早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > 知の共創―研究者プロファイル―

研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

所 千晴/早稲田大学理工学術院准教授 略歴はこちらから

ミクロな界面現象を工学応用し
環境浄化技術を洗練させる

所 千晴/早稲田大学理工学術院准教授

ピアニスト志望から理系の道へ

 私の専門は、環境分野での汚染物質の分離・除去や、リサイクル過程での金属物質などの分離・回収の研究です。ベースは資源工学ですが、さらに物質現象を理学的に探究して技術の洗練を図っていくこと、実用化はまだ先だけれども重要な新技術を発見し先駆けていくことをモットーとしています。

 じつは小さい頃からピアノを弾くことが大好きで、中学生までは真剣に音楽家を目指していたのですが、高校生になってもっと違う生き方もあるかなと考えるようになりました。数学、化学、物理が大好きで、ピアノの譜面を読んで演奏にしていく行為は、まさに「科学だ」なんて思ったりする理科系人間(笑)。大学進学のときも迷わず理系を選びました。私が大学へ進学した頃は、ちょうど1992年のブラジル・リオの地球サミットのすぐ後で、「環境」がブームになりつつありました。「持続可能性」とか「温暖化」といった言葉が聞かれるようになったのもこの頃です。

 当時、大学のパンフレットをあれこれ取り寄せてみた中で、はっきり「環境」をうたっていたのが、早稲田大学理工学部の資源工学科(現・環境資源工学科)だけだったんです。入学時から専攻に分かれるシステムだったこともあり、迷わず資源工学科への進学を決めました。とはいえ、高校生にとって「環境」は漠然としすぎていて、具体的なイメージはまるで持てていませんでしたけれどね(笑)。

 大学へ入り、いろいろな授業を受けるなかで、「環境」が1つの大きな概念だということを理解し、具体的にどんな技術分野があるのかも分かってきました。自分のイメージと現実とのギャップを感じるところもありましたが、結果的には、環境問題、環境浄化にかかわる分野に進みたいと思うようになり、廃水処理をご専門に研究されていた佐々木弘先生の水環境工学の研究室に所属しました。

 資源工学科は、もともと鉱山学科から発展した学科で、ミネラルプロセッシング(選鉱)といわれる、固体や金属を取り扱う技術の研究に長い歴史があり、独自のノウハウを培ってきています。佐々木研究室でも、水処理をした後にできる無機物質を中心とする固体の分析に取り組んでいました。ここでの卒業研究が、私の専門分野のスタートとなりました。実験のウエイトが高い研究室で、毎日ビーカー片手に実験に取り組んでいましたね。

 大学院へ進むにあたって、いったん実験から離れて、コンピュータ・シミュレーションでプロセスの最適化や制御をモデル化したり、システムを構築したりといったアプローチで、修士から博士課程まで研究に取り組みました。これが今、とても役に立っています。実験とシミュレーションを行き来し、現実の物質の複雑な現象から法則を取り出してモデル化したり、そのモデルを様々なケースを想定したシミュレーションに落としてみたり…。工学と理学を横断して研究を深めるうえでも、応用化や実用化を洗練させていくうえでも、強力なツールになっています。

プロセスを緻密に管理しながら廃水処理の実験を繰り返す

固体と液体の界面に魅せられて

固液界面特性を利用した廃水処理

 環境技術は、現場重視、有用性重視の、じつに泥臭い世界です。例えば、廃水・汚水処理の世界では、水がきれいになることを重要視するあまり、大量の薬剤を入れて浄化する。その結果として、大量の最終処分汚泥が残り、その処理に困る――まだまだそんなおおざっぱな処理が行われているのが現実です。残った汚泥は、有害物質が含まれたまま、国内で最終処分場を確保して廃棄処分していくしかないのです。

 環境の時代と言われる中で、もっと環境負荷が低く、もっと効率的な方法できめ細かく有害物質や有用物質を分離していく技術が普及していく必要があります。私は、廃水処理においてあまりかえりみられてこなかった固体の減容化、なかでも液体と固体が混じり合うような物質世界の界面――固液界面と言うのですが、そこで見られる複雑系のミクロな挙動に着目した手法に注目しています。界面であることの性質が触媒的な役割を果たしたり、また界面は帯電しているので、特定のイオンが濃縮していたりといったことにより、一般的な物理や化学の常識とは異なる特殊な現象が様々に起こります。これを分析して理論化し、その性質を利用して新しい処理技術に結びつけたりしています。

 そこで例えば、従来のように大量に薬剤を投入せずとも、少しずつ時間をかけて投与する方法を取ることで、有害物質などが効率的に沈殿しうることを発見しました。化学平衡理論の常識には反しますが、固液界面の世界ではこうした現象が起きるのです。こうした技術を実用化していくことで、コストの削減にもなるし、汚泥の量を大幅に減らして環境負荷を下げることができます。そして私にとっては、「常識に反する法則」を発見して利用していくところが、研究の中で何よりいちばん面白いところなんです。

