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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

首藤 惠/早稲田大学商学学術院(大学院ファイナンス研究科)教授 略歴はこちらから

あるべき企業の姿、社会の姿を
ファイナンス理論から見きわめる

首藤 惠/早稲田大学商学学術院(大学院ファイナンス研究科)教授

金融業の社会的役割を追究する

 1970年代、ようやく日本に「ファイナンス」という概念が入ってきはじめた頃から、一貫して金融市場や金融業の役割や機能、さらには金融業の社会的責任などについて研究してきました。当時、日本企業の資金調達は、銀行融資による間接金融が中心で、株式の持ち合いやメインバンク・システムなど日本独特の制度慣行が根強くあるなかで、日本にも直接金融を根づかせていかなければならない、健全な証券市場を確立していかなければならないという問題意識が高まりつつありました。

 大学院修士課程を修了して、1972年に日本証券経済研究所に入所したのですが、当時、理事を務められていた蝋山昌一先生(当時大阪大学、故人)や浜田宏一先生(当時東京大学)をはじめ、日本のファイナンス研究を先駆けたそうそうたる方々が、証券市場を日本でどのように機能させていくべきか、これからの企業金融や資産運用はどうあるべきなのか、日夜、熱い議論を重ねていました。そのような環境のなかで、私も証券市場の価格形成や、証券業の経済機能といった、日本でまだ誰も手がけていない研究を、アメリカの文献を翻訳したりしながら、がむしゃらに勉強しました。

 じつは修士課程までは、経済開発論を学んでいて、そのまま博士課程へ進むかどうか悩んでいたのですが、大学生の国際会議に参加するためにアジア諸国を回ったときに、日本の経済進出に猛烈な批判が展開されているのを目の当たりにして、どう開発論を続けていけばいいのか、迷いが大きくなってしまいました。そんなときにたまたま就職のチャンスがあって、畑違いのファイナンスの世界へ入ることになったのです。

 その翌年、仕事をしながらファイナンスの研究で学位をとるべく博士課程に進学しました。当時は、博士課程を修了したからといって、すぐに学位が取れるような時代ではありません。博士論文がそのまま本として刊行されることが求められましたが、大学の職を得る上では女性のハンディというのも厳然とあって、学位は必要と覚悟しました。2人の子どもを育てながらだったので、大変ではありましたが、逆に厳しい覚悟で臨んだのが功を奏したのか、10年がかりでしたが同期の中では最も早く学位を取ることができました。

 学位論文のテーマは「日本の証券業:組織と競争」で、産業組織論をベースに、金融システムにおける証券業の果たす役割についてまとめました。とはいえ、1980年代においても証券業にはまだまだ「株屋」という、どこかダーティなイメージがつきまとう時代で、証券市場が銀行システムと並んで経済社会を支えるとか、証券業の経済機能なんていうことを言っても、学会ではまだマイノリティでした。

 「株主によるコーポレート・ガバナンス」という今では当たり前の考え方も、広く議論されてはいまませんでした。高度成長以降、右肩上がりの経済成長を遂げているなかでは、考える必要もなかったわけです。しかしその後、バブル景気からバブル崩壊へと続く流れを経て、1990年代後半にようやく証券市場の改革が本格的に行われていきます。そして1990年代の終わり頃には、アメリカ型の「株主価値経営」が声高に叫ばれるようになり、日本企業のガバナンスに対する見方が、株主重視の経営へと大きく転換をみせる――あまりにも極端な転換だったと思います。

株主価値経営から企業の社会的責任へ

 その後、大学教員となり研究を続けてきました。1999年から2000年にかけて、イギリスのオックスフォード大学に客員研究員として1年間滞在したときに、企業の社会的責任、企業の社会的価値といったことが、非常に重要なテーマとして広く研究されていることを初めて知りました。これは日本の資本市場にとってもコアなテーマになると直観しました。金融プロパーではなく、社会と経済の関係に一貫して関心を持ってきたことから、自分がやるべきテーマはこれだと思いました。

 すぐに「資産運用産業の行動倫理と効率」というテーマで、機関投資家の社会的責任に関する新しい考え方を日本に紹介する論文を本(筒井義郎編『金融分析の最先端』第4章、東洋経済新報社、2000年)に書きました。倫理と効率というと一見相反するもののようですが、じつは倫理的規範にもとづく投資行動こそが、信頼できる価格形成につながり、ひいては市場の効率につながるのだという考え方です。

 この考え方にもとづいて、機関投資家のファンドマネジャーの投資行動に関する研究を行いました。年金基金などの機関投資家の資産運用は、長期的な視点で投資先を選ぶことが期待されます。ところがファンドマネジャーを評価するときに、短期のパフォーマンスをチェックしがちです。その結果、ファンドマネジャーの側に、短期的にリターンを追求する戦略を取ったり、自律的に決定するのではなく他の投資家に追随したり、必要以上のリスクを回避したりするなどの、行動バイアスがかかるようになってくる。そうすると、長期機関投資家として期待される本来の機能が十分に果たせなくなり、最終的な資金の出し手である家計や個人の利益を損なうことになってしまう。日本の機関投資家を対象に行った調査研究(俊野雅司氏との共同研究)で、こうした歪んだ投資行動の傾向がみられることを明らかにしました。

