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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

森 稔幸/早稲田大学高等研究所助教 略歴はこちらから

生物の受精メカニズムを
分子レベルで謎解く

森 稔幸/早稲田大学高等研究所助教

分子細胞生物学に心惹かれて

 私が大学へ進学した1990年代は、遺伝子を基盤とした研究がブームの真っ直中で、分子生物学が脚光を浴びていた時代でした。高校生の頃から生物学に惹かれ始めたのですが、マクロな生態系よりはミクロな細胞の世界が好きだったので、私も分子生物学や細胞遺伝学に興味津々でした。卒業研究では迷わず細胞生物学の研究室に所属し、指導教員の田中一朗先生(現・横浜市立大学教授)の専門だった植物の生殖細胞で機能する分子の研究に取り組みました。田中先生はテッポウユリを主な研究材料とし、花粉の発生と生殖細胞分化の過程について研究されていました。花粉はその発生過程で内部に生殖細胞を形成し、生殖細胞はその後2つに分裂して精細胞(植物精子)に分化します(図1)。

図1 植物の花粉発生過程と受精様式
花粉発生における細胞分裂を経て形成された2つの精細胞(上図)は、受粉後に胚珠へと送られ、1つは卵細胞、もう1つは中央細胞と融合する(下図)。受精卵は胚となり次世代植物体へ成長し、受精した中央細胞は胚乳組織(胚への栄養供給組織。イネでいう白米部分)へと発達する。

 当時すでに、田中先生は花粉からの生殖細胞単離技術を開発されていて「生殖細胞には生殖に関わる特異的な“何か”があるはずだ」と口癖のように言われていました。“何”なのかの予想は漠然でしたが(笑)。その“何か”を探るために「生殖細胞で中心的に発現する新たな遺伝子を探してみたらどうか」と言われ、卒業研究で取り組みました。これが私の研究の原点で、それ以来今日まで一貫して、同じテーマ・同じ方法論でこつこつと研究してきました。

 初期の頃に見つけたいくつかの(非特異的)遺伝子の研究はあまり大きな成果になりませんでしたが、作業を進める中で効率的な遺伝子探索法の開発にはかなり磨きがかかりました。博士課程は東京大学に進んだのですが、そこでようやく花粉生殖細胞のみで発現する新規の遺伝子を発見し、「GCS1(GENERATIVE CELL SPECIFIC 1:花粉生殖細胞特異的遺伝子)」*と名付けました。GCS1遺伝子の産物、すなわちGCS1タンパク質は細胞膜に結合する分子で、予想通り花粉生殖細胞や精細胞の表面に局在することが分かりました(図2)。
*注)生物学のルールにおいては、遺伝子名は斜体(GCS1)、タンパク質名は通常体(GCS1)で表記します。

図2 GCS1タンパク質の発現観察
GCS1と緑色蛍光タンパク質GFPの融合分子(GCS1-GFP)をシロイヌナズナで発現させたところ、GCS1は精細胞の表面に局在することが分かった。左図は花粉内で光るGCS1-GFP分子の様子。右に図説したように、2つの精細胞の両方がGCS1を発現しているのが分かる。

受精を制御するタンパク質を世界で初めて発見

 次にGCS1がどういう働きをしているのかを調べるために、シロイヌナズナという実験用に広く普及している植物を使い、機能解析に取り組みました。GCS1遺伝子を破壊した変異株を用いて生殖における影響を調べたところ、受粉後の種子形成が野生株に比べて半減することが分かりました。この遺伝子1つの破壊で種子形成に影響が出るということは、GCS1分子が受精においてかなり重要な働きをしていると期待できます。変異株と野生株との掛け合わせ実験から、種子数が半減する原因は雄側(花粉側)にあることも明らかにしました。

 では、なぜ種子ができにくくなるのか。その原因こそがGCS1の直接の役割を反映していると考えられます。そこで、赤い蛍光タンパク質で標識したGCS1変異精細胞の挙動を追跡して調べたところ、胚珠の中で精細胞が卵細胞の外側に閉め出されていることが分かりました(図3)。つまりGCS1遺伝子が壊れている精細胞は、卵細胞と融合することができないのです。この観察データは、GCS1が精細胞と卵細胞の融合、すなわち受精に必須なタンパク質分子であることを示す決定的証拠となりました。

