早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > 知の共創―研究者プロファイル―

研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

品田 賢宏/早稲田大学高等研究所 准教授 略歴はこちらから

半導体ドーピング技術を極め
生命科学へと応用を広げる

品田 賢宏/早稲田大学高等研究所 准教授

ナノ時代を支える単一イオン注入法

 私の専門はパソコンやスマートフォンに内蔵されている半導体集積回路技術で、特にそれを実現するためのイオン注入法を用いた不純物ドーピングという技術です。半導体集積回路の基幹材料であるシリコンは、実はそのままではほとんど電気が流れないのですが、1千万個のシリコン原子に1個の割合で、リンなどの不純物(ドーパント)の原子を意図的に注入することによって、電気の流れやすさを調節することができます。半導体はドーピング技術があって、初めてトランジスタにon-offのスイッチングの機能を持たせることができるのです。

 次世代デバイスに要求される精密なドーピング制御を実現するために、ナノテク時代を先駆ける「単一イオン注入法」(図1)を考案したのが、早稲田大学・大泊巌名誉教授で、私は研究室に配属になった頃からこの技術の開発に参加し、以来今日まで、単一イオン注入法の実現とその精緻化を目指して、ドーピング技術の最先端で研究開発に携わってきました。

図1 単一イオン注入法:高速でイオンビームを横方向に振り(イオンビームが横切る時間はわずか20ナノ秒)、微小孔を通してイオンを1個ずつ注入させるという方法を早稲田大学が世界に先駆けて開発した

 トランジスタの小型化が進むなかで、特にここ最近の課題になってきたのが、ドーパントの個数や位置を精緻に制御する技術です。小型化によって低消費電力化も見込め、限られたスペースに多様な機能も盛り込めると、半導体デバイスの可能性は大いに広がるのですが、その実現には極小スペースでの、電気抵抗の精緻な制御が求められます。

 もっか最大の問題は、注入されるイオン個数のばらつきです。30ナノメートル以下という超微細な寸法の素子が高度集積されるデバイスになると、電気抵抗は原子1個1個の影響を強く受けるようになります。この問題を回避するために、ドーピングを使わない新技術や、新しい半導体材料で技術革新するという考え方が出てきています。次世代デバイスの実現へ向けて、これらの技術がしのぎを削っている状況ですが、実用化までにはいずれの方法も難しい課題が山積しています(図2)。そこで個数のばらつきのない、完璧に個数をコントロールする考え方、すなわち単一イオン注入法が重要性を増しています。

図2 先端デバイス開発のトレンド

ドーパントの量子力学的ふるまいを発見

図3 単一ドーパントの量子輸送現象の観測(Shinada, IEDM 2011):ドーパント1個につき2つのピークが発現する離散的準位(クーロンポテンシャル)の現象を工学的に再現。世界初の実証実験の成功により、ドーパントによる量子デバイス開発に道を開いた
*米国セミコンダクターリサーチコーポレーション、文科省科研費基盤(S)、若手研究(A)、およびイタリア外務省日伊エグゼクティブプログラムの研究助成による

 こうした潮流の中で、いくつかの注目される成果を出してきました。1番目の成果は、次世代デバイスへのブレークスルーの最重要課題である、単一イオン注入法の実現です。1993年以降、大泊名誉教授をはじめ、研究室の先輩、後輩たちと試行錯誤を積み重ね、ドーパント原子を1個ずつ制御して注入することに成功しました。2000年頃にはほぼ完成していた技術です。

 2番目は、ドーパントを規則的に並べた半導体を実現したことです。位置の精度をさらに高めて、1個1個のイオンを、100ナノメートルという決まった間隔で注入された半導体を開発し、従来のランダムな配置に比べて、きわめて低い電圧によって安定的に電気抵抗を制御できることを明らかにしました。この成果は2005年にNature誌に論文発表し、世界的に注目を集めました。

 3番目は、個数と位置の精度を高め、1列にドーパントを配列させる研究で、2011年12月に学会発表したばかりです。1個の1個のドーパントが特性を支配する量子力学的なふるまいを観測することに成功しました。これまで偶然的には観測されていたのですが、世界で初めて現象そのものを工学的に制御して発現させることができたのです(図3)。これにより、半導体デバイスの高性能化はもとより、ドーパントそのものを量子コンピューティングのデバイスとして扱うことに道を開いたといえます。

 これらの研究成果の一部は、アメリカの企業からの委託研究として進めてきたものです。日本の若手研究者で海外の企業との産学連携に取り組んでいる例は、ほとんどないだろうと思います。2000年以降、半導体分野では国を超えたグローバルな産学連携研究が盛んになっていますが、そこに参画していくには、研究力もさることながら、国際的な学会やジャーナルで積極的に発信していくことが必要です。やはりNature誌のような世界的な雑誌に掲載されたこと、海外の学会で積極的に発信していることが、国際的な産学連携に結びついていると実感しています。