粉体シミュレーションの応用

 環境の世界は、廃水、排気ガス、廃棄物など、現実世界に存在するあるがままの複雑系そのものを対象にしています。そこに、粉体プロセッシングといわれる、多種多様な粒子が気体または液体中に入り混じった状態から、有用な粒子または有害な粒子を分離する操作を追求する、最も古い産業技術の1つを展開しています。粉体プロセッシングは、古いけれども奥の深い、まだまだ分からないことの多い、おもしろい技術分野です。

 そもそも、対象をおおづかみに捉えることの多い環境分野で、ミクロな粉体の処理や固液界面を見ようなんていうことを考える人は、他にあまりいないかもしれません(笑)。環境への取り組みは、世界中でどんどん進展しているので、現状で決して満足せずに、もう1段階も2段階もステップアップした技術を開発し、実用化と普及に貢献していくことが大切だと考えています。

社会の変化から新しい着想を得る

 最近では、情報家電のリサイクル過程でレアメタルを濃縮していけないだろうかと、パソコンの電子基板から実装部品を効率的に剥がしていく技術にも取り組んでいます。従来、電子基板のリサイクルは、部品が実装されたまま粉々に粉砕して、そこから経済的にリサイクルが成り立つ金や銀などを取り出していました。このやり方では、レアメタルは極めて薄い濃度で拡散してしまうので、ほとんど濃縮は困難です。もし含有量の多い部品だけを分別して処理できれば、ぐっと濃縮しやすくなる。

 膨大な廃棄量ですから、手作業で1つ1つ剥がしていくのは現実的ではなく、機械化する必要があります。基板を全自動洗濯機のようなドラムにかけてぐるぐるまわし(笑)、いえもちろんちゃんとした装置を使って、空中をぶんぶん回して壁にぶつけるなどしながら、うまく特定の部品が剥がれるような技術を研究しています。例えば、ものを上から床に落としてやるとか、叩くような衝撃を与えるとかすると、より簡単な力でバラバラになりますよね。これを自生粉砕と言います。鉱石でも、異質な層の界面でバカっと割れる。よりソフトな力をかけることで、粉々にせず分別できる。この性質を利用して、接着強度の違いによって部品をうまく剥離していこうという発想です。

 もちろん大学でやるからには、部品の剥離の仕組みをモデル化し、シミュレーションにかけて、さらに装置の改良を加えてと、実験と理論化のサイクルを回します。さらに今、1つ1つの部品の接着強度と有用な剥離方法をデータベース化しています。様々なテスト用の基板を作って試行錯誤していますが、そう簡単ではありません。今後、小型家電、携帯電話やスマートフォンなどで、リサイクルを法制化しようという動きもあり、新しい技術を先駆けていきたいという気概で取り組んでいます。

 このほか、廃水処理で広く知られているフェントン法という技術を応用して、CO2をエタノールにする研究にも挑戦しています。フェントン法は、難分解性の有機物も分解できる方法ですが、ラジカルといわれる反応性物質が出て、強力な酸化反応が起きます。従来のCO2からのエタノール生成技術は、高温で水素還元させるなどの力技ですが、フェントン法だとごくふつうの大気下で生成させることができます。これが不思議で面白いところです。現状ではごく微量しか生成できないのですが、より効率を高める検討を進めていきたいテーマです。まだ誰もやっていない未開拓な領域だと思いますし、環境にやさしいエネルギーの開発は自分にとっても挑戦的です。

 これから20年、30年のあいだに、世界のエネルギー需給バランスや、環境に対する考え方や技術は、さらに大きく変わっていくでしょう。価値観がからっと変わるような、大きなパラダイムシフトも何回かあるだろうと推察しています。この分野で研究をしていくには、絶えず世の中の大きなトレンドに気を配っておかなければならないし、経済や法律のことも知っておかなければなりません。私も国内や海外のリサイクルの現場見学などには積極的に出かけていますし、産業界や行政の方々とのディスカッションの機会も大切にしています。もちろん産学連携の共同研究も多いです。外に目を向けるのが苦手な人は、環境分野でやっていくのは難しいだろうと思います。社会の変化のただ中から最新の研究の着想を得ていくことが、環境分野の研究の醍醐味なのです。

電子顕微鏡で固体中の元素の状態を詳細に観察

所 千晴(ところ・ちはる)/早稲田大学理工学術院准教授

1998年早稲田大学理工学部資源工学科卒業、2000年東京大学工学系研究科地球システム工学修士課程修了、2003年同・博士課程修了。工学博士。2004年早稲田大学理工学部助手、2007年早稲田大学理工学術院専任講師、2009年より現職。専門は資源循環工学、粉体工学。