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研究力

▼知の共創—研究者プロファイル—

周 大江/早稲田大学理工学術院助教(大学院情報生産システム研究科) 略歴はこちらから

半導体の可能性を見据え
世界最高の計算性能を追求する

周 大江/早稲田大学理工学術院助教(大学院情報生産システム研究科)

設計から実装まで一貫体制で

 半導体設計の研究開発が私の専門です。これまで次世代テレビジョン用の大容量画像データを処理する高効率かつ低エネルギー消費のLSI(大規模集積回路)設計で研究を行ってきました。2014年には早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)を受賞し、大変光栄に感じています。

 半導体設計を研究テーマに選んだのは、上海交通大学で電子工学を専攻したのち、修士課程に進んだ時です。自分自身の今後の人生を決めるにあたり、40年50年後までを見据えて情報・電子分野で最大の影響力を持つテーマは何だろうと考えた結果、「人工知能」が思い浮かびました。人の知力を超えるような可能性を持ち始め、今後はソフトウェアではなく、LSIでより強力な人工知能を実現していくことが求められるようになることは間違いない。ソフトウェア開発でのパフォーマンス向上に対して、LSI開発では百倍、千倍の性能を実現することができます。この挑戦にいつか自分も参画したいという強い思いがありました。

 上海交通大学の修士課程に進学し、初めてアメリカの学会で論文発表をしたときに、現在私が所属する情報生産システム研究科の後藤 敏(さとし)教授(2015年3月定年退職)に初めてお会いしました。半導体設計の世界的研究者であり、上海交通大学での指導教員との交流も密接であったことから、博士課程に進学するにあたり後藤先生に指導教員をお願いし、中国から本学北九州キャンパスの情報生産システム研究科への留学を決意しました。

 半導体設計には、アルゴリズム〜アーキテクチャ〜回路設計〜実装のフローがありますが、これらすべてを一貫して研究開発している研究機関は世界に数えるほどしかありません。しかしこれらを一貫して研究できる体制がないと、本当に高い性能を出せる半導体の開発はできないのです。本格的な実装まで行うには研究力に加えて、政府のプロジェクトや産学連携による研究資金の獲得が必要になります。アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)、半導体分野に強い台湾の国立台湾大学や国立交通大学、そして早稲田の情報生産システム研究科は、一貫した研究開発体制を築いています。このことが留学の最大の動機となりました。

早稲田大学大学院 情報生産システム研究科(北九州キャンパス)
(研究科パンフレットより)

博士課程時代にはVLSI Symposia 2010最優秀学生論文賞を受賞
(同シンポジウム2011の会場で、指導教員の後藤敏教授と)

世界最高性能のチップを次々発表

 現在はまだ人工知能ではなく、マルチメディアの画像処理が主要なテーマです。画像の世界も技術進化がめざましく、毎年、新たなLSIの設計開発に挑戦しています。こちらに来て8年、後藤先生や現在所属している木村晋二教授の研究室の学生とチームを組んで、すでに7つの半導体回路を設計・開発し、チップとして実装しました。

 現在、世の中で実用化されているのは4K(3840×2160ピクセル)規格のテレビ画像ですが、研究では次世代の8K(7680×4320ピクセル)規格への取り組みが活発です。画像の圧縮率を100〜200倍にして、現行のハイビジョン画像に比べて100倍にも達するデータ量を扱うため、処理するデータ量が莫大となり、そのパワーを最大限に発揮するには画像圧縮解凍機能に特化した高性能LSIを実装するしかありません。圧縮解凍のアルゴリズムに標準規格はあるものの、半導体に実装して最高性能を引き出すことがいちばん難しいところで、国際競争になっています。

図1 画像圧縮技術の進展と、画面解像度の爆発的な向上

図2 動画像の解凍プロセス

 一つの半導体チップを開発するのは一人では完成できないことです。優秀なチームメンバーと出会って、みんなが気持ちを1つにして一生懸命頑張りました。運もタイミングも味方し、我々のチームは世界最高性能のチップを次々に発表してきました。2012年には、我々が設計した8K規格の世界初最高性能チップが、日本の半導体業界の記者の投票による半導体オブ・ザ・イヤーで優秀賞を受賞しました。この賞はビジネスで実用・製品化されているLSIが主に受賞するもので、大学のチームが受賞するのはきわめて珍しいことです。本学の一貫した研究開発体制による信頼性ある成果が高く評価されたのだと思います。

 半導体の研究は、設計のアイデアを出す段階は楽しい面も多いですが、実装段階に入っていくと苦労が多く神経を使います。何百万のトランジスタ、デバイスが集積する半導体チップは、いったん仕様を発注先企業に渡して実装・製造されたら、何か問題があっても簡単には変更できません。1つのチップを試作するのに1千万円以上かかるので、1箇所でもミスがあったら大変です。やはりなんといってもうれしいのは、完成したチップが問題なく動いて、我々のアイデアが証明されたときです。

