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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

大鹿 智基/早稲田大学商学学術院准教授 略歴はこちらから

株主、従業員、消費者、市民――
共存共栄の企業価値評価へ

大鹿 智基/早稲田大学商学学術院准教授

会計情報を価値あるものに

 会計学の一分野である「企業価値評価論」という分野が、私の専門です。世の中では「企業価値」といえば、株価に象徴されるような、株主にとっての価値と思われる方が多いかもしれません。確かに、アメリカ型の資本主義では、企業は株主にとっての価値を最重要視した経営が求められます。これを単純に突き詰めると、例えば、人件費などのコストはできるかぎり削ることが望ましいという発想になります。しかしこの考え方はちょっと短絡的すぎます。

 本来、企業の価値というのは、株主、従業員、取引先、消費者、地域住民など、それぞれの立場によって異なります。例えば、従業員は給与が高い企業に、取引先は取引を通じて高い儲けを得られる企業に、消費者はより安い価格で良いものを提供する企業に、地域住民はできるだけ地域の環境にやさしく、かつ雇用機会をより多く提供してくれる企業に、――そんな企業に価値を見出すでしょう。

 一見、これらの価値は、互いに対立するようにみえます。しかし、じつはそんなことはないのではないか、お互いにWin-Winの関係になれる、共存共栄できるような企業価値というものがあるはずだというのが、私がこの研究に取り組むうえでの問題意識です。

 しかし、企業価値を測定、分析、評価していくためには、価値がなんらかの数字で表される必要があります。すべての価値を測定するのは難しいし、それぞれの価値を比較したり関連づけたりするうえでも、何か基準となる尺度が必要です。そこで株価という、株式市場ひいては投資家が企業に与えた評価を、1つの尺度として用います。最初の説明と矛盾するように感じるかもしれませんが、Win-Winの関係を確認できれば、株主以外のステークホルダー(利害関係者)にとっての価値を高めることが、最終的に株主の価値を高めることにつながる――すなわち多様な企業価値は、最終的には株価に反映しているはずだと捉えるわけです。

 企業会計には、内部の人が使うための管理会計と、外部の人に説明するための財務会計の、大きく2つがあります。言い換えれば、管理会計は「企業価値を高めるための手段」で、財務会計は「企業活動の成果や現状をコミュニケーションするための手段」です。企業経営において、管理会計で目指された成果が、財務会計できちんと伝えられ、意図どおり企業価値を高められたかを検証することは、とても重要です。企業価値評価論は、財務会計によって作成された情報に基づいて「企業価値が高まったかどうか」を確認します。いわば管理会計と財務会計の橋渡しをしています。

株主総会の活性化と企業価値

 企業価値の推定は、最終的には数式モデルで表されます。投資家は、会計情報の数値から将来の利益、キャッシュフロー、配当などを予測して企業価値を推定し、投資意思決定をします。会計情報はあくまで過去から現在の経営状態を表す情報なので、投資家はそこから将来の予測をして、最終的に理論的な計算式を用いて企業価値を推定します。

 数学や統計学の素養が求められる分野ですが、計算で答えをはっきり出せる研究は、自分の性格には向いていると思っています(笑)。大学院修士課程のときに、いくつかの代表的な企業価値評価モデルを研究することからスタートして、その後こうしたモデルを用いながら、企業価値の決定要因(バリュー・ドライバー)についての研究に取り組んできました。

 最初に取り組んだ大きいテーマは、株主総会の活性化が企業価値に与える影響についてです。博士課程2年のとき、2001〜2002年にかけてアメリカの大学に留学したのですが、そこで知り合ったフランス人留学生が、日本での勤務経験を通じて、総会屋と株主総会のあり方に関心を持っていました。日本の株主総会は、ごく短時間で報告を済ませ、拍手のうちに終わる、いわゆるシャンシャン総会が良しとされてきました。ところが共同研究のテーマを探るうちに、1990年代から2000年代にかけて、株主総会にかける時間が大幅に伸びたことが分かってきました。

 1990年代までは平均30分以下、20分そこそこで終わっていたのが、2000年代に入って平均40分前後と、約2倍になっています。逆にもうそれ以上は伸びていないのですが、それでも大きな変化です。そこで、この所要時間の増加は、株主総会の活性化を示す1つの指標になるのではないか、それを株主や株式市場が評価して、株主総会の活性化を示した企業の株価も高くなっているのではないかという仮説を立て、実証研究に取り組みました。

 2000〜2003年の株主総会について、1990年代に開催された株主総会の平均所要時間に対して1.5倍以上、かつ平均所要時間が60分以上だった企業を「活性化した」とみなし、東証1部・2部上場企業からサンプリングした対象企業の特徴を分析しました。その結果、これらの企業に対して株式市場がプラスの反応をして株価が上がっていることが分かりました。また、そのような企業の開示する業績予想の精度が高いことも分かりました(図表1)。つまり、株主のことを考えた情報開示を行っていれば、株主もきちんとそれに反応している、ということです。

 株主総会に時間をかけても、単にコストがかかるだけだと思っている経営者の方は、まだまだ多いでしょう。しかし、株主総会の活性化は、間違いなく企業価値を上げるということを、私たちの研究は実証しています。

図表1 株主総会の活性化と企業価値の関係についての実証研究

CO排出量抑制と企業価値

 環境経営への視点から、二酸化炭素(CO)の排出量と企業価値の関係についても研究しています。環境についても、政府の規制があるところはやるけれど、それ以上に自発的に地球にやさしくなっても、コストがかかるだけで経営にメリットがないと考えられがちです。しかし結論から言えば、研究の結果、二酸化炭素の排出量の少ない企業の方が、企業価値が高いということが実証できました。

 2006年度の温暖化対策法に基づいて、二酸化炭素の排出量が一定量を超える企業には、環境省への報告が義務づけられ、環境省を通じて情報公開されています。そのなかから製造業を中心に、上場企業1000社以上を対象に、2006年度の二酸化炭素排出量と同年度の利益、そして年度業績が発表された2007年5月頃の株価について分析しました。

 その結果、株式市場は環境にコストをかけている企業に対して、現在の利益は減らしても、将来的にはそれがプラスに転じると評価していることが分かりました(図表2)。例えば、現在の利益が同水準など、いくつかの条件が同じ企業を比較すると、二酸化炭素排出量が多い企業と少ない企業とでは、少ない企業の方が、株価が高い。環境にやさしい企業について、株主はただ心証がいいからということだけではなく、実際により高利益を生む企業になるだろうと評価し、それが株価に反映していると見ていいと思います。

 もちろんそこでは、「ちょっと高くてもエコな洗剤を選ぶ」という世の風潮などもおおいに関係しているでしょう。「この企業は、消費市場のトレンドをちゃんと読んで投資している」など、二酸化炭素排出量抑制に関係する様々な要因が評価されて、将来を折り込んだ株価が形成されているのです。

図表2 CO排出量と企業価値についての実証研究

従業員の給与水準と企業価値

 最近取り組んでいるテーマは、給与水準と企業価値についての研究です。CSR(企業の社会的責任)データベースという、上場企業および非上場の大企業を対象に実施したアンケート結果のデータベースがあるのですが、この中から2種類のデータを使っています。1つは従業員全体の平均給料で、もう1つは30歳の平均給料のデータです。全体の平均は、企業の平均年齢によって違ってきてしまうので、そのあたりの条件を加味して調整をかけて使っています。これも結論からいえば、給料が高いほうが、企業価値も高いという分析結果を得ています。

 第1に、給与水準の高い企業のほうが、従業員1人当たりの売上高、すなわち生産性が高い。これについては、生産性のより高い人が、より高い給料をもらっていると考えれば、当たり前です。次に、給与水準と利益を比較してみると、利益についても言える。たとえて言うなら、「1.5倍の給料を出すことで、1.8倍の売り上げを生み出す」ことに成功しているので、企業に残る利益が大きくなるわけです。株価でも同じく、給与水準が高い企業のほうが株価が高いという結果が得られました。

 従業員の給料を上げたとしても、その分以上の働きをしてくれるなら、企業の売り上げも上がり、価値も上がる――。従業員も企業もどちらもハッピー、最終的には株主もハッピーという状況を生み出しえます。みんなが満足する解というものが必ずあるはずです。

実務家の方々に伝わる言葉で

 時代の変化のなかで、財務諸表による企業価値の説明力が下がっています。伝統的な財務諸表は、企業の過去の情報をまとめたものだと言いましたが、説明力を持たせるには、より未来志向の情報が含まれる財務諸表へと刷新していく必要があります。

写真 ゼミ合宿風景(2011年9月軽井沢にて)

 例えば、二酸化炭素排出量や給与水準のデータは、今のところ会計情報には含まれていません。しかし、投資家がそれを必要とするなら、専門家の立場として、それをどんなデータとして見せていくべきかを提案していくことが使命だと思っています。

 企業価値評価論は、数式をベースとするとはいえ、数式をこねくりまわして、専門外の人からは何を言っているのか分からないような論文を書くのは好きじゃありません。研究のレベルが低くては問題外ですが、高いレベルの研究を分かりやすく伝えることが重要でしょう。研究成果を社会貢献につなげるうえでも、やはりファンドマネジャーや経済アナリストといった、実務畑の専門家の方々に分かってもらえる言葉で発信していきたいと考えています。

大鹿 智基(おおしか・ともき)/早稲田大学商学学術院准教授

1976年東京生まれ。1998年早稲田大学商学部卒業、2000年同大学院商学研究科修士課程修了、2001-2002年シカゴ大学経営大学院留学、2004年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。2000年早稲田大学メディアネットワークセンター助手、2004年早稲田大学商学部専任講師を経て、2007年より現職。2010年9-12月香港理工大学客員研究員、2011年1-3月南洋理工大学客員研究員。