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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

胡桃坂 仁志/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

エピジェネティクスの最前線で
遺伝子の発現と制御の仕組みを探る

胡桃坂 仁志/早稲田大学理工学術院教授

遺伝子のプログラミング機構を探る

 エピジェネティクスといわれる遺伝子研究の新しい領域が、私の専門です。ヒトゲノム解読計画によって、人間の遺伝情報の配列はすべて読み解かれましたが、ではそれらの遺伝情報はどのように機能しているのか――1つの受精卵から成体が形成される仕組み、様々な病気の原因や発症と遺伝情報の関係の解明が、次なる課題となってきました。遺伝子の配列情報だけでは見えてこない、その背後にある遺伝子の発現と制御の仕組みを解明しようという研究が、エピジェネティクスです。

 人間の身体は60兆個の細胞で出来ていますが、もとを辿ればただ1個の受精卵です。たった1つの細胞が分裂を重ねて60兆個の細胞になり、人間のかたちが完成する。しかし、すべての細胞は同じ遺伝情報をワンセット持ったままで、部位によっての違いはないのです。たった1つの細胞が分裂していくだけなのに、なぜ手が出来て、指が出来て、心臓が出来て、目が出来て、皮膚が出来ていくのか――「発生と分化」という、生物の最も不思議な部分の1つです。

 その秘密はどうもプログラミングにあるらしい、皮膚細胞では皮膚になるのに必要な遺伝子だけがONになっていて、他の情報はOFFになっている――そう考えられています。そして、そのプログラミングはリセットできるということが、50年余り前にカエルの受精卵のクローン実験で明らかになり、さらには哺乳類でもクローン羊が実現され、近年では山中伸弥・京大教授のiPS細胞(人工多機能幹細胞)研究により、人間でも皮膚などの細胞から万能細胞を形成して他の部位の移植治療に用いる方法に道が開かれました。2012年のノーベル医学・生理学賞で、カエルでの実験を成功させたジョン・ガードン博士と、山中教授とが同時受賞となりましたが、その背景にはこうした歴史的経緯の中での両者の貢献があります。

 しかしながら、このON/OFFのプログラミングが、具体的にどういうメカニズムで行われているのかは、まだまだ未解明です。私も研究に取り組んできて、最近になって制御の仕組みが少しずつ分かってきました。ヒトの細胞では、2メートルもの長さのDNAが、直径わずか5マイクロメーターほどの細胞核に、幾重にも折り畳まれて収まっています。しかし、完全に折り畳まれたままでは情報を転写することができません。何らか必要な情報を読みに行くには、多少なりとも開いた状態になっていることが必要となるのではないか。この遺伝子の折り畳まれ方こそが、ONとOFFのプログラミング制御に関係するのではないかと考えられるようになってきました。

セントロメアの構造を世界で初めて解明

図1 染色体中心部のセントロメアは両側から紡錘糸で引っ張られ、細胞は2つの娘細胞に均等配分されていく

図2 左がセントロメア領域で見られるCENP-Aヌクレオソーム、右は通常のH3ヌクレオソームの基本構造

図3 遺伝子はたんぱく質にDNAが2回巻き付いた円盤状の構造=ヌクレオソームの連なりによって構成される

 最近の私の研究成果の1つに、セントロメアと呼ばれるヒト染色体の中心領域(図1)の構造を明らかにした研究があります。セントロメアのくびれ部分は、細胞分裂の際に遺伝情報の継承を果たす重要な部位だと考えられています。私の研究チームでは2011年に、折り畳まれたDNAの両端が他とは異なり、外側に開いた構造になっていること(図2)、また染色体の構造体ヌクレオソームが、他とは異なるタンパク質を取り込んだ特殊な立体構造を持っていることを世界で初めて原子分解能で明らかにし、世界的な科学誌Natureに論文を発表しました(→参考資料)。

 セントロメア領域の基盤構造の発見は、遺伝子情報の発現メカニズムの解明はもちろん、染色体異常を原因とする疾患や、細胞のがん化機構を解明するために重要な手がかりを与えるものとなります。生体の中では、細胞は水の中にあってブラウン運動をしています。理想的には静的な構造だけではなく、運動の中での動的な構造を解析することが重要になります。ヌクレオソームは鈴なりに連なった構造をしていますが(図3)、この中の1つだけを取り出して解析し、その結果を図2のような3次元の立体映像に表しました。

 じつは、このヌクレオソーム1つ1つの構造はすべて同じではなくて、両端部が開いている構造と閉じている構造とが混じり合って並んでいるのではないかと考えています。今後はさらに、こうしたヌクレオソームが連なる構造体(クロマチン)の動的構造について詳しく解明していきたいと思っています。2013年度の文部科学省科学研究費補助金の新学術領域研究「動的クロマチン構造と機能」を、領域代表として提案し、これが採択されて、5年間の大きな研究プロジェクトを本格化させているところです。

 このほか、DNA損傷の修復メカニズムについても研究しています。DNAは様々なかたちで損傷を受けます。放射線の照射によって二重鎖の切断が起きて、切れたままにしておくとそれが原因でがんになります。また紫外線を浴びると、塩基と塩基が架橋されるDNA架橋が起きる。これもがんの原因になります。通常、人間の身体には、こうした損傷を自分自身で治すメカニズムが備わっています。しかし、先天的に損傷が治せなかったり、損傷が過剰に進んだりすると、治せなくなってがんになるわけです。

 アルコールの摂取でもがんになりやすい人がいます。アルコールはやがてアルデヒドとなり、その後酢酸へと代謝されますが、アルデヒドに代謝されると悪酔いして気分が悪い状態になります。アルデヒドは、DNAの二重鎖をくっつけてしまう鎖間架橋を起こし、これが修復されないと、情報を読み取らせることも細胞分裂もできなくなってしまいます。アルコールを原因とするがんに、ファンコニ貧血といわれるものがあり、日本では最近になって患者さんの存在が認知されるようになりました。このファンコニ貧血のDNA損傷のメカニズムなどについても、共同研究を行っています。

図4 胡桃坂教授が構想するクロマチンの世界を描き出したオリジナルCG映像より

研究という夢を追って生きる

ギターを演奏する胡桃坂教授

 じつは小学校の頃からミュージシャンになりたくて、そのために東京の大学に進学したと言っても過言ではないのですが(笑)、学部を終えて大学院に進学した頃から、「ああミュージシャンは無理かな」と思うようになりました。気づくのが遅いですよね…。その一方で指導教員との出会いもあって、必死で勉強もしましたし、研究がどんどん面白くなってきた。「夢を追う」のが自分の人生の信条だったので、それなら研究という夢を追って生きていこうと決めたわけです。

 研究室の学生たちにも、安易に就職を決める前に、「自分の夢を追う」ことを考えてみろと言っています。この分野では、修士を出たくらいでは専門の研究職に付くことは難しく、卒業後の進路は様々です。一方で、博士課程まで進んで学位を取った人たちは、国内外の大学や民間の研究機関などで活躍しています。じつは最近、教え子が初めて准教授になって、自分の研究室をかまえました。これはうれしいですね。これから教え子たちがどんどん研究室をかまえてくれて、歳を取ってリタイアしたらぐるぐる巡って歩くのが夢ですね。彼らが「おい、先生そっちへ行ったぞ」なんて連絡網で連絡し合って、私が邪魔をしにいく…(笑)。そんな将来を楽しみにしています。

左:研究室(居室)風景(50号館TWIns内) 右:夏合宿(2013 軽井沢)

胡桃坂 仁志(くるみざか・ひとし)/早稲田大学理工学術院教授

1989年 東京薬科大学薬学部卒業 薬剤師、1995年 埼玉大学大学院 理工学研究科博士後期課程修了 博士(学術)。1995~97年 アメリカ合衆国 国立保健研究所(NIH) 博士研究員、1997~03年 理化学研究所 研究員、2003~07年 早稲田大学理工学部 電気・情報生命工学科 助教授。2001~07年 横浜市立大学大学院総合理学研究科 生体超分子システム科学専攻 客員准教授、2007~08年 早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 准教授、2008~12年 横浜市立大学大学院 総合理学研究科 客員教授、2003年~現在 理化学研究所 客員研究員、2012年~現在 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 客員教授、2008年~現在 早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授。