世界でもトップクラスの大学に留学しました。奨学金をもらって、4年半で修士と博士の学位を取り、その後、ポスドク研究員からフルタイムのエンジニアというポジションに付いて、トータルで9年いました。大学では教員に代わって学部で講義もしましたが、満足のいく講義をするにはネイティブ並みの英語力が必要だと感じたこともあって、その後、大学を辞めてコノコ・デュポンという、世界第7位くらいの石油会社に就職しました。

石油や天然ガスはそのほとんどが沖合や沿岸地域で掘削される

チリ落盤事故、救出劇の勝因

 コノコ・デュポンでは、オクラホマにある研究センターに所属して、年のうち9ヵ月は研究センターでの研究業務、1ヵ月はフィールドでの調査、そして残りの2ヵ月は同業他社で働く自由が与えられていました。これは石油業界の特徴で、企業秘密という考え方があまりないのと、研究者が豊富な経験を積んで技術を磨いていくことが、自社のメリットにもなると考えられているからです。その結果、ノルウェー、イギリス、イタリア、フランスとヨーロッパを中心に、東南アジア、南米などに滞在し、世界の150以上のガス油田のプロジェクトに携わる経験をしました。これだけの数を経験している石油エンジニアは、アメリカでもそうはいません。

地下深く眠る資源を効率よく掘削するために、小型の3軸実験装置、フィールドデータで岩石の破壊、歪みなどを測定して、物理的挙動を把握する

 技術は進歩しても、地下で起きていることを完全に読み解く診断技術は、まだまだ確立されていません。採掘現場によって地盤の条件はまったく違うし、複雑な要因が絡み合っていて、時間とともにさらに複雑に変化します。様々な計算モデルが開発されていますが、精確な判断にはベテランの人間的なノウハウがとても重要になってくる世界です。地下で起きていることが、あたかも目に見えるように分かって、データを的確に読み解ける経験知と技術に、高い価値があります。一発で行くか行かないかで、掘削するときに、何10億、何100億のコストの違いが出てきます。

 最近、チリの鉱山の落盤事故で奇跡の救出劇がありましたが、大統領が先頭に立って専門家を動員して、プランA、B、Cの3つの救出プランが同時に進められました。その前の最初の段階で、ごく小さな掘削機を10数台使って生存者がいるかどうか試し掘りをして、そのうちの3台が生存者がいる場所の天井部に行き着いて、そこに手紙が付いてきたことから生存者がいることが分かりました。

 じつはこのときに3つの穴が開いたことが幸運で、1つは食料供給用に、1つは通信用に使われて、残りの1つを、この穴を掘削したアメリカの掘削機メーカーの社長が陣頭指揮を取って、引き続き救出のために拡幅していった。より大きい掘削機を遠方から運んできて、さらには最も信頼できる技師をアフガニスタンから呼び寄せるなど総力を挙げて取り組みました。これがプランBで、結果的にこの穴がいちばん早く救出可能な幅を確保しました。すでに掘っていた穴を利用したので、穴を拡げる際の土砂はただ下に落としていけばよく、幅14cmから30cm、70cmと非常に早いスピードで拡幅していくことができたのです。

 プランAは、近くの鉱山にあった高さ4m程度の中型の掘削機を持ってきて、14cmの穴を次第に拡げて60cm以上にするプランで、クリスマスくらいまでかかる予定でした。プランCは、石油用の本式な大型掘削機を持ってきて、最初から70cm幅の穴を着実に掘り進めていきました。これもかなり早いスピードで進んでいて、あと3週間もすれば行けそうな感じでした。プランBがうまくいったのは、何よりもメーカーの社長さんが使命感に燃えて陣頭指揮を執ったこと、これが最大の勝因でしたね。

50歳でアメリカから再び日本へ

 コノコ・デュポン社では上司にも恵まれて、大学での長い下積み生活で培ったアカデミックな知識と能力を高く評価してもらうことができました。アメリカのメジャーオイル企業でも、その頃は数値モデリングの主流である有限差分法、有限要素法,境界要素法を自由に扱える人材がいなかったことが幸いして、トントン拍子に出世し、リサーチフェローという高いポジションにまで昇進しました。その上にはもう、ノーベル賞級の人が付くようなシニアリサーチフェローしかなかったので、とても満足していました。

