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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

大月 友/早稲田大学人間科学学術院専任講師 略歴はこちらから

言葉を操る能力を持つからこそ起きる
心の問題のメカニズムを探る

大月 友/早稲田大学人間科学学術院専任講師

臨床実習で鍛えられた学生時代

 私たち人間は、なぜ起きてもいないことをあれこれ想像するだけで、落ち込んだり、不安になったりするのでしょうか。ここ20年ほどの研究で、人間が言葉やイメージを操ることができる動物であるということが、その大きな理由であることが分かってきました。言語や認知などの高度な知的能力を持っていることは、私たちの可能性を広げる反面、時には心を蝕む原因にもなるのです。私は、こうした言語や認知の能力が、精神疾患などの心の問題にどう影響しているのかについて、理論的な基礎研究と、臨床実践を通じた応用研究の両面から取り組んでいます。

 高校生の頃から、漠然と心理カウンセラーの仕事に興味がありました。人と話すこと、人の話を聞くことが大好きで、ラジオのパーソナリティーになってみたいと思っていたくらいです。それで、心理学が学べる大学に進学して、2年生から専攻コースに分かれるときに、心身障害学という専攻に進みました。実習が中心のコースで、行動分析学という学問をベースに、自閉症の子どもたちや、学校で問題行動を起こす子どもたちに、どのような指導や支援が効果的であるかを探る活動をすることができました。早くから現場に放り込まれて、プロの療法士さんに怒られながら鍛えられたのが、今の自分の力になっています。実習体験を通じて、行動分析がおもしろいと思うようになりました。

 大学院に進んで、理論的な勉強もしながら、実習にもさらに深く取り組みました。適応指導教室という、不登校などの子どもが通うクラスへ支援に行ったり、キャンプに一緒に行くなかで、子どもたちの話を聞いたり、自由時間になかなか友達の輪に入っていけない子どもの背中を押してあげたり、お手本を示してあげたりと、子どもたちと一緒になって活動しました。

 例えば、独りになりがちな子どもがいたら、なぜ独りになるのか、人疲れして休みたいのか、本当は入りたいのに臆していて入れないのか、その理由によって接し方や支援の方法も違ってきます。もし人との関係をどう作っていけばいいのか分からないのなら、まず私がその子と関係をつくることで人とのやりとりに慣れてもらうなど、1人ひとりの状態を見きわめて、様々なアプローチをしていきます。

 実際には、じつに多様な要因が複雑に関連し合って、その子の状態を作り上げているのですが、実践での知見を研究につなげ、研究での知見を実践にいかしていくには、そのなかから重要な要因を絞り込んで抽出し、研究していく必要があります。最初は、複雑な現実の前に、何を取り出してくればいいのかさっぱり分からなかったのですが、経験を積むなかで、次第にコアな要素が何なのか、何を変数として抽出してくれば、理論的なつながりが見えてくるのか、だんだん勘が働くようになってきました。

認知行動療法の広がりへの期待

イタリアの学会での口頭発表風景(2011)

 行動分析学でいう「行動」の指す範囲というのは、ものすごく広くて、ただ物理的に行動することだけではなく、考える、話すなど、およそあらゆる人間の心理的活動が含まれます。行動の中でも特に「認知」にかかわる側面に着目した認知行動療法が、日本でも徐々に発展してきました。

 認知行動療法では、不安、落ち込みといった気分や感情のありようには、その人のものごとの捉え方、認知のくせのようなものが大きく影響していると考えます。1人ひとりの認知のくせをつかみ、ものごとの捉え方を柔軟にしていくことで治療につなげるもので、一般の不安、うつ症状を訴える患者さんへも効果が高いといわれ、適用の広がりが期待されています。

 また、近年では、認知行動療法における「認知」を行動分析の枠組みで詳しく研究することによって、さらなる理論的発展が期待されています。具体的に、どんな認知のメカニズムが人間の振る舞いに影響を与えているか、少し紹介しましょう。例えばここに、CUGという綴りと、XZWという綴りと、KDUという綴りがあり、「CUGのほうがXZWよりも大きい」「KDUはXZWよりも小さい」ということを学んだとします(KDU<XZW<CUGの関係)。そして仮に、「XZWは1万円だ」としたときに、「あなたはCUG、KDU、XZWのどれが欲しいですか?」と聞きます。ふつうは、XZWよりも大きいのだから「CUGが欲しい」となりますよね。

 あるいは「XZWが顔面へのパンチの痛みだ」とすると、今度は「KDUのほうが痛くなさそうでいいな」となりますよね。このとき重要なのは、CUGやKDUが何かということは、具体的に説明されていないのに、人間は大小関係にもとづいて、間接的にそれらの価値や内容についてイメージできるということです。これが動物にはなくて、人間に特有の、言語や認知の能力です。じつはこのようなものごとの知的な能力が、人間の精神病理と非常に関係があります。

 では、現実の生活ではどういうことが起きているのか。例えば、ある子どもがB先生に怒られてすごく怖くなった。まわりのうわさで「A先生はもっとすごいよ。でもC先生はそうでもない」と耳にしたとすると、もうそれだけでA先生のことが怖くなってしまう。実際にはA先生に怒られた経験もないのに、“避ける”ようになってしまったりします。自分にとって本当に怖い存在かどうか、確かめたわけでもないのにあらかじめ接触を避けようとするようになり、その積み重ねの結果、その子の活動範囲が狭まってしまうわけです。ひょっとしたら、不登校といった問題にもつながるかもしれません。

