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研究力

▼知の共創—研究者プロファイル—

片山 東/早稲田大学商学学術院准教授 略歴はこちらから

計量経済の方法論を武器に
組織と人の環境行動を探究する

片山 東/早稲田大学商学学術院准教授

計量経済学をあらゆる領域に活用

 応用計量経済学というのが、私の専門分野です。計量経済学というのはデータ分析の方法論の学問ですが、私はこの方法論を道具として活用しながら、経済学の数多くの分野に足を踏み入れてきました。経済学の裾野というのは意外と広くて、いわゆるマクロ経済、ミクロ経済のほかにも、労働経済学、産業組織論、国際貿易論、環境経済学などの応用領域があり、国、産業、組織や個人を対象とした様々なことが研究されています。

 そもそも私が計量経済学に興味を持つようになったのは、ちょっと言いにくいのですが(笑)、学生時代から無類のパチンコ好きだったことに端を発します。学部時代の所属は社会学部で、経済学とは無縁の世界だったのですが、学部に計量経済学を専門とする教員がいたことから、「データ分析とシミュレーションの手法を学べば、もしかしたらパチンコで勝てるようになるかも…」というやや不純な動機でその先生のゼミに参加しました。

 パチンコの方もかなり分析できたのですが…、残念ながら理論だけでは勝てないことも分かりました(笑)。ただ、パチンコのシミュレーションのためにそのとき学んだプログラミングの知識は、後に計量経済的な手法を使っていく上でとても役立つものとなりました。

 学部から修士課程へ進んで、就職活動を始めようかという時にバブル経済が弾け、進路に迷っていたところに、指導教員に「これからは日本じゃなくて海外に行くべきだ」と言われて、一念発起してアメリカのペンシルベニア州立大学の経済学部博士課程に進学しました。そもそも研究とか留学とかから最も遠いところにいる学生だったと思うのですが、今から振り返れば右も左も分かっていなかったがゆえの意思決定でした。

ピンチを乗り越えて応用研究の道へ

 アメリカでの博士課程は、2年間のコースワーク(講義履修)を経た後、博士論文のために3年目から担当教員の研究プロジェクトに参画して、計量経済学ではオーソドックスなマクロ経済の時系列分析の研究を行っていました。ところがそれから2年経っても、研究が思うように進まず目立った成果が出ない。博士課程4年目で切羽詰まっていたところに、追い討ちをかけるように指導教員が別の大学へ転任することになって、このときは研究者の道をあきらめ帰国したほうがよいか本当に悩みました。

 指導教員に一緒に大学を移るかと誘われたのですが、その一方で、同じ大学の教員で何かと気にかけてくださっていた今井晋先生(現・シドニー工科大学アソシエイトプロフェッサー)が、一緒に研究しないかと誘ってくださり、犯罪の分析というまったく未知のテーマに飛び込んでいきました。研究テーマは個人の犯罪行動の分析で、若者1万人を対象にしたパネルサーベイ(長期的な追跡調査)のデータベースから個人属性と犯罪行動のデータを活用して、犯罪の計量的モデルを推定し博士論文を書きました。

 今思えばこのときに今井先生が誘ってくださったこと、そして思い切った路線転換の決断をしたことが応用計量経済学者としてのキャリアを決める、一大転機だったと思います。

シドニー大学での濃密な教育経験

 アメリカで7年かけて博士学位を取得したのち、オーストラリアのシドニー大学経済学部にレクチャラー(米国のアシスタントプロフェッサーに相当)としての職を得ました。経済学科と計量経済学科が別々に存在するというユニークな学科編成で、この両学科に兼務するかたちでした。

 オーストラリアでは、大学学部課程は3年までで、その後優秀な学生が選抜されて1年間学ぶオナーズプログラムという教育課程があり、これが日本の大学4年にあたります。経済学科で20名、計量経済学科で10名という少数精鋭の学生が、コースワークと研究に取り組みます。教員1人あたりせいぜい学生1~2人を指導すればよいので、密度の高い教育が可能です。

 私が取った指導方針は、1年間で論文誌に投稿できるレベルまで学生を育てるということです。テーマは学生によって様々です。例えば、NBAのバスケットボールチームの過去の試合成績と選手への賃金データを分析して、同じような賃金総額のチーム同士で選手への賃金配分ルールが違った場合に、それがどのように試合成績に影響を与えているかとか、ほかにも年収と貯蓄の関係、ドラッグとセックスの関係など、様々なテーマで論文を書かせて、そのうち3本ほどが査読付き研究論文誌に収載されています。

 その後、日本に戻って本学に着任してからも同様の教育方針に基づき、ゼミの3年生から論文指導をしています。まずは商学部の懸賞論文を目標に3年生のグループを作って、4月の研究室配属からおよそ10ヵ月で研究論文のかたちにさせます。なかには、懸賞論文で入賞した論文を英語に書き換えて、海外の査読付き論文誌に収載された優秀な学生もいます。

 一方、ふだんのゼミでは、私は立ち講義がほとんどです。計量経済学は数学や統計知識が必要で、文系の学生にはとっつきにくく、初学者の段階での学習が比較的困難な学問です。知識が不十分な段階で発表や議論をするよりも、まずは計量経済学を学習する上で必要不可欠な道具を身につけてほしい、という考えで学生の研究発表や文献の輪読などのスタイルをとらないことにしています。これは海外の大学での体系的なコースワークの履修経験から学んだことでもあります。

写真 片山ゼミのひとこま

環境経済、環境経営を掘り下げる

図1 環境マネジメントシステムのスピルオーバー効果

 研究ということでは、応用の範囲を広げすぎるほど広げてきたのですが、ここ7、8年は、環境経済、環境経営の分野での研究に継続的に取り組んでいます。きっかけは、ペンシルベニア州立大学での恩師、今井先生の紹介で、環境経済学の有村俊秀先生(当時は上智大学、現在は早稲田大学政治経済学術院教授)と知り合ったことからです。

 有村先生から誘われる形で、2004年頃から共同研究を開始しました。有村先生が、日本の事業所が環境に対してどのような取り組みをしているかを調査するためにサーベイを行っており、そのデータを計量的に分析するのが私の役割でした。ISO14001という環境マネジメントシステムの国際規格に関する研究で、具体的には「ISO14001認証を受けた企業は、実際に環境のパフォーマンスがあがっているのか、表面的な取り組みだけで終わっていないのか」という点を中心に考察しました。分析の結果、認証を受けた企業では受けていない企業よりも主体的な取り組みが進んでいて、実際に環境負荷低減につながっていることが分かりました。

 次に「認証を受けている企業は、自社内の取り組みだけに留まらず、取引先企業にも環境負荷を下げる取り組みを要請しているのではないか」という仮説が浮かんできました。分析してみたところ、その仮説は裏付けられました。ISO14001というのは、想定を超えた効果――スピルオーバー(溢出)効果と言いますが――を有している可能性を指摘できました。

 この結果をまとめた有村先生との共著論文が、環境経済の分野の国際的な引用数ランキングで高いポジションを記録し、また海外ニュースサイトで「グリーンサプライチェーンマネジメントについて知るべき15の研究」の1つに選ばれ、注目されることになりました。意識の高い企業の環境経営は、社内の経営を超えて上流や下流のサプライチェーンに及んでいく――直観的には分かっていたことですが、実際にデータを使って緻密に検証した研究は国内でも海外でもされておらず、私たちの論文が初の試みでした。一連の研究業績が評価されて、私自身、2014年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)を受賞することができました。

 その後、さらに「もしかするとこういう企業の従業員は、家に帰っても熱心に環境に良い行動を取ろうとしているのでは?」という仮説が思い浮かびました。これまでISO14001に関しては企業の文脈で考えられることがほとんどで、従業員に与える影響、特に従業員の省エネ行動に与える影響を分析した研究はありません。そこでインターネットサーベイをかけて分析を試みました。その結果、ISO14001認証を受けた企業の従業員は、そうでない企業の従業員に比べて、自宅でも省エネやエコドライブなどに努力を払い、家庭の電力使用も少ないことが分かりました。この研究により、ISO14001は先ほど言及したものとは別のスピルオーバー効果を持つことが明らかになり(図1)、現在その論文をまとめているところです。環境経営の研究は興味深い広がりをみせており、これからも発展させていきたいテーマです。

片山 東(かたやま・はじめ)/早稲田大学商学学術院准教授

2003年ペンシルベニア州立大学経済学研究科 応用計量経済学専攻 博士課程修了。シドニー大学経済学部(2003-2010)を経て、2010年より現職。2014年度早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞。主要論文に、Is ISO 14001 a gateway to more advanced voluntary action? The case of green supply chain management(TH Arimura, N Darnall, H Katayama; Journal of Environmental Economics and Management 61 (2), 170-182)、Is a voluntary approach an effective environmental policy instrument?: A case for environmental management systems (TH Arimura, A Hibiki, H Katayama; Journal of Environmental Economics and Management 55 (3), 281-295)他。共著書に『排出量取引と省エネルギーの経済分析:日本企業と家計の現状』(有村・武田編著/日本評論社、2012)。