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▼知の共創-研究者プロファイル-

川上 智子/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授 略歴はこちらから

技術とマーケティングを架橋し日本型イノベーション論を確立する

川上 智子/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授

マーケティングで企業の競争優位を築く

 大学を卒業して入社したミノルタカメラ(現コニカミノルタ)で新商品開発を手がけたことが、マーケティングの研究者になるきっかけとなりました。技術に定評のある会社ですが、新事業開発に力を入れようと基礎研究所内に新設された部署でマーケティングに取り組む機会に恵まれ、世界初の複写機を開発し、グローバル市場で成功させる経験をしました。マーケティングをもっと深く勉強したいと、子どもを預けながら大学院に通ってMBAを取得し、さらに博士課程に進んで尊敬する石井淳蔵先生(現・神戸大学名誉教授)の指導で博士号を取得し、大学教員となりました。

 私の一貫した問題意識は、高い技術力を持つ日本企業の競争優位を、これまで日本が苦手とされてきたマーケティングで高めたいというところにあります。日本は「良いモノを作ったら売れる」という技術志向が根強いですが、もう技術だけでモノが売れる時代ではない。「作ってから売る」という発想に決別して、技術者や研究者もまたユーザの声に耳を傾けながら革新的な商品を開発することが、企業が存続していくうえで必要不可欠です。

 マーケティングというと、日本では例えばフィリップ・コトラーの4P=プロダクト、プライス、プロモーション、プレイスを基本とするメソッドなどが有名で、専門書も多数出ています。こうしたメソッドは、基本的にはアメリカが得意とする食品や日用品などの非耐久消費財市場を想定したもので、クルマや家電など耐久消費財で勝負する日本企業には不十分です。欧米ではより広い射程で多様なマーケティング研究が行われてきていますが、残念ながら日本では十分に紹介されていません。

 私が専門とするのは、マーケティングのなかでもプロダクト・イノベーションという、革新的な商品や市場をいかに創出していくかという領域です。技術に強い日本企業に、営業主導のマーケティングではなく、基礎研究から企画開発、生産、営業まで、全社戦略としてのイノベーション志向のマーケティングを根づかせることが、日本の競争優位を確立するうえで重要です。プロダクト・イノベーションの理論では、発見・開発・商業化という3段階にわたってマーケティングと技術の相互作用を行うことで、長期的な競争優位を築くイノベーションが生まれると考えています(図1参照)。顧客にとっての価値を拠りどころとするマーケティングを適切に実践することができれば、既存市場の境界を越える新市場の開発が可能になるのです。

図1 マーケティング・イノベーション・プロセス図(MIP)(筆者作成);2017年刊行予定の川上・岩本・鈴木『マーケティング』中央経済社ベーシックプラス・シリーズに所収予定。

ブルー・オーシャン戦略の国内研究拠点を形成

 2003年にシアトルのワシントン大学に1年間、在外研究で滞在したことが、こうした問題意識を明確にする大きな転機になりました。海外の研究を知れば知るほど、日本の技術力に裏打ちされたモノづくりには他に真似できない素晴らしいものがある、日本からイノベーション研究をもっと発信していくべきだと確信を強めました。国際的発信を常に意識して研究を行い、海外の論文誌に精力的に投稿を重ね、海外の研究者とも積極的に共同研究を行うようになりました。

 2005年には博士論文と国際発表論文の内容をベースに、『顧客志向の新製品開発:マーケティングと技術のインタフェイス』という書籍にまとめました。アメリカ滞在中に海外に発信できる研究力を鍛え直し、日本の製造業を対象とした綿密な調査に基づいて、独自の理論を提唱しました。大変うれしいことに高い評価をいただき、日本商業学会賞、日本経営学会賞のダブル受賞を果たすことができました。本としての売れ行きもよく、実務家の方にも広く読まれているようです。

川上智子著『顧客志向の新製品開発:マーケティングと技術のインタフェイス』(有斐閣、2005)

 

2013年にパリで開催された第23回IPDMC(Innovation and Product Development Management Conference)では、約100本の発表論文の中から最優秀論文賞を受賞。初の国際学会での受賞で、国際発信への意欲がさらに高まった。

