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研究力

▼知の共創—研究者プロファイル—

日野 愛郎/早稲田大学政治経済学術院教授 略歴はこちらから

データ分析を通して政治現象を読み解く

日野 愛郎/早稲田大学政治経済学術院教授

ヨーロッパの民主主義に惹かれて

 私の専門を一言で表すのは難しいのですが、自分では比較選挙学とでも言うべき学問領域だと考えています。ベルギーを中心に現地に滞在して、ヨーロッパの政党政治や有権者の投票行動の比較研究をしてきたので、地域研究という側面も大きいですが、コンピュータを使って大量のテキストを分析したり、計量経済学の分野で開発された分析手法を導入したり、質的比較分析(QCA)と言われる分析手法を採り入れたりと、データ分析の多様な手法に興味を持ってきたという側面もあります。講義では、学部の授業の他に、大学院のジャーナリズムコースで、ジャーナリスト志望の学生や現役のジャーナリストを相手に「リサーチデザイン」や内容分析の基礎を教える科目を担当したりもしています。

 そもそも海外の政治に興味を持つようになったのは、大学2年のときに交換留学生で1年間、オバマ大統領も学んだロスアンゼルスのOccidental Collegeで勉強した頃からです。留学先の大学で国際関係論や外交政策を学んだことがきっかけで、国連などの国際機関で働くことに憧れを抱きました。国際公務員になるには少なくとも修士号を持っていることが必須だったので、ともかく大学院へ進んで、国際政治や外交政策で学位を取ろうと考えたのが最初の動機です。その後、アメリカが外交政策の1つの柱として「民主化」を掲げるようになったことに興味を持っていくなかで、ヨーロッパの民主主義に出会いました。

バルセロナの政治社会科学研究所(ICPS)でのセミナー報告

 ヨーロッパにはベルギーやオランダをはじめ、複数の言語、文化、民族が混在しながら、民主化を遂げてきた国家が見られます。政治学者のアーレンド・レイプハルトが、「多極共存型民主主義=コンソシエーショナル・デモクラシー」という言葉で、この独特の民主主義のありようを表現しています。私はなぜそんなことが可能になっているのか、学術的に深く研究してみたいと思いました。なかでも狭い領土にオランダ語、フランス語、ドイツ語の3つの言語圏が共存しているベルギーに強い関心を持ちました。修士課程では日本に居ながら、ベルギーの世論調査データを取り寄せ、ベルギー人の価値観の変容が投票行動に及ぼしている影響についてデータ分析から探り、修士論文にまとめました。

ベルギー・カトリック新ルーヴァン大学比較政治センター(CPC)の同僚と

 ヨーロッパでは、キリスト教民主主義政党、社会主義政党、自由主義政党の、3つのタイプの伝統政党が存立してきました。対立はありつつも、3党間のエリート調整によって妥協の政治を行い、安定した民主主義社会が成立してきたと言われます。ところが1970年代以降、3つの新興政党が台頭するようになる。1970年代から地域民族主義政党が活発化し、1980年代からは環境政党が出現し、1990年代以降は移民排斥や既得権益の打破を謳う右翼ポピュリスト政党が登場してきます。ヨーロッパ諸国では、この3つの新興勢力の構図が大きくは共通しているのですが、よく見ると国によってその勢力図がかなり異なるのです。

 例えば、ベルギーもオランダも、世論調査では環境や生活の質に対する価値観は強く出ているのに、ベルギーでは環境政党は強いけれども、オランダではそうでもない。この違いは何に由来するのか。選挙制度、政党助成金制度、政見放送制度、伝統政党のマニフェストなど、様々な変数からうまく説明できないか――。修士論文でベルギーの研究に取り組んだあとで、さらにこうした国家間の違いを調べたいと考えるようになり、博士論文ではいよいよヨーロッパに活動拠点を移して、15ヵ国の比較研究に取り組みました。

15ヵ国の時系列データを緻密に分析

 ヨーロッパへ行くにあたって、どこの大学院に進学すべきかとても迷いました。ベルギーの大学院へ進学すれば、修士の地域研究からの展開や、ベルギーはじめ周辺国へのフィールドワークにも最適です。しかし結局、イギリスのエセックス大学の博士課程へ進学しました。エセックス大学では、統計分析を重視するアメリカ型の政治学の博士課程プログラムをいち早く採り入れていました。日本人である自分がヨーロッパ研究で注目されうる成果を出していくには、人と違う強みを持っていなければならない。そう考え、徹底的に分析手法を学ぼうと考えたのです。

博士論文は学術出版社Routledge社から単著で出版された。“New Challenger Parties in Western Europe: A Comparative Analysis” (Routledge Research in Comparative Politics、2012年)

 2001年からイギリスを拠点に3年間勉強したのち、ベルギーへ滞在拠点を移します。北部オランダ語圏のフランデレン政府給付奨学金を得て、カトリックルーヴェン大学の社会政治世論調査研究所(ISPO)に研究員として籍を置きました。この間、15ヵ国の新興政党のデータ収集に努めました。15ヵ国すべてから比較可能なデータを集めるために、実際に各国へ足を運んで、現地の協力者の方とも直接に話し合いながら進めました。そうして丹念に集めたデータをもとに、新興政党の台頭を分析する緻密なデータベースを構築していきました。