 人間が言葉を操作する能力、つまり、物事を関係づける能力を持たなければ、こういうことは起きないはずです。そして、この関係づけられる物事の間には、特に必然性がなくてもよいと言われています。例えば、ペンはなぜ「ペン」と呼ばれるのか、じつは必然性がないのですが、仮に「ペン」と名付けておけば、ほかの人に伝えることができるなど、いろいろとできて便利なわけです。このような、必然性のない「恣意的」な関係づけをする能力が、人間の知的活動の基盤をなしているのです。

 人間は小さい頃から日々の生活の中で、イコールの関係、反対の関係、前後の関係、時間の関係など、様々な関係の種類をトレーニングして、言葉や認知を操る能力として身に付けていきます。この関係づけの能力が、知的能力と関連することも分かってきています。物理的次元で関係づけることは、動物でもできます。例えば、2本の棒があったときに、繰り返し“より長い”棒を持ってくればエサがもらえるという訓練を犬にした場合、その犬は“より長い”棒がエサにありつけるということを覚えることができます。つまり、物理的次元で“より長い”方を選ぶことができるのです。一方、人間はこうした物理的次元でなくても、物事を恣意的に関係づける能力を持っているのです。先ほどの“物(ペン)”と“名前(「ペン」)”の関係がその典型です。

 認知行動療法では、患者さんの認知にどのような関連づけが働いているかを把握し、精神状態を悪い方向へ持っていくような関連づけがあれば、それを直していきます。あるいは、そのような関連づけがあったとしても、その言葉の影響力を下げることで、いろいろな問題を改善していきます。このような恣意的に言語を操る能力を直接的に実験するために、先ほどのアルファベットの綴りのような、あまり意味のない記号を使ってみることで、人間の思考の単純なメカニズムを探ったり、治療に応用できる方法を開発したりしています。

現場百戦錬磨の方々を教える

 心理療法には、高い治療効果が上がっているにもかかわらず、その効果の理論的な理由づけがまだ明確に分かっていないものが多くあります。認知行動療法にしても、認知を変えるとか、考え方を柔軟にするとか、言葉の影響を減らすといったことが、どういう条件のもとで、どういうメカニズムで治療として成り立つのか、まだまだ分かっていないことがたくさんあります。

 この20年でいろんな研究が積み重なって、これまで紹介してきた人間の言語や認知の特徴が「関係フレーム理論」という学術的な理論として展開してきています(図1)。日本ではまだ広く知られてはいませんが、アイルランドやアメリカなどの研究者が中心になって基礎研究を積み重ねてきた理論です。関係フレーム理論で、関係づけの理論化を進められれば、子どもたちの認知発達を促進する方法を開発できるのではないかという期待を持っており、国際的な研究交流にも積極的に取り組んでいます。2年前にはアイルランドへ行って研究交流を行い、先日もイタリアの学会で研究者仲間と情報交換をしました。じつは日本で開催する予定だった国際研究会が、東北大震災のために延期となってしまったのですが、来年3月にあらためて実施する計画です。

図1 関係フレーム理論(RFT)のポイント

未知の刺激A、B、Cについて、AとCは同類、BとCは反対という関係を直接学習したとする。すると、われわれ人間は、直接学習しなくても、AとBの関係が自動的に分かる(派生的刺激関係)。また、Aと直接遭遇して良い体験をし、Aが好きになったとする。すると、われわれ人間は、BやCとは直接会ったことがないのに、Bは嫌いに(Aの反対だから)、Cは好きに(Aと同類だから)なったりする。RFTでは、このような人間の能力が言語や認知の本質であると考える。

 教育では、夜間1年制の職業人大学院(人間科学研究科 修士課程 教育臨床コース)で、学校心理士、臨床発達心理士という資格を取ることができるコースを担当しています。ゼミの学生さんは、子育て支援を担当されている方や、学校の先生などが多くて、不登校、発達障害など、学校不適応の症状を持った子どもたちを抱えていることへの問題意識から来られた方が多いです。皆さん個人的な動機で来られていて、その熱意と意識の高さには頭が下がります。現場の方々が大学院で学ぶことの最大のメリットは、子どもがなぜ不適応症状を示しているのか、メカニズムの「見立て」ができるようになり、より適切な指導ができることだと思います。経験則だけではなく、科学的・理論的に考える力が身に付くことで、目の前の子どもにより効果的で柔軟な対応ができるようになると思います。

 じつはゼミ生は皆さん私よりも年上の方々ばかりで、年下の学生は1人しかいません(笑)。現場百戦錬磨の方々が相手なので、ごまかしがきかないプレッシャーはありますけれども、自分には良い勉強になります。明日からでもすぐに現場で使える技や、子どもたちの抱えている問題の理論的背景が分かる知識を、少しでも学生の皆さんに伝えることを心がけています。

アイルランドを訪問しての研究交流風景

大月 友(おおつき・とむ)/早稲田大学人間科学学術院専任講師

2002年筑波大学第二学群人間学類卒業、2004年新潟大学大学院修士課程修了、2007年広島国際大学大学院博士後期課程修了。博士(臨床心理学)。悠学館心理カウンセラーを経て、2008年4月から早稲田大学人間科学学術院助教、2010年4月から現職。専門は行動分析学、認知行動療法研究。現在の研究テーマは、関係フレーム理論、臨床行動分析、行動療法、学校教育臨床など。