 50歳になると円満退職の選択肢があり、退職後も内部の社員と同等に扱われるので、ここで辞めて第2の人生を目指す人が1割ほどいます。私もその制度にのっとり、50歳で退職して早稲田大学の資源工学科に転職しました。アメリカで十分自分のやりたいことをやってきたので、今度は日本の石油産業の技術を少しでも高めようということを、第2の人生の目標にしました。

地下深くに設置された鋼管は、岩盤とともに変形しながら移動し、生産中の油・ガスを含む岩石が破壊し、砂が流れ込んで地上設備を破壊することもある。森田教授の研究室では、出砂モデル、坑井安定解析モデル、ケーシング安定解析モデル、地盤沈下モデルなどを開発、世界の石油会社で使われている

 日本ではここ数年、地球温暖化や日本の資源不足が、自動車、電子、機械などの基幹産業をゆるがす傾向にあり、環境・エネルギー問題が政府の重点プロジェクトとしてクローズアップされています。日本の石油企業は国内で消費する原油の15%程度を世界から持ってきていますが、それでも技術力が世界に及ばないこともあって、メジャーオイル企業があまり興味をしめさない小油田、小ガス田の鉱区しか獲得できていないのが実情です。10年で石油の価格が8.5倍にも跳ね上がっているなかで、日本としてはエネルギーを効率よく生産し、かつ環境への負荷を減らす高度な技術力を磨いて、世界と伍していく必要があります。

 石油はあと40年で枯渇するなどと言われたりもしますが、以前はカウントされていなかった重たい油、緻密な岩石の中にある石油、石炭のように固まっている石油なども含めれば、200年以上は採掘可能です。石炭に至っては250年分以上もの埋蔵量がありますから、エネルギー資源はあと500年は枯渇しません。とはいえ、これらの資源は有限です。核融合から大きなエネルギーが取り出せるようになるまで250年程度と考えられますが、それまでの間、生活の豊かさを落とさないように効率よくエネルギー資源を開発していくのが、我々、資源工学の専門家の役目です。

二酸化炭素地中貯留シミュレーション

 炭化水素を燃やして出るCOを、地下深くに圧入することでまったく温暖化を加速させない技術も実用化されています。私の研究室でも、CO地下圧入のモデリングに力を入れています。どのような地層にCOを圧入すれば、岩盤が不安定になり断層が発生してCOが地上に漏れてしまうのかなどを分析し、避けるべき条件、適切な条件を判定する数値モデルを作成しています。

学部生でも週40時間の勉強を

森田研究室では夏期研修を兼ねて毎年、石油工学学会(SPE)が主催する国際会議(ATCE)に参加。写真は2010年の国際会議(イタリア、フィレンツェ)での学生の論文発表風景

 研究室では、学部生には最低でも週40時間、修士課程は50時間、博士課程は60時間、勉強するよう求めています。やる気のある学生、優秀な学生は、アメリカへの留学を勧めています。アメリカでは世界中から学生が石油工学を学びに来ていましたから、ものすごく意欲的で80~90時間くらいは当たり前に勉強していましたけれども、そこまでの努力を今の日本の学生に求めるのは難しいようです。

 日本でも石油工学の学生の就職は引く手あまたです。大学院進学希望の学生は毎年たくさんいるのですが、必ず就職活動もするように指導して、もしも良い企業から声がかかったら、大学院へ行く前にいったん社会へ出てみることを勧めています。企業のセンスを身に付けてから大学院へ進学することにはメリットが多いと思います。

 日本の学生に教えるのは初めてですが、両親が学校の先生だったこともあって、教員の仕事はとても身近に感じます。勉強ばかりではなくて、若い学生とわいわいとスキーに行ったり、登山に行ったりする生活を楽しんでいます。

森田 信男(もりた・のぶお)/早稲田大学理工学術院教授

1974年州立テキサス大学院博士課程修了(Ph.D.)。州立テキサス大学上級研究員を経て、1982年よりコノコ・デュポンの研究員。その間スタットオイル、ノルスクハイドロ、エニ、国営ベネズエラ石油(PDVSA)等の石油会社のテクニカルアドバイザーを務める。1989年米国岩盤工学協会賞(U.S.National Committee Rock Mechanics Award) 受賞。1995年より早稲田大学理工学部環境資源工学科教授。経済産業省、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)、独立行政法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)の委員会の議長・委員を多く務めるほか、多くのメジャーオイル企業のアドバイザーを務める。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/