 ヨーロッパの研究者からは「15ヵ国なんて無理だろう」と言われたりもしたのですが、データ収集と分析に集中して取り組み、計量経済学の分野で発展してきた「二重ハードルモデル」という分析方法を導入するなど、研究の独自性も追究して、2006年には博士号を取得できました。博士論文はその後学術出版社のRoutledge社から単著で出版することができました。

図1:新興政党の出現・台頭についての比較分析の枠組み

ビッグデータから投票予想も可能に

 本学に着任してからは、文科省GCOE拠点「制度構築の政治経済学」で、世論調査の事業推進担当者を務めるなどしてきました。日本人の価値観と投票行動の研究にも様々な観点から取り組んでいます。ヨーロッパと同様、有権者がどのような状況、環境に置かれているのかを緻密に見ていくことを心掛けています。例えば、選挙調査においても、選挙区ごとの違いなども細かく分析していくことで、日本の選挙過程についてもっと緻密な説明ができるのではないかと考えています。

GCOE拠点「制度構築の経済学」において実施された、日本初のノートパソコンによる全国世論調査(CASI調査)

 ビッグデータの時代と言われるように、最近ではコンピュータによるテキスト分析が大きな進歩を見せています。私もこの手法は多用しています。例えば、イタリアの研究者との共同研究で、日本の国会の所信表明、施政方針演説、代表質問などの議事録をすべてコンピュータに取り込んで分析を行い、言葉の共起関係を探り、各政党の政策の位置推定を行う研究などしています。ビッグデータ解析には、こうしたコンピュータ・コーディングと言われる機械的な分析手法に対して、人が分析のベースとなる教師データを作成するヒューマン・コーディングという手法と、それをもとにコンピュータに機械学習をさせて分析するのを組み合わせたやり方もあります。いわば「コンピュータ」vs.「人智」の戦いでしょうか(笑)。

同拠点での新しい世論調査の取り組みについてまとめた書籍『世論調査の新しい地平:CASI方式世論調査』(田中愛治・政治経済学術院教授との共編著/勁草書房、2013年)

 2つの方法の対決事例として興味深いのが、SNS(ソーシャルネットワーク)に投稿された膨大なデータから、アメリカ大統領の投票結果を州ごとに予測分析したプロジェクトです。2012年のオバマ大統領再選時の選挙過程をめぐって、2つのシステムがSNSからのデータ分析に挑戦しました。1つはTwitter社が開発したTwindexという、コンピュータ・コーディングのアプローチでテキスト分析していくプロジェクトです。もう1つが、先ほどのイタリア人の共同研究者が取り組んでいる、ヒューマン・コーディングと機械学習を組み合わせたデータ分析のプロジェクトです。結果から言えば、後者のヒューマン・コーディング+機械学習が、圧倒的に精度の高い予測結果を出しました。「どちらの候補者に転ぶか分からない」といわれるスウィング・ステートが11州あったのですが、2州を除いてすべて当ててしまいました。

 こうした新しい技術を背景に、ツイッターなどのSNSのデータが、世論調査に対抗する新しい世論データとして急浮上しています。ユーザーは若い世代が中心となりますが、彼らの投稿内容の傾向から、投票結果の大勢を読み取ることはできます。GPSなどで位置データが取れているので、地域ごとのデータを分析することもできます。世論調査に取って代わることはないにせよ、新しい指標として一定の価値を持っていると思います。日本はまだまだ遅れていますが、技術的には十分可能で、いずれ日本でもリアルタイムの投票結果の予測ができるかもしれません。

 これから日本人の選挙行動や政治意識、日本の政党政治のあり方などを緻密に研究していくためには、ヨーロッパ研究で構築したようなデータアーカイブを充実させていくことが重要な課題です。長期的な姿勢で取り組み、オープンデータとして多くの研究者に活用してもらえるようにしていければと考えています。

日野ゼミは3・4年で36人ほどのメンバーを抱えるにぎやかなゼミ。1期生の作による日野先生の似顔絵がトレードマークだ。

[インタビュー・構成:田柳 恵美子]

日野 愛郎(ひの・あいろう)/早稲田大学政治経済学術院教授

1998年早稲田大学政治経済学部卒業、2000年同・大学院修士課程修了、2006年英国エセックス大学政治学大学院博士課程修了、Ph.D取得。2004~05年ベルギー王国・フランデレン政府給費留学生としてカトリックルーヴェン大学社会政治世論調査研究所に滞在。2006~07年ベルギー王国・カトリック新ルーヴァン大学比較政治センター・フェロー。2007年首都大学東京(東京都立大学)社会科学研究科 兼 都市教養学部法学系政治学コース准教授、2010年より早稲田大学政治経済学術院准教授。2014年より現職。
著書に“New Challenger Parties in Western Europe: A Comparative Analysis” (Routledge Research in Comparative Politics)、共著書に『世論調査の新しい地平:CASI方式世論調査』『2009年、なぜ政権交代だったのか:読売・早稲田の共同調査で読みとく日本政治の転換』『ヨーロッパのデモクラシー』他、海外での共著書も多数。