早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > 知の共創—研究者プロファイル—

研究力

▼知の共創—研究者プロファイル—

ファーラー グラシア(LIU-FARRER, Gracia)/早稲田大学国際学術院教授 略歴はこちらから

アジアを、世界を越境する
移民のアイデンティティを探って

ファーラー グラシア(LIU-FARRER, Gracia)/早稲田大学国際学術院教授

移民研究をライフワークに

 小さい頃から、人の移動に興味がありました。中国には「戸口」という戸籍制度があり、人々は戸籍によって土地に縛られ、最近までは自由に移動することができませんでした。政治的理由でたくさんの家族が離ればなれに暮らさなければならず、我が家でも父は上海、母と私は江蘇省の小さな街で長く別々に暮らしました。10歳から上海で一緒に暮らせるようになり、都会の恵まれた環境で「私の新しい人生が始まった」と感じました。同時に、ずっと田舎で貧しく暮らすしかない人々もいる不公平さを疑問に感じてきました。

 中国の復旦大学を卒業後、アメリカのシカゴ大学に留学して教育学を学びました。修士号を取得した時、夫が日本で研究者の職を得ることになり、私も一緒に日本へ移住しました。どうせ日本へ移り住むなら日本の中国人移民の研究をするべきだと考えて、研究計画を立て、シカゴ大学の社会学の博士課程へ進学しました。深く思い入れできる研究テーマでなければと、小さい頃から関心があった人の移動をライフワークにしようと決めたのです。

 1986年以降、中国人の国外移動は緩やかに開放されつつあったものの、私が日本に来た90年代の終わり頃にはまだ不法滞在者もたくさん居ました。シカゴ大学の社会学は、研究者自身がコミュニティに深く入り込んで、観察や体験やインタビューなどを通して調査する「参与観察」といわれるフィールドワーク手法で伝統を築いてきたところです。私もその教えのもと、日本の中国人コミュニティをフィールドとして調査研究を行いました。

 最初は中国人移民とのつながりもなく、中国食料品店で見知らぬ中国人に話しかけてみたりもしました。本格的なフィールドワークは、中国人コミュニティのダンスパーティーの集まりへの参加からでした。年齢は20代から50代くらいまで様々でしたが、中国で社交ダンスのブームを経験してきた30~40代が中心でした。このコミュニティから見えてきたのは、移民の人たちが抱える孤独やストレスの存在でした。不法滞在者にとっては居住権を入手するための婚姻相手を探す場であり、ときには中国に家族を置いてきた人にとってのセックスフレンドを得る場でもありと、移民の人々が必要とする様々な社会的リソースを提供する機能を果たしていることが分かりました。

イタリア各地で見られる中国人向け住宅・求職・求人等の掲示板(左:プラート、右:ナポリ;2012)

上海の有名な国際お見合い情報掲示コーナー(2014)

中国人移民をめぐる環境変容

ベルリンの難民・不法滞在者居住地域に掲げられた「誰も不法ではない」と書かれた看板(2013)

 中国人コミュニティが形成されている都内のカトリック系教会でも、フィールドワークを行いました。はじめは中国人留学生が中国語でミサをやって欲しいと神父さんにお願いしたことをきっかけに、中国人が次第に増えてコミュニティが形成されるようになりました。教会は2つの機能を果たしており、1つは信仰を深めるという宗教的なサービスの機能、もう1つは就職先や居住場所など、社会的リソースを提供する機能です。ここは福建省出身者が9割くらいと多く、当時そのほとんどが不法滞在者でした。

 不法滞在者が相手となると、何度も通い詰めて信頼関係を築かないと話も聞けません。2年近くも通って分かったことは、彼らは彼らなりの倫理観をもって日本で働いているということです。建設現場や卸売市場などで一生懸命働き、日本の経済や社会に貢献しており、周囲の日本人とも親しい関係を築いています。「私たちは何も悪いことしていない。働いて喜ばれているのに、なぜ日本に居ることがいけないのか」と反発する彼らの倫理観は、国民国家としての日本の法的制度とはまったく相容れませんでした。

博士論文をもとにまとめた単著を2011年に出版。
”Labor Migration from China to Japan: International Students, Transnational Migrants” (London: Routledge)