イギリスの学会にて論文賞受賞の記念撮影(2005年6月)

 この研究は、2004年にイギリスのバーミンガム大学で開催されたコーポレート・ガバナンスの国際学会で最優秀論文賞を受賞しました。海外の研究者から共同研究を持ちかけられ、その後、ドイツ、アメリカ、日本の国際比較研究へ発展しました。国際比較においても、他国と比べて日本の機関投資家において非常に顕著に行動バイアスがみられることが分かりました。

 証券市場の主要なプレイヤーである機関投資家の行動が歪んでいるということは、証券市場において企業が適切に評価されていないということを意味します。これを是正するためには、金融業のガバナンスという大きな観点から、投資行動における短期的収益と長期的収益の関係、経済的パフォーマンスと社会的パフォーマンスの関係を、しっかり見きわめておく必要があります。

「企業の社会的責任(CSR)と経済パフォーマンス」講演風景(2008年1月、財団法人国際東アジア研究センター主催)

 2000年代には、株主価値経営だけでなく、社会的責任を重視する考え方が、日本でも急速に取り入れられてきました。株主だけを重視するのではなく、消費者、従業員、取引先など、多様なステイクホルダー(利害関係者)との関係をバランスよく重視する経営へと、目が向けられたわけです。長期的には、それが企業価値を高め、株主の利益につながるという考え方です。企業の意識もだいぶ変わってきましたが、それでも日本企業の社会的責任の考え方や、社会的責任投資のあり方についての理解は、国際的にはまだ問題点が多いとみられています。

 社会的責任というのは、企業が目先の利益に踊らされることなく長期的に利潤を上げていくためにどういう行動を取って行くべきなのかという、ガバナンスの問題でもあります。最近では、どういう株主が、どのような社会的評価を重視するのか、日本企業における所有構造と社会的評価の関係について研究を行っています。

経済と社会の関係を掘り下げる

 そもそも企業の社会的責任という概念については、イギリスとアメリカとでは、捉え方がかなり違います。これまでアメリカでは、株主と経営者の関係を対立の構図として捉えがちでした。株主価値経営というのは、このアメリカ型ガバナンスの見方で捉えられることが多いのです。ですから、企業の社会的責任とは、企業が社会のために何かをしてやるという社会貢献の意味合いが強く、企業資源の無駄づかいだという考え方が根強くありました。

 これに対してイギリスでは、企業は社会の中で存続するものだ、社会があって初めて企業が存在するという考え方が非常に強い。だから、企業は社会に与える影響、社会から要請されるニーズをしっかり認識する責務がある。株主と企業との関係も、対立ではなく、協調的な価値の追求とそのためのコミュニケーションが重視されてきました。経営者がどういう企業経営をしていくのか、株主はもとより、広く社会に対して十分な情報提供を行い、企業への理解を深めてもらうことが重要だという考え方です。現在の企業の社会的責任、コーポレート・ガバナンスでは、こうしたイギリスの考え方に大きな影響を受けています。

 もともと日本で企業の社会的責任というと、社会学、経営学などの分野の方々が多く手がけられてきた領域で、最初は「なんで経済学者が企業倫理をやるんだ」と批判されたりしました。逆に金融論の人からは、「金融に倫理は不要だ」と批判されたりもしました(笑)。

 これまでの自分の研究を振り返ってみると、いつも「当たり前と思われているが、これは何かおかしいんじゃないか」と思うことに取り組んできました。新しい領域で成果を上げるには、強い問題意識を持つこと、そして幅広く関心を持つことが必要ではないかと思います。研究者というのは、狭い領域に関心を絞り込みがちです。確かにその方が、かっちりとした隙のない研究ができるかもしれないけれども、研究に発展性が出てきません。考えてみれば、ファイナンスにしても、企業の社会的責任にしても、いつもメインストリームじゃないところ、新興の領域をやってきたので、研究方法も自分で模索するしかなかったような気がします。

 社会的責任の考え方が、今後さらに日本の企業社会に浸透していくなかで、ファイナンスにおいても、経済と社会の関係を掘り下げ、社会のあるべき姿を問うていく姿勢がますます重要になるでしょう。これからもできるだけ新しいことに挑戦し、そして若い人のじゃまはせず(笑)というモットーで、研究を続けていきたいと考えています。

ファイナンス研究科のゼミ生たちと

首藤 惠(すとう・めぐみ)/早稲田大学商学学術院(大学院ファイナンス研究科)教授

1976年慶應義塾大学経済学研究科博士課程単位取得満期退学。1986年経済学博士。1972年財団法人日本証券経済研究所入所、1985年同研究所主 任研究員、1988年明海大学経済学部助教授、1993年中央大学経済学部教授を経て、2004年より現職。その間、米The Brookings Institution客員研究員、一橋大学経済研究所客員教授、大阪大学大学院国際公共政策研究科客員教授、英オックスフォード大学客員研究員など。著 書に『金融サービスのイノベーションと倫理―金融業の規律ある競争』(編著、中央経済社、2011)、『金融サービス業のガバナンス―規律付けメカニズム の再検討』(監修・著、金融財政事情研究会、2009)他。