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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

大塚 直/早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

環境法という新しい領域を
日本の社会に位置づける

大塚 直/早稲田大学法学学術院教授

環境法は総合的な専門領域

 環境法というのは、1970年代以降に確立してきた新しい法律分野です。1992年のリオ・デ・ジャネイロの地球環境サミットを契機として、日本では1993年に環境基本法を皮切りに、環境関連の様々な法律が怒涛のように制定されてきました。この10年余り、私もその中の多くの立法について、環境法の研究者としてお手伝いをしてきました。

 環境法の前史として、日本では1960年代、70年代に、大気汚染や水質汚濁を背景として公害法が確立してきた歴史があります。私も最初は公害・生活妨害の差し止め訴訟の研究から入りました。その後、1980年代後半にアメリカのカリフォルニア大学バークレイ校ロースクールに客員研究員として滞在していたさなかに、アラスカ沖でのエクソン=バルディーズ号の座礁による原油流出事故が起きます。原油流出で自然の生態系や生物に大きな被害が出たことがセンセーショナルに報道されました。

 当時のアメリカにいて、環境保全や「持続可能な社会」に向けた時代のうねりを肌で感じるとともに、環境法に経済学的な手法を取り入れることへの関心が芽生えました。1990年に、欧米での酸性雨による森林被害を背景に、アメリカで大気浄化法の改正があり、このとき初めて排出枠取引の手法が取り入れられました。この事例を通じて先進的な手法を学んだことが、日本に戻って環境法の分野に本格的に入っていく大きな動機となりました。従来の環境関連の法律は、一定の規制を設けて、その規制を破ったら罰則を科するという方法で対処してきました。これに対して、環境負荷に応じて企業や市民に税をかけるとか、あるいはCOの排出枠を企業間や国家間で取引できるようにするといった、経済的なインセンティブ(誘導)を与えることで環境対策を促進させる手法が、環境法にはあらかじめ盛り込まれていくようになります。

 環境法は、総合的な専門知識が必要とされる分野です。公法、私法、どちらの分野にも大きく関係していますし、経済学的な手法も知っていなければなりません。環境問題についての科学的な知識が必要となる局面もあります。ところが日本の法学は、まだまだ専門領域ごとの縦割り志向が強く、専門外の議論が受け入れられにくい雰囲気があります。そのため私の中では、民法を語っているときの自分と、環境法を語っているときの自分と、別々の人格を使い分けているようなところがあります(笑)。

現実社会を見据えての立法化

 日本の環境法は、ドイツの環境行政法を一応のベースとしながら、細かいところは日本独自の実情や政策に合わせて形成されてきました。新しい分野だけに、現実社会の実態にもとづくボトムアップの立法化が重要になります。日本に戻ってから、土壌汚染対策法、循環型社会形成推進基本法、家電リサイクル法、建設リサイクル法、外来種法などの立法化にかかわってきましたが、いずれも社会の実態に即して立法化を図るとともに、改正を重ねてきています。

 例えば、2002年に制定された土壌汚染対策法の下では、不動産業界などからの強い要請のため、土壌汚染の所有者・原因者に対して、掘削による汚染の完全除去などの厳しい対策を強いる場合が多くなっていました。しかし、これでは対策に不相当な経費がかかり、また環境保全のためにも必ずしも適当でないことが分かってきました。

 そこで2009年に、必ずしも掘削してまでの完全除去は求めないことをより明確にする法改正を行いました(図1参照)。環境保護の視点からみれば、100%の除去が望ましいという主張は当然ながらあるでしょうが、社会的な事情も見据えて、社会の現実に即した法のあり方を追求していくことが必要です。

図1 土壌汚染対策法2009年改正の特色

 1995年に制定された容器包装リサイクル法は、循環型社会にかかわる法律としては画期的なものです。当時、容器包装廃棄物が爆発的に増えていて、処理に困った市町村が悲鳴を上げていた。容器包装を含めた一般廃棄物のリサイクル率も8%程度と低い水準でした。そこで廃棄量を抑制するとともに、リサイクル率を上げることを目指して、紙やプラスチックの容器包装、ペットボトル、びん、レジ袋などを回収してリサイクルする仕組みについての法律が定められました。

 この法律においては、拡大生産者責任という観点から、再商品化は製造事業者が責任を担う一方で、回収については自治体が行うこととしました。その結果、リサイクル率は飛躍的に向上したものの、自治体にとっては回収のコスト負担が大きくのしかかっていました。政府試算では年間3千億円にものぼるこのコストは、製造事業者が負担する再商品化コストに比べても非常に大きいため、自治体では不満の声がつのっていました。政府の審議会でも、産業界と自治体の意見の対立が続き、決定的な打開策が見出せないまま、妥協策として、産業界が自治体側に数十億円程度の費用負担を拠出する案が、2006年の法改正に盛り込まれました(図2参照)。

図2 容器包装リサイクル法2006年改正

 私も研究者として、現実社会に環境法を位置づけていく議論に参加しなければなりません。具体的にどんな行動がとられるかを想定し、どんな違反に対してどんな処罰が必要なのか、誰がどのような命令を出すのか、あるいはまた目標を達成するために経済学的なインセンティブをどのように盛り込むかなどまで考え、議論し、提案します。ときには研究を目的に、みずから実態調査を行うこともあります。

 ときどき経済学の費用便益分析の手法を使えば、目標は一義的に定まると考えている専門家の方がいらっしゃいますが、ことはそんなに単純ではありません。費用便益分析を具体的に行う際に、CVMといって、例えば、海浜の保全について、利用者に「海浜が保護されるためにいくらぐらいならコスト負担できますか」といったアンケートを取り、そこから最適な政策を分析していくような手法を用いますが、このような分析だけでは、利用者の傾向を知ることはできても、政策そのものを立案することはできません。環境問題には、もっと複雑な利害関係が絡んでおり、その渦中に入っていくことなしに、政策形成や立法化は図れないのです。

司法への市民の参加権を問う

 日本の環境法は、基本的な枠組みはだいぶ整ってきましたが、まだ見直しの必要なところがたくさん残っています。例えば、環境基本法では、我が国の環境法の重要な理念として、持続可能な発展、未然防止原則等がうたわれていますが、これらの基本理念についても必ずしも十分に議論が尽くされているとはいえません。

 環境負荷への社会的責任のあり方にしても、「未然防止原則」=環境負荷との因果関係が認められるものを防止するという原則から、「予防原則」=より不確実な場合にも防止するという原則へと、踏み込んだ考え方を導入していくことが求められています。例えば、遺伝子組み換え食品、ナノテクノロジー、電磁波など、新しい技術には不透明なことが多く、その予防についてまでも義務となると、予算も莫大にかかってくるため、関係者の抵抗も大きいものがあります。

 環境影響評価法においては、実施計画が出来上がるよりも前の、より上位の意思決定の段階から評価を行っていく「戦略的環境アセスメント」という考え方の導入についても、議論と検討を図っていかなければなりません。またリサイクル分野では、2000年の循環型社会形成推進法の制定に伴って、それ以前にできた法律の見直しが必要です。生物多様性についても、COP10で作られた議定書の批准に伴って法改正が必要とされていくでしょう。

2004年の著書『地球温暖化をめぐる法政策』(昭和堂)

 環境権の問題も重要です。欧州ではオーフス条約という、環境に関する情報へのアクセス、意思決定への参加、司法への参加の権利をうたった先進的な条約があります。日本では最初の2つの権利はそれなりに確立されていますが、3つめの司法への参加については、まだ十分に議論されていません。環境は誰のものなのか、一般市民は環境についての訴訟の権利を持つことはできるのか、日本でも議論を深めていく必要があります。

 もともとの専門領域として、国立マンション訴訟や諫早湾の干拓事業訴訟など、民事の差し止め訴訟の動向にも高い関心があります。環境権にしても、何もないところから漠然と理念が作られるわけではなく、こうした現実の裁判の中で、景観利益、入浜の利益といった、より具体的な環境についての権利利益の新しい考え方が提示されるのに応じて、そのあり方が議論されていくことになるでしょう。

 環境法に取り組んでくるなかで書きためた論考を、近いうちに本としてまとめられればと考えています。地球温暖化については2004年に著書を出しましたが、最近は排出権取引について政策にもかなり関わってきたので、ぜひ本としてまとめたいところです。

大塚 直(おおつか・ただし)/早稲田大学法学学術院教授

1981年東京大学法学部助手、1986年学習院大学法学部助教授、1988年米国カリフォルニア大学バークレイ校ロースクール客員研究員、1993年学習院大学法学部教授を経て、2001年早稲田大学法学部教授、2004年より早稲田大学大学院法務研究科教授を兼任。専門は環境法、不法行為法。著書、編著書に『環境法』(有斐閣)、『環境法入門』(日経文庫)、『地球温暖化をめぐる法政策』(昭和堂)、『環境リスク管理と予防原則』(有斐閣)ほか。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/