 しかし、その後状況は大きく変わりました。2003年からの法務省の一掃キャンペーンで不法滞在者は急減し、逆に留学生が急増しました。卒業後は日本で就職することも可能になってきました。調査を始めた頃に比べると、中国人移民のコミュニティ事情は一変して、若者の参加者は少なく、ばらばらになる傾向にあるようです。不法滞在者が減って、偽装結婚もあまりなくなった。不動産も借りやすくなるなど、状況は改善してきています。

 博士号を取得するまでの8年間、120~130人にインタビューしました。博士論文では留学生として日本にやってきた人たちに焦点を当て、就労体験、日本での生活、就職、起業、結婚、家族、移動などについてまとめ、中国人留学生の歴史なども振り返りながら分析と理論化を図りました。1980~90年代の留学生は本当に貧しくて、1万円も持たずに来日し、すぐに就労しなければ生活できなかったり、風俗で働いたりした人も多かったです。留学生のキャリアは、グローバル経済、多国籍経済との関係で変容してきました。また会社を辞めて起業する中国人もたくさんいます。

 博士論文をもとに、本も出版しました(写真)。彼らの多くは人生を通じて、日本や中国あるいはその他の国をひんぱんに行き来して――すなわち越境して生きていくことになります。例えば、子どもが学校へ上がる年齢になると、夫が残って妻子を中国へ帰すといったことも多い。また仕事のためには海外に居た方がいいけれど、いつかは生まれ故郷の中国に帰って暮らしたいという夢も持っています。

コスモポリタンな移民1.5世代

 博士論文では留学生第1世代を対象にしましたが、現在はさらに1.5世代や2世代のアイデンティティと帰属感についてまとめています。1.5世代とは中国で生まれて、小さい頃にこちらへ来た世代ですね。日本と中国の間でアイデンティティが揺れていて、コスモポリタン、国際人と自己定義するしかない。例えば、いじめの問題とかもあって、高校生までは日本で中国人として見られるのが嫌で仕方がないのに、大学に入るといきなり国際的なアイデンティティに目覚めて新しい展開があったりするのが特徴的です。これは中国人だけでなくて、モンゴルの1.5世代、韓国の1.5世代にも、共通して見られる点です。移民1.5世代と日本社会との関係は、グローバル化の中の日本にとって、とても重要です。日本育ちの彼らが、日本とアジア、日本とグローバル社会との架け橋になりえます。彼ら自身もそうなりたいと感じているのです。

 この他、移民研究をより理論的に深めるために、国内外の研究者との共同研究で、日本における移民グループ間の比較研究や、オーストラリアと日本の比較研究にも取り組んでいます。日本人は、日本は単一民族国家であり、移民の国ではないというイメージを抱いています。こうした国民性が移民者のアイデンティティや帰属感にどんな影響をもたらしてきたか、国際比較によって明らかにすることを目指しています。

 また、アジアの国際移民と移動に関するハンドブックの編集にも着手しています。今日ではアジア内の移動が盛んになり、欧米からアジアへの移住者も増えて、アジアで起きている新しい現象を理論的にまとめる作業が必要とされています。医療サービスを求めての移民、老後を過ごすための移民、セカンドホーム、アジア内留学など、新しい流行になっています。

 私も40代になり、研究者を組織していく活動にも貢献したい。この早稲田のアジア太平洋研究科を拠点に、世界の移民研究者をネットワークして研究交流を推進していきたいと考えています。シンガポール国立大学のアジアリサーチインスティテュートを1つのモデルに、共同研究パートナーでもあるブレンダ・ヨー先生はじめ多くの研究者たちとも協力しながら、日本と世界をつなぐ研究組織を形成していくことが目標です。

(左、中)移民研究の国際シンポジウムにて(2013,一橋大学) (右)国際色溢れるファーラー先生のゼミ(自宅でのパーティーより)

ファーラー グラシア(LIU-FARRER, Gracia)/早稲田大学国際学術院教授

2007年シカゴ大学大学院博士課程修了、博士(社会学)。東北大学 社会階層と不平等研究教育拠点フェロー(2006-2007)、お茶の水女子大学助教(2008-2009)、一橋大学地球社会研究専攻客員教授 (2008-2009)、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科准教授(2009-2013)を経て、2014年より現職。
主な著作に、「中国系移民の余暇サブカルチャーにおける性および地位の実践」(広田康生、町村敬志、田嶋淳子、渡戸一郎編『先端都市社会学の地平』ハーベスト社 所収、2006)、“Labor Migration from China to Japan: International Students, Transnational Migrants”London: Routledge (2011) 他
2014年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞。