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研究力

▼知の共創-研究者プロファイル-

立和名 博昭/早稲田大学理工学術院 次席研究員(研究院講師) 略歴はこちらから

セントロメア領域の構築基盤を
世界で唯一、原子分解能で解明

立和名 博昭/早稲田大学理工学術院 次席研究員(研究院講師)

電気工学から生物学の世界へ

 私は現在、遺伝子の発現に決定的な役割を果たしているクロマチンという、DNAとタンパク質との複合体の解明に取り組んでいます(図1)。すべての細胞は1つの受精卵から発生して同じ遺伝情報を持っていながら、ある細胞は目に、ある細胞は心臓に、ある細胞は肝臓になります。細胞内に折り畳まれた長い遺伝情報から、その部位に必要なところだけを機能させるのです。この仕組みを司るのがクロマチンであり、クロマチン本体の構造や性質が分かれば、細胞の分化を司る遺伝子の現象も分かると考えられます。

 このような遺伝子情報の背後にある遺伝子発現の制御機構を「エピジェネティクス」と言い、私が所属している胡桃坂仁志研究室のメインテーマとなっています。我々の特徴的なアプローチは、実験対象となる生体高分子であるクロマチンを人工的に「造る」ことです。クロマチンは、ヌクレオソームという構造体から成り立っています。ヌクレオソームは、4種類のコアヒストンと呼ばれるタンパク質とDNAです。私たちは、これらのDNAとヒストン1つ1つを大腸菌で作らせてヌクレオソームを試験管内で再構成して実験を行っています。

図1 クロマチンの構造

 もともと学部時代は理工学部の電気電子工学科でしたが、4年生に進級する時に学科改組があって「電気・情報生命工学科」となり、生物・生命科学系の研究室を選択することができるようになりました。その生命系の教員の中に当時30代の半ばの胡桃坂先生がおられました。興味本位で研究室訪問をしたところ、胡桃坂先生の熱意にほだされ、訪問が終わる時には胡桃坂研究室を希望することを決めていました。今となって思えば、あの時が私の人生のターニングポイントでした。研究室に入った当時はDNAすらよく分からなかったのですが、しっかりと指導していただきました。

             
精巣染色体の構造基盤を解明

 まず手がけたのは、H3Tという精巣特異的なヒストンの研究です。私たちは両親から各23本の染色体をもらい計46本もっています。染色体数が46本の母親と46本の父親から子どもが生まれた場合、92本となってしまわないように、精子と卵(生殖細胞)だけは染色体数が23本になる減数分裂という機構により形成されます。このため、次の世代も46本の染色体数を持つことになります。この生殖細胞に特有の仕組みを解明するために様々な研究が行われる中で、我々はH3Tという精巣だけで存在しているヒストンに着目しました。このH3Tを含む精巣型のヌクレオソームを試験管内で作製し、通常型のヌクレオソームとの違いを解析しました。すると精巣型のほうがとんでもなく脆くてすぐに壊れることが分かりました。

 この実験結果は、実際に精子が形成される過程で観察されていた現象を説明できるものでした。精子が形成される過程において、約9割のヌクレオソームは壊れて、ヒストンはプロタミンという別のタンパク質に置き換わります。ここにH3Tのヌクレオソームが脆く壊れやすいという性質が機能しているのではないかと私たちは考えました。この研究成果を、2010年には米国科学アカデミー紀要(PNAS)にて発表しました。我々のグループが精子形成過程に特異的なヒストンについて報告したことをきっかけに、世界中の他のグループもヒストンに着目した精子形成の研究を始めました。

セントロメア領域の決定因子を解明

図2 CENP-Aヌクレオソームと主要型H3ヌクレオソーム

 その後ポスドク研究員として、ゲノムDNA上に形成されるセントロメア領域の研究を始めました。遺伝情報であるDNAは正確に複製され、細胞が分裂する際に均等に分配されることで、細胞分裂前後において遺伝情報が変更されることなく受け継がれます。セントロメア領域は、このDNAの均等分配において必須の働きをします。世界中で何がセントロメア領域を決めているのかが探究される中で、ヒストンH3の1つであるCENP-Aが重要な因子だということが分かりました。しかし、タンパク質の中では極めて小さい部類のCENP-Aがなぜそんな機能が果たせるのかが誰にも分かりませんでした。

 そこで我々はCENP-Aヌクレオソームの作製と構造決定を試みました。CENP-Aのヌクレオソームを作るのは技術的にも大変難しく、さらに難しいのがX線結晶構造解析を行うために結晶化させる作業です。とにかく結晶化の標本を無数に作って、片っ端から大型放射光施設SPring-8に持っていきX線を照射することを続けました。その結果、幸運にも構造を解明することができました。