図3 シロイヌナズナGCS1変異株における受精阻害
GCS1変異株の花粉を、卵細胞の細胞膜をGFP標識した株に授粉し、その後の胚珠内を観察した。GCS1変異株の精細胞はあらかじめ赤色蛍光タンパク質RFPで標識してあり、その挙動が追跡できる。その結果、卵細胞を目前にしながら融合できない精細胞が観察された。左図はGCS1変異精細胞が進入した胚珠全体の様子。右図は左図の矢印部分の拡大像で、緑色に光る卵細胞のそばで受精できない2つ精細胞の様子が分かる。

 2006年にこの研究成果を論文にまとめ、世界的な科学誌「Nature Cell Biology」に発表しました。世界で初めて植物の受精にかかわる遺伝子を発見したということで、著名な新聞各紙にも取り上げられ注目を集めました。この時すでに博士課程も修了してポスドク研究員になっていました。地道な“モノ探し”研究から大きな成果を出すのがいかに難しく時間のかかることか。「30歳までに大成しなかったら、研究者としてはダメかな」と思っていたのですが(笑)、31歳まであと2ヵ月という時に成果を発表できて幸運でした。

マラリア原虫での発現も見出す

 GCS1のさらに面白いところは、植物だけではなく、原生生物(藻類、アメーバ、マラリア原虫など)や動物にも発現が見られることです。哺乳類や菌類にはないのですが、昆虫のような節足動物、イソギンチャクのような刺胞動物、そして海綿動物もGCS1を持つことが分かってきました。このことからGCS1は、植物、動物、原生生物の共通祖先にあたる、遥か大昔の真核生物が持っていた受精因子であるだろうと、世界的に考えられています。

 嬉しいことに、2006年の新聞発表を見た平井誠先生(当時、自治医科大学感染・免疫学講座)から、「マラリア原虫GCS1を調べてみたい」という相談を受けました。マラリア病を根絶するような有効なワクチンはまだ見つかっておらず、毎年100万人以上の死者が出ています。平井先生からは、「GCS1を狙った受精阻止による、マラリア原虫撲滅計画」を提案されました。さっそく始めた共同研究の結果、マラリア原虫の精子でも確かにGCS1が発現すること、そして植物と同じ様式で受精を制御することが突き止められました。

 当時、海外のライバル研究者たちも取り組んでいましたから、成果発表も競争でした。正月も家で論文を書くことになり、2008年、なんとかすべりこみで米国の権威ある学術誌「Current Biology」に発表することができました。この成果は、マラリア原虫のみならず、GCS1を持つ多くの原虫撲滅についても希望を広げました。

GCS1の次の受精因子を探して

 ここ最近は、GCS1の次なる受精因子探しが世界的競争になっています。雄側にGCS1があるなら、雌側にもそのお相手があるはずだし、雄側でもGCS1に関わる因子がまだまだ見つかる可能性があります。もちろん私も、それらをねらった研究を進めています。いま多くは語れませんが(笑)、数年前に海外や他の国内研究者たちとチームを組んで新たな受精関連遺伝子探しをしたところ、私だけが運良く可能性のある遺伝子を1つ見つけることができまして、現在精力的に解析を進めています。

 やってみたい研究のアイデアは山ほどあります。GCS1はまったく新規のタンパク質なので、機能的構造が見出されていません。GCS1は分子レベルでどんな働きをしているのか――例えば雌側の膜を壊す役割を果たしているのかなど、その詳細な機能を突き止めることも重要です。今後も様々な角度から受精現象の研究を続けていきたいと考えています。

森 稔幸(もり・としゆき)/早稲田大学高等研究所助教

1998年 横浜市立大学文理学部卒業、2000年 同・大学院総合理学研究科修士課程修了、2003年 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。日本学術振興会特別研究員PD(立教大学)、理化学研究所基礎科学特別研究員、同・基幹研究所研究員を経て、2011年から現職。日本植物学会若手奨励賞(2006)、日本植物形態学会平瀬賞(2006)、平成25年度 文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。