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研究力

▼知の共創—研究者プロファイル—

薩摩 真介/日欧研究機構 次席研究員・研究院助教 略歴はこちらから

「海戦は儲かる」という
近世イギリスに現れた言説の背景と影響を探る

薩摩 真介/日欧研究機構 次席研究員・研究院助教

■カリブ音楽をきっかけに海賊の研究へ

 私の専門はイギリス史で、なかでも日本では研究者がほとんどいない近世イギリスの海軍や、北米、カリブ海の海賊、私掠者をめぐる研究に取り組んできました。卒業論文では、アメリカの魔女狩りを扱いましたが、大学院進学にあたりテーマを変える必要が出てきました。当時レゲエなどカリブ海の音楽が好きだったことから、カリブ海の歴史に興味を持ち、研究書を読んだところ、植民地をめぐるダイナミックな歴史と文化の展開に心ひかれました。イギリスなどの植民地拡張において海賊が果たした役割に関心をもって、修士課程ではバハマの海賊を題材に、イギリスによる海賊鎮圧政策について研究しました。

 その後、日本で博士課程に進んだのですが、イギリスの植民地や海賊だけではなく、イギリス本国のことや海軍の歴史も学んだほうがよいと思うようになり、そのためには留学が必要と考え、2006年から約3年半、イギリスの海事史の拠点であるエクセター大学に留学しました。留学先では新たなテーマに取り組みました。

プリマスにあるフランシス・ドレイク像

 16世紀初頭から19世紀初頭まで、イギリスでは「海こそイギリスにとってふさわしい戦いの場である」という考え方が大きな影響力を持っていましたが、その背景として「スペイン相手に中南米の海で戦うと儲かる」と信じられていたということがありました。近世を通じて海洋は富を得る場と考えられ、海賊行為だけでなく、私掠(しりゃく:国家に認可された掠奪行為)や海軍による拿捕行為などの合法的掠奪によって富を獲得する仕組みが存在していました。それもあって、イギリスでは戦争になると経済的利点のある海戦、とくに敵国の資金源とみなされていたスペイン領植民地での海戦を積極的に行うべきだという声がたびたび登場したのです。

 留学中の研究では、このような海戦を支持する言説の内容や支持の背景、現実の政策への影響などを、史料を読み解いて調べました。18世紀の海軍を研究するイギリス人研究者の関心はもっぱら、いかにして海軍が発展していったかということに向けられる傾向があり、「海戦が儲かる」という言説を、真正面から研究しようという人はイギリスでもほとんどいませんでした。私は日本人で完全にアウエイだし、まあ変化球で行ってみようかなと(笑)。

 この「海戦は儲かる」という言説の起源は、16世紀の海軍提督で、スペインの無敵艦隊を撃破した国民的英雄、フランシス・ドレイクの時代に遡ります。ドレイクはスペイン領植民地に対し海賊的掠奪を繰り返して多くの戦利品をもたらしました。この時の歴史的記憶をもとにした「海での戦いは儲かる」という一種の神話が、様々な立場の政治家に共通の利害として支持され、近世を通して存続していったのです。

■ロンドンで歴史史料と向き合う

 エクセター大学では、近世イギリス海軍史の第一人者であるN・A・M・ロジャー教授(現オックスフォード大学オールソウルズカレッジ・シニアリサーチフェロウ)に指導を仰ぎました。日本には近世イギリス海軍史を専門とする方がいなかったので、海外に指導者を求める必要がありました。まったく面識はなかったのですが、メールを送ったところ丁寧な返事をいただきました。その後、論文を英訳して送ったところ面白がっていただき受け入れていただくことができました。

 大学院での指導は、日本のようなグループゼミ形式ではなく、指導教員との1対1でのスーパービジョン方式といわれるスタイルです。当初は2時間くらいかけて何を研究すべきかを話し合う、じつに濃密な時間でした。振り返ってみると、ロジャー先生にご指導いただいたことは本当に幸運でした。ロジャー先生は文書館員を長く務められていたことから様々な史料にも精通され、知識量も語学力も圧倒的。イギリスの歴史家の真髄ともいえるような方で、もっか百年に一回出るか出ないかというような海軍史の通史の三巻本を書かれています。

デジタルカメラで記録した古文書の例

 研究計画が固まったところで、本格的な文献調査を始めました。歴史学では、その当時に書かれた公文書や手紙などの一次史料の調査がきわめて重要です。もちろん長い時代や大きなテーマを扱う時には研究論文や本などの二次文献にのみ依拠することもありますが、まずは一次史料を読み込む経験が必要です。エクセターからロンドンまで、電車やバスで3時間くらいかけて出かけ、国立公文書館や大英図書館に朝から晩まで一日中こもってひたすら史料と向き合う。イギリスで、このような職人的な文書館調査に没頭できたことが、何よりの経験でした。