細胞へのドーピング実験に成功

 2004年から5年間、本学の戦略的研究拠点として設置された先端科学・健康医療融合研究機構(ASMeW)に所属したことを契機に、生命科学との融合分野への応用も手がけてきました。半導体研究と生命科学といえば、まず思いつくのがバイオチップへの微細加工技術の応用ですが、これは後発になってしまう。誰も挑戦していないことを異分野融合でやろうというのがミッションでしたから、それならいっそ直球勝負で、ドーピング技術そのものを生命科学に持ち込んでみようと考えました。

 医学・生命科学系の研究者たちと一緒になって、現場のニーズを探りながらアイデアを求めて試行錯誤しました。細胞生物学の基本ツールの1つに、マイクロインジェクション法という、マイクロピペットで細胞に物質を注入する実験方法があるのですが、これに応用してはどうかと考えつきました(図4)。本格的に実験に着手するまでに2年近くもかかりましたが、始めてみると驚いたことに、細胞の性質をうまく変えてやることができたのです。例えば、筋芽細胞という、将来筋肉になる細胞に、金イオンを注入してみると、生きた細胞が産生するエネルギー(アデノシン三リン酸)が約2割も向上することが分かりました。逆にヒ素を注入するとエネルギーは低下します。

図4 生きた細胞へのドーピング効果の調査

 創薬への応用を見据えて、がん細胞への実験も試しています。正常細胞と異常細胞の両方に、シリコン、ヒ素、金をそれぞれ注入して比較実験を行いました。シリコン=無害、ヒ素=毒性、金=良性という仮説です。ヒ素を注入することで、がん細胞を1~2割減らすことが確認できたのですが、正常細胞よりもがん細胞のほうが、毒性にも強いという傾向を掴んでいます。

 実験を試みているうちに、この技術は、半導体分野にも役に立つのではないかと思うようになりました。というのも、いまや半導体はシリコンのみならず、周期表に出てくるほとんどの元素を使わないと製造できない時代になっています。そこで問題になるのが、人体への安全性です。細胞ドーピングを用いて各材料の安全性評価に応用することで、ナノエレクトロニクス分野の環境保全に貢献できるという見通しを持っています。

次世代ドーピング技術を牽引する

写真1 品田准教授が企画・オーガナイズした「Deterministic Doping Workshop」(2010年11月、米国カリフォルニア州バークレイ)。日・米・欧、台湾、オーストラリアから31名の研究者が集結した

 半導体産業は、業界を挙げて次世代・次々世代の将来技術のビジョンをロードマップとして描き共有するのが特徴です。ロードマップをにらみつつ、市場化する前の段階のいわゆる競争前共同研究が、世界中で盛んに展開されています。この国際ロードマップの日本のワーキンググループの幹事や委員を務めています。また2009年からは、JST(独立行政法人科学技術振興機構)研究開発戦略センターの特任フェローとして、非常勤でナノテク・材料分野の専門家として、研究開発動向の調査、分析、提言を行っています。

 2010年11月には、国際半導体ロードマップ機構(ITRS)に「ディターミニスティック(決定論的な)ドーピング」という新しいコンセプトを提案し、米国カリフォルニアのバークレイでの会議を主宰しました。デバイス開発の関連技術を集大成してみようと、世界中から関連する研究者に一堂に集まってもらい議論し、ドーパント制御を極限まで追究したデバイス・プロセスの構想をまとめました(写真1)。この会議の報告書は、2012年1月にウエブ上で出版されます。

 研究に取り組んでいくうえでは、ロードマップを参照するなどして研究が独りよがりにならないよう留意しつつ、大学の研究者としては、企業にはできないような挑戦的なことに取り組んでいくことが使命と考えています。将来像を分かりやすく説明できるかを自問しつつ、独創的なことに取り組んでいくことを常に目指しています。

写真2 小中高校生へ科学技術の面白さを伝えるアウトリーチ活動にも継続的に取り組んでいる(左は早稲田大学にて、2010年/右は北海道新聞に掲載された母校での出前講義風景、2008年)

品田 賢宏(しなだ・たかひろ)/早稲田大学高等研究所 准教授

北海道釧路市出身。早稲田大学大学院理工学研究科電子・情報通信学専攻修了、工学博士(2000年3月)。
早稲田大学ビジネススクール技術経営学専攻修了、経営学修士(2007年9月)。2000年早稲田大学理工学部助手、2004年早稲田大学生命医療工学研究所講師、2006年同准教授を経て2009年より現職。専門は半導体工学。
JST研究開発戦略センターナノテク・材料ユニット・特任フェロー(2009年~)、
日本半導体ロードマップ委員会(STRJ)WG12(Emerging Research Devices: ERD)幹事(2010~)/WG13(Emerging Research Materials: ERM)委員(2010~)、
日本学術振興会シリコン超集積化システム第165委員会・幹事(2011~)を務める。