 さらに次の転機になったのが、ブルー・オーシャン戦略研究所(INSEAD Blue Ocean Strategy Institute:IBOSI)のキム教授とモボルニ教授が提案する「ブルー・オーシャン戦略」との出会いです。世の中には、激しい競争のある市場=レッド・オーシャンではなく、まったく競争のない穏やかで未開拓な市場=ブルー・オーシャンが存在する(図2参照)。その開拓に成功して何年も競争優位を独占している企業があることに着目し、成功条件を探った研究です。2005年に英語版の本が発表されると日本でもすぐに翻訳され、全世界で350万部のベストセラーとなり脚光を浴びました。

パリ近郊のINSEAD内にあるブルー・オーシャン戦略研究所(IBOSI)前にて。

 じつは2010年の夏にフランスへ行った際、IBOSIがあるパリ近郊のINSEAD(インシアード)という経営大学院を訪れたところ、たまたまキム先生が在席されていて直接お会いしてお話しすることができました。本の中では、QBハウスやドコモのiモードなど日本の事例も取り上げられており、私の興味関心をお話ししてディスカッションするなかで「日本でブルー・オーシャン戦略に成功している企業を一緒に掘り起こそう」と言っていただきました。

 ブルー・オーシャン戦略はとても良い学問体系なのですが、日本ではそう深くは理解されていません。日本型のブルー・オーシャン戦略を研究することで、その真髄を理解してもらいたいと調査を始めました。そして本学に着任した翌年の2016年に立ち上げたのが、早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所(Waseda Blue Ocean Strategy Institute:WABOSI=和星)です。キム先生からは、ブルー・オーシャン戦略という言葉を使うことの許可とともに、「早稲田の名前を付けなさい」とアドバイスいただきました。研究所には、本学ビジネススクール教員をはじめ、学内外や海外からも多彩なメンバーに参加いただいています。日本の事例を収集して大学院教材のケースツールを執筆し、英訳して世界に発信するための作業を進めています。

図2 ブルー・オーシャン戦略を成功に導く条件を示したERRCグリッド(出所:キム=モボルニ、2013)

図3 10年ぶりに新たな章を加えて刊行されたキム=モボルニュ著『(新版)ブルー・オーシャン戦略:競争のない世界を創造する』(ダイヤモンド社、2015)。WABOSIメンバーでもある早稲田ビジネススクールの入山章栄准教授が監訳を担当。

理論と実践が一体となった発展を

 本学に着任する前は、関西大学で15年間、商学部の教員として若くて元気いっぱいの学生と向き合ってきました。ビジネスリーダー特別プログラムという、学生がシアトルに一週間滞在してワシントン大学で講義や実習に取り組み、マイクロソフト本社でビジネスプランを発表するという本格的な海外連携プログラムを立ち上げました。すべて英語のプログラムです。社会に出て即戦力となる知識や経験を身につけて、イノベーションに貢献できるリーダーとして活躍してほしいと情熱を注いできて、ゼミ生からも「川上ゼミは寝る暇もないガチゼミ」などと言われるほどでした(笑)。

 本学ではビジネススクールの教員として、一転して実務の世界で豊かな経験を積んだ社会人大学院生の方々への教育や、多様な国からの社会人留学生の教育に取り組んでいます。学生の方々は研究の生きた情報源でもあり、ディスカッションや調査活動を通じて、現場のマーケティングやマネジメントの豊かな知見を学ぶことができるのが何よりも魅力です。2017年3月には、ブルー・オーシャン戦略の大きなシンポジウムも計画しています。WABOSI支援企業の6社のトップの方々に登壇していただくなど、トップレベルの実務家の方々との連携にも意欲的に取り組んでいます。大学が象牙の塔であった時代はとうの昔に終わっています。実務の方々と学術研究の私たちが共に学び合うなかから、理論と実践が一体となって発展していくことを目指しています。

川上 智子(かわかみ・ともこ)/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授

1988年大阪大学文学部卒、1997年大阪大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、2000年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。1988年ミノルタカメラ株式会社(現・コニカミノルタ)入社。基礎研究所で新事業開発・マーケティングに従事。2000年関西大学商学部着任、2015年4月より現職。ワシントン大学フォスター・スクール・オブ・ビジネス連携教授等を歴任。早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所所長、南洋理工大学ACIフェロー。JPIMジャーナル編集委員、IPDMC国際会議委員、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事。