 古文書はすべて手書きで、貸出禁止。国立公文書館はデジタルカメラでの撮影が許されていますが、大英図書館はだめなので、重要なところを一字一句パソコンに打ち込んで転記します。調査では、海軍関係の公文書、政治家たちの私文書、そして新聞やパンフレットなどの印刷物と、大きく3つを対象にしました。公文書はきちんとした字で書かれていますが、政治家の私的なメモなどが読みづらい。しかし、慣れが肝心で、にらめっこしていると綴りが見えてきます。

博士論文はイギリスの出版社から書籍として刊行された。“Britain and Colonial Maritime War in the Early Eighteenth Century: Silver, Seapower and the Atlantic” (Woodbridge: Boydell Press, 2013)

 史料を細かく読んでいくと、海戦を支持する言説にも何種類かあることが見えてきました。時代状況に応じて、支持勢力が交代することもありました。例えば18世紀初頭のスペイン継承戦争期には、南米市場の覇権をめぐって英仏が争い、最終的にはイギリスが優位を得てスペイン領植民地との合法的貿易権を得ます。これ以後、それまでは対スペイン強硬策を主張することもあったイギリス政府は公的貿易への打撃を恐れて対スペイン強硬策がとりにくくなったのに対し、野党は強硬策を積極的に主張するようになった、といった具合です。

 また、政治家たちと商人たちでは、支持のスタンスも異なりました。政治家は商業的観点からだけでなく軍事戦略的観点からも海戦支持の言説を主張しましたが、商人など経済的利害集団の目的はあくまで貿易の継続と利益でした。商人たちも市場確保のためにスペイン領への海軍遠征計画を支持することもありましたが、密貿易のような形であっても貿易さえできるならば無理に武力行使する必要はないというスタンスでした。このように海戦を支持していても、政治家たちと商人たちとでは考え方にも行動にも温度差があったことが分かりました。

 調査に臨むときには「こういうことなんじゃないか」という漠然とした仮説のようなものはあるのですが、ある程度史料を読んでいくとだいたい裏切られる(笑)。史料との相互作用のなかで、仮説を修正しながら論旨を構築していきました。こうした地道な作業を重ねて完成した博士論文は、その後2年ほどかけて本にして出版することができました。海外の学会で研究発表したところ、意外に反応が良くてうれしかったです。海事史の国際学会で研究発表したときには、アメリカ人の海軍史の大家の先生が発表後にわざわざ面白かったと言いにきてくれて、とても感激しました。

     
■日本との関係史にも挑戦したい

ポーツマスの港に係留展示されている戦列艦ビクトリー号

 エクセターは、外国人の多いロンドンとはだいぶ違って旧きイングランドがそのまま残っているような場所でした。日本人も少なくアウエイ感はありましたが、逆に一昔前のイギリスのような雰囲気にどっぷり浸かれたのは貴重な体験でした。

 日本に戻ってからは、海軍史ではさらにこの後の時代へと研究を展開し、1年に1回はイギリスへ史料調査に出かけています。一方、留学前のテーマだった海賊と私掠の研究にも改めて取り組んでいます。また、海の歴史に興味のある学生のための概説書(写真)にも執筆しました。執筆の過程では、良いものを仕上げようと他の執筆者の方々と何度も集まって議論を重ねました。

『海のイギリス史:闘争と共生の世界史』(共著、昭和堂、2013年)

 

 この研究を始めてから海軍や海賊ものの映画や本なども、見たり読んだりするようになりました。人気の「ワンピース」も原作の漫画を読んでみました。研究の参考というよりは学生たちとの会話の材料にもなりますしね。今後は、海賊と私掠についての専門書を書き上げ、また、より一般向けの本の執筆や、まったく違う日本との関係史などもやってみたいと考えています。

薩摩 真介(さつま・しんすけ)/日欧研究機構 次席研究員・研究院助教

2004年早稲田大学文学研究科修士課程修了。2010年エクセター大学人文社会科学研究科博士課程修了。歴史学博士(PhD)。早稲田大学非常勤講師、同朋大学専任講師などを経て、2014年より現職。専門分野は、近世・近代イギリス史、イギリス海事史、大西洋史。著書に、Britain and Colonial Maritime War in the Early Eighteenth Century (Boydell & Brewer) 、『海のイギリス史』(昭和堂、金澤周作他との共著)などがある。2014年度早稲田大学リサーチアワード受賞。