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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

岩井 雪乃/平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)助教 略歴はこちらから

アフリカ研究の経験と知識を
学生ボランティア活動につなぐ

岩井 雪乃/平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)助教

アフリカの人々のパワーに魅せられて

 動物保護が人間生活におよぼす影響や、野生動物と人間社会の関係について探る研究が、私の専門分野です。大学進学の時からアフリカと動物保護に関心があって、環境保護学科に進み、卒論ではニホンジカと林業の関係について調査しました。学部時代に、近所の知り合いの方に誘われてケニアへ行く機会があり、自然や動物もさることながら、アフリカの人たちのパワフルさに強烈に魅せられて、大学卒業後すぐに青年海外協力隊に応募し、高校の理数科教員としてタンザニアに2年間滞在しました。

 その時は動物保護地域で生活する住民について知る機会がほとんどなく、日本に戻った後、大学院に進学して研究に本格的に取り組みました。タンザニアのセレンゲティ国立公園に隣接するイコマ地域(図1)を研究対象に、保護政策が地域住民の生活や文化に与えた影響を探る調査を行いました。とはいえ、現地につてがあったわけでもなく…(笑)。国立公園の近隣の村を独りでうろうろしたのですが、ホテルもゲストハウスも何もない。揚げパンと紅茶を出す小さな店で、「この村で泊まれるところはない?」と聞いてみたところ、おかみさんが「じゃあ、うちに泊まりなさい」と言ってくれました。それ以来このおかみさん、ママルーシーの一家に、ホストファミリーとしてお世話になってきました(写真1)。

図1 セレンゲティ国立公園とイコマ地域

写真1 ママルーシーの家

狩猟民族としての価値基盤の喪失

写真2 伝統的な狩猟の様子(再現)

 最初は、村の生活の現状を調査してまわりました。いきなり知らない日本人が訪ねて家計や生活事情を根掘り葉掘り聞いて怒られないかと心配でしたが、「お客様は神からの恵みだ」と考えるアフリカの人たちの人情の温かさ、優しさに支えられて、結局約200世帯すべての家計調査を行うことができました。この調査から修士論文をまとめました。その結果、野生動物の保護政策は地元住民にほとんどなんのメリットももたらしていない、むしろデメリットが大きいというのが私の結論でした。

 国立公園は、村人たちに建設現場や警備員などのアルバイトの職を提供し、いくばくかの収入源にはなっています。しかしタンザニアの国家収入の第2位にまでなった観光産業の恩恵が、地域に回っているとは言えません。かつてはヌーやシマウマを狩猟して食べていたのが禁止されて、貯金である家畜を食べるか、肉を市場で買ってくるかしなければならなくなりました。そしてそれ以上に、「狩猟ができて一人前の男だ」という社会的地位を形成する基盤が奪われました。狩猟をつうじて継承されてきた民族知識や文化というアイデンティティが失われつつあり、それに替わるものをいまだ見出せていないのが実情です。

 博士課程では、昔と現在とで何が変わったのか、長期的な地域の変化を探るために、3つの村で250人にインタビューをして歩きました。村を離れてサバンナに狩猟に行くこともなくなり、また近くの村とも徒歩ではなく乗り合いバスで行き来するようになり、野生動物との接触が危険を伴うものではなくなりました。若い世代に至っては、バスの中から「あ、ライオンがいる!」と見るだけで、観光客と同じような感覚に変わってきていることが分かりました。

 こっそり密猟もしてきました。最初私は「禁止されている狩猟をしてしまうのは、彼らが動物の価値を知らないからだ」と思っていました。ところがどうもそうではない。村人は、西洋からやってきた価値観がもたらした理不尽な状況に、真っ向から抵抗するすべを持っていなかった。集団でまとまって声を挙げる方法も知らなかった。弱者なりの精一杯のささやかな抵抗が、決められたルールに従うふりをしつつ破る――家畜を飼うための援助を受けつつ、狩猟もこっそり続けることでした。途上国の農村研究で「弱者の抵抗」といわれる現象です。

写真3 村の会議の様子

 最近になって、村から国会議員を出そうとしたり、国会に陳情に行ったりするなど、政治や社会の仕組みそのものに働きかける動きが活発になっています。隣接地にアメリカ資本の観光ホテルが建った時には、敷地が村の土地を侵食していたので、裁判に訴えて法的に戦いました。以前のような弱者の抵抗だけでなく、近代的な法廷闘争も取り入れるようになっています。

学生ボランティアと再びタンザニアへ

 2005年に、WAVOC(平山郁夫記念ボランティアセンター)に職を得て、現在はアフリカでの経験と知識を活かしながら、学生ボランティアと現地をつなぐ仕事もしています。以前から、アフリカと先進国の不平等な状況に対して、さらに踏み込んで何かしたいという気持ちは強くあって、大学院の時に、、アフリック・アフリカというNPOを立ち上げていました。WAVOCで仕事として支援活動に取り組めるようになったのは、私にとってとても幸運なことでした。

 WAVOCではボランティア・プロジェクト「エコミュニティ・タンザニア」を立ち上げて、毎年10人前後の学生を連れて慣れ親しんだイコマ地域を訪れ、2週間ほどホームステイをしながらのボランティア活動に取り組んでいます(表1)。立ち上げ時は、村議会の議員たちと話し合いの場を持って学生たちとヒアリングを行い、その結果、国立公園から出てくる象による農作物被害が大きな問題であることが見えてきました。

 家々を訪ね歩いて被害状況を調査したところ、被害は9割の世帯に及ぶ甚大なものでした。ドラム缶を叩いたり、煙を炊いたり、色々工夫したけれど、ほとんど効果がない。そんな中で、夜間に自動車のライトとエンジン音で脅すと効果的だということが分かり、三菱自動車から特別仕様の車を寄贈していただき、このパトロールカーの管理を中心とする活動を展開してきました。

 最近は、ミツバチで象を追い払うというユニークな方法にも取り組んでいます。ケニアで成果を挙げている対策で、収穫された蜂蜜が副収入をもたらす一石二鳥の取り組みです。今では行く先々で「うちにも早く養蜂箱をくれよ」と声をかけられるようになりました。今年度は、本学とブリヂストンの連携による環境活動プロジェクトW-BRIDGEから助成金を受けて、さらに養蜂箱を増やしています。

写真4 養蜂箱の設置を手伝う学生たち

 ボランティア活動などの社会体験は、あとから振り返って省察すること(=リフレクション)がとても大切です。私が連れて行った学生たちも、村の人たちが苦しんでいる実態を目の当たりにして、環境を守る、動物を保護するということが、必ずしも良いことだけではないこと、日本で当たり前に言われていることへの批判的思考や多角的視点を体得することができたと思います。WAVOCでは全学の学生を対象にオープン科目を開講しており、私の担当科目の1つに「体験の言語化」という授業があります。ボランティア活動を通じて学んだことをあらためて振り返り、言葉にして共有し、自分自身の成長につなげることを目的としています。来年度からはアルバイトやインターンシップなど、学生が体験してきた多様な活動に対象を拡大して受講生を広く受け入れるようにし、WAVOCの看板科目として力を入れていきます。

 タンザニアに通うようになってもう15年――私にとっては第2の故郷です。学生たちを連れていったときには、「ユキノがこんなに立派な先生になって帰って来た!」と村のみんなが喜んでくれました。夫と2人の子どもを連れて行ったときには、「おまえたちはもう村の人間だ。土地をやるから家を建てろ」と言われて、本当に土地を用意してくれて…(笑)、ありがたいです。いつかは家を建てたいですね。

WAVOCでの活動をまとめた本も執筆。東北大震災の後、1年間は学生を連れて被災地ボランティア活動に没頭。その記録を写真右の『学生のパワーを被災地へ!―「早稲田型ボランティア」の舞台裏』(編著/早稲田大学ブックレット)にまとめた。

岩井 雪乃(いわい・ゆきの)/平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)助教

1993年、東京農工大学農学部環境保護学科卒業。2003年、京都大学大学院人間・環境学研究科 アフリカ地域研究専攻 博士課程単位取得退学。博士(人間・環境学)。専門は環境社会学、アフリカ地域研究、野生生物保全論、ボランティア教育。青年海外協力隊(JICA)ボランティア、特定非営利活動法人 アフリック・アフリカ代表理事(現在も併任)などを経て、現職。著書に『グローバル社会を歩く―かかわりの人間文化学』『世界をちょっとでもよくしたい―早大生たちのボランティア物語』(以上、共著)ほか。