 実は、2012年の世界初の8Kは一度試作に失敗しました。実装・製造を委託したパートナー企業の小さなミスで、本来、2010年の4Kに続けて2011年に8Kを発表予定だったのですが、1年遅れました。問題が起きたときには、私が中国のパートナー企業に出向いて、何が問題かを必死で追求して原因をようやく解明し、そこから手直しして作り直すのに半年かかりました。北九州や福岡からは、中国への直行便が日に何便も出ており、東京まで行くのとさほど変わらず、朝こちらを出れば昼食は向こうで取れる距離なので、その点ではとても便利です。

 2004年にMPEG2の次の規格であるH.264という画像符号化規格の標準が制定され、研究開発が行われてきましたが、2013年にはHEVCという更に次世代の規格が決まり、HEVC向けの高圧縮符号化チップの研究開発が活発になってきました。我々のチームもHEVC向けチップを開発に成功し、半導体のオリンピックと言われるISSCC(International Solid-State Circuits Conference)で2016年2月に研究論文を世界に先駆けて発表する予定です。

図3 VLSI開発設計の最近の成果例/8K UHDTV H.264/AVC Encoders (2009~2012)

人工知能LSIにも本格的に着手

 今後はこれまでの画像処理の研究を続けながら、目標であった人工知能の研究に本格的に着手していきたいと考えています。研究を始めた当初に比べて、ここ最近の人工知能の発展と実用化の波は、ディープラーニング(深層学習)を中心にめざましいものがあります。人工知能研究の最先端のアイデアに基づいた半導体設計とともに、さらに半導体に最適なアルゴリズムも独自に考えていきたい。ディープラーニングの機能を半導体で作り込む研究に、すでに少しずつ着手しています。

 ディープラーニングの研究は、大学ではもともとスタンフォード大学などが強いですが、今はむしろインターネット大手企業のGoogleや中国の百度(バイドゥー)などが先行しています。しかしまだまだソフトウェア主導で何千台ものサーバで計算させるなど、効率的なパワーが出せてはいません。画像処理分野ではすでに専用プロセッサLSIが多く使われていますが、次はディープラーニングの分野でもLSIが主導する時代になります。ぜひとも専用のLSI設計開発を目指し、ハイレベルな成果を出していきたいです。

 誰しも「次世代の人工知能はLSIが重要」とは分かっているものの、現実にはディープラーニングのアルゴリズムに詳しい人はLSI設計がよく分からないし、逆にLSI設計に詳しい人は人工知能がよく分からない。最高性能を追求するには両方とも分かる人が必要とされています。これまでの強みを活かして、昔からの目標であった人工知能の半導体設計をぜひ手がけていきたいと思っています。人工知能のアルゴリズムもさることながら、実装上で問題になるのは、計算用のLSIチップとメモリチップとの間の膨大な量のデータ通信が問題なく行えるかどうかといった点です。ここに我々のこれまでの技術的な優位性も生かせます。

研究の面白さを学生に伝えたい

 これまで高い成果を出すことができた背景には、本学の優秀なポスドク研究者や大学院生たちの存在があります。北九州キャンパスで半導体設計の研究に携わる学生のうち留学生は9割にのぼり、そのほとんどが中国からの留学生です。彼らの就職状況は好調で、民間では日本の大手メーカーなどをはじめ優良な企業で開発者として活躍しています。しかし彼らの多くが数年のうちに外資系企業への転職やアメリカなど海外へ流出してしまうという問題もあります。

 学生への講義や研究指導などでは、この研究の面白さをできるだけ伝えるように努めています。やはり自分自身がそうだったように、研究を心から面白いと思えることが、研究へのモチベーションを挙げる最良の道だと思うからです。

国際会議 ICIP 2014 (IEEE International Conference on Image Processing) 会場にて
後藤敏研究室のメンバーとともに

個人やチームの仲間とともに多数の論文賞や表彰を受賞

周 大江(しゅう・だいこう)/早稲田大学理工学術院助教(大学院情報生産システム研究科)

1983年上海生まれ。上海交通大学工学部、同大学院修士課程、早稲田大学大学院情報生産システム研究科博士課程修了(工学博士)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学次席研究員を経て、2013年より現職。半導体分野のトップジャーナルや国際会議を含む、90本以上の論文を発表するとともに、VLSI Symposia 2010最優秀学生論文賞、ISLPED 2010デザインコンテスト賞、 2014年度電子情報通信学会論文賞、中国国家優秀留学生賞など、受賞歴多数。2014年早稲田大学リサーチ・アワード(国際研究発信力)を受賞。
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