 CENP-Aヌクレオソームは、通常のヌクレオソームには観察されない特徴的な構造を持っていることが分かりました。このCENP-Aに特徴的な構造(図2)が、セントロメア領域の形成の鍵となっていることを世界で初めて明らかにし、2011年にNature誌にて報告しました。

         
「研究は楽しく」をモットーにパリへ

 当時かれこれ10年近く胡桃坂研究室で研究していて、そろそろ海外に出てみようと考えたのですが、海外の研究室を決めるのにかなり迷いました。胡桃坂先生に「何がしたいのか分からなくなった」と相談したところ、「楽しく研究できれば、それでいいじゃないか。研究を楽しむためには生活が楽しいことが前提だ」と言われたことがスッと腑に落ちました。

写真 キュリー研究所近くのリュクサンブール公園にて研究室メンバーと(前列中央、水色のシャツの女性がAlmouzni博士、その3つ右隣の青いポロシャツの男性が立和名先生ご本人)

 ずっと東京育ちなので、クルマで大型ショッピングセンターに買い出しに行くような生活はイメージできず、何でも揃う都会にしようと考えて、ロンドン、パリ、ニューヨーク、カリフォルニアと研究室ではなく都市を4つに絞りました。最終的には胡桃坂先生に紹介していただいたパリのキュリー研究所のGenevileve Almouzni博士(後にキュリー研究所長)の研究室で採用していただきました。パリには2年3ヵ月滞在し、研究では2報の論文を発表し、私生活では妻と知り合うなど非常に充実したものになりました。

 採用先の研究室では細胞生物学がメインでしたので、郷に入れば郷に従えと細胞生物学のアプローチで、セントメロア領域の基盤構造の解明に取り組みました。セントロメアは細胞にとって不可欠な領域なので、常に存在しています。ですので、セントロメア領域が一から形成されるということは滅多に起こらないのですが、「滅多に」なので起こることもあります。この希有な現象を捉えるために、CENP-Aを意図的に別の場所に持っていけば、そこにセントロメアが一からできるのではないかという仮説を立てて実験に取り組みました。

 しかし意図的に場所を移すのが難しい。当時いくつかの論文で報告されていた大腸菌タンパク質を使う手法で、LacIというDNA配列特異的に結合するタンパク質を使ってみました。CENP-AをLacIとの融合タンパク質としてヒトの培養細胞内で発現させ、移動させたいゲノムDNA上の領域にLacOを配置すると、両者が結合してCENP-Aも一緒に移動してきた。そして、そこへ他のセントロメアタンパク質も集まってきて、新しいセントロメア領域が形成されるというメカニズムを人為的に再現させることができたのです(図3)。この実験系を用いて、解析をすすめ2015年1月にCell Reports誌にて研究成果の報告を行いました。

図3 セントロメア領域が形成されるメカニズムを再現した手法

 日本に戻って、これまでの研究を評価していただき2015年度の早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)をいただきました。研究成果を次々と出すことができたのは、私の力だけではなく胡桃坂先生はじめ研究室員および共同研究者の方々の力がなければ成し得ませんでした。胡桃坂研究室は現在40人ものメンバーを抱える体制になっていますが、やはりボスである胡桃坂先生の圧倒的なパワー、驚異的な本数の論文を書いて研究室を牽引する力に、自分も引っ張られてここまで来ることができました。胡桃坂研究室では博士号取得者も10名を越え、近いうちに20名に達する中で、研究室の1期生として後輩の手本になり夢を与えられるような存在になりたい。早く自分の研究室が持てるようになりたいですし、後輩たちも研究室を主宰するようになり、後輩たちの研究室と協力しながらサイエンスを進めていくことができたら楽しいだろうなと、今からワクワクしています。

立和名 博昭(たちわな・ひろあき)/早稲田大学理工学術院 次席研究員(研究院講師)

2004年早稲田大学 理工学部 電気情報工学科卒業、2009年早稲田大学 理工学研究科 電気・情報生命専攻博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会 特別研究員(DC2)、早稲田大学 理工学総合研究所 助手、早稲田大学大学院 先進理工学研究科 次席研究員、キュリー研究所(フランス)博士研究員(日本学術振興会 海外特別研究員)を経て、2014年9月より早稲田大学大学院 先進理工学研究科 次席研究員。日本生化学会優秀プレゼンテーション賞(2009)、鈴木紘一メモリアル賞(2011)、第28回井上研究奨励賞(2012)、早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力;2015)。