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▼知の共創-研究者プロファイル-

上田 晃三(うえだ・こうぞう)/早稲田大学政治経済学術院教授  略歴はこちらから

日本経済の「失われた20年」をマクロモデルで精緻に解き明かす

上田 晃三/早稲田大学政治経済学術院教授

物理専攻から経済の専門家へ

 大学では学部、修士課程で物理学を専攻し、日本銀行に14年間勤めた後、大学教員になりました。物理専攻から経済学へというと、よく驚かれるのですが、最近の経済学、特に私が専門とするマクロ経済学では、理論モデルを用いたシミュレーションやデータの推計が多く、数学を使いこなせないと研究になりません。物理専攻で培った数学の素養を、経済や金融の分析に生かし、仕事の現場で経済の専門知識を身につけてきました。

 学生時代から「研究を仕事にしたい」という憧れと同時に、「早く社会に出て自立したい」という思いも強くあって、日銀に入行したのですが、幸運なことに研究色の比較的強い仕事に携わる事ができました。仕事内容をひとことで言えば、中央銀行として取るべき金融政策を決めるための情報を収集・分析することです。GDPや物価、設備投資などから景気動向を予測し、金融緩和やゼロ金利などの金融政策、アベノミクスなどの経済政策が、具体的にどんな影響効果をもたらしうるかをシミュレーションします。2〜3年ごとに様々な部署を経験するのですが、民間企業を足で回って、生産計画や資金繰りの状況、海外の経済動向・市場動向をどう見ているかなどについてヒアリングするといった、ミクロな調査も行いました。

 時代の変化と共に経済の様々な側面を見ることができる一方で、実務のスピードが早く、1つのことをじっくり深堀りするのはなかなか難しく、関心のあるテーマについては、勤務時間外や週末を充てて個人的に調べたり分析したりしました。

バブル崩壊とリーマンショック

オックスフォード大学で学友と

 入社4年目から6年目には、社内選抜試験を受けてイギリスのオックスフォード大学に留学し、経済学の修士号と博士号も取得できました。3年半の留学期間中は、仕事を離れて純粋に研究に没頭しました。最初の2年間はひたすら大学院の講義を受け、経済学とは何かを体系的に学び直しました。その後、「日本経済の失われた20年」を研究テーマに定めて、なぜ日本の不況はこうも長引いているのか、なぜデフレから脱せないのか、マクロ経済モデルを使って理論的に説明するという研究に取り組みました。

 社会科学には「これが正解だ」という唯一の答えというものがありません。日本の失われた20年に関しても、海外のノーベル賞級の経済学者たちですら、それぞれ異なる見解を持っているといった具合です。説明しやすい仮説は、バブルの過剰投資の後遺症をずっと引きずっていて長期的停滞が続いているというストーリーですが、絶対的な答えが見えないもやもや感を引きずりながら、日本に帰ってからも掘り下げ続けている主要な研究テーマです。

 イギリスから日本に戻ってからは、ゼロ金利が長引いた場合、経済にどのような影響がもたらされるのかしっかり検証することが重要だと提案し、マクロモデルを構築する作業に取り組むなどもしました。その一方で、博士論文のテーマも空いた時間に少しずつ掘り下げていきました。

日銀時代からの業績も評価され、2016年度の早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)を受賞。写真は授賞式で鎌田薫総長と。

 遡ると不況の発端には、山一証券など金融機関の破綻があり、銀行の貸し渋りがあり、また企業側も借りたがらないなど、問題が複合的に作用していました。ではそもそもなぜ金融危機が起きたのか、またその金融危機の解明によって、日本経済の何割くらいの事象が説明可能なのか。金融危機の影響は、物価や設備投資へどういう波及経路があるのか――。失われた20年についてまことしやかなストーリーを語るだけではなく、そのメカニズムをデータに基づいてマクロモデルで定量的に分析する作業に取り組みました。

 そうこうするうちに、2008年にリーマンショックが起きて、バブル崩壊と金融破綻という現象が、日本に特殊な現象ではなく、アメリカのような先進国でも現実にありうるという側面が見えてきました。「金融機関のグローバル化が、一国の金融危機の国際的な波及効果を高める。自国以外への貸出にも消極的になり、それがひいては世界同時不況につながる」という仮説でマクロモデルを構築し、日本のバブル崩壊とアメリカのリーマンショックの事例を通じて理論分析を行いました。この研究論文が2012年に海外のジャーナルに掲載されると、海外から高い注目を集めることとなりました。リーマンショックが私の研究には追い風となったわけです。こうした中で、研究に専念したいという思いが強くなり、日銀を退職し、2013年から本学の教員に着任しました。

ビッグデータで日本の不況を検証

 ビッグデータ分析という新しい方法も登場するなかで、スーパーマーケットのPOSデータから物価動向を分析する研究にも取り組んでいます。ひとくちにデフレだ不況だというけれど、実態はどうなっているのかを詳細に分析したい。日本では限定商品の展開が異様に多いが、それはなぜだろう。例えば「キットカット」というチョコレート商品を見ると、受験限定、ハロウィーン限定など、季節限定商品など含めて日本では100種類近くあるのに、イギリスでは2つ3つしかないらしい(笑)。日本の限定商品の展開は、消費者を飽きさせない工夫であり、デフレを回避するための企業戦略の1つだという仮説が見えてきました。

 デフレだから特売が増えていると言われているが、本当にそうなのか。POSデータを分析することで、不況によって家計が厳しくなりバーゲンハント行動が増えていき、小売りもこれに呼応してセールで頑張るという仮説が見えてきます。日銀にいたときに、日本の商品の店頭表示価格は、アメリカに比べて10倍も柔軟だという分析をしました。日本では3日くらいのサイクルでどんどん価格が変わるけれど、アメリカでは早くてもせいぜい一週間です。価格の粘着性は、マクロ金融政策では重要なファクターですが、その実態は単純な物価統計からは見えてきません。POSデータのようなビッグデータを使うことで、初めて何が起きているのかが分かり、理論モデルを構築することができるのです。

 小売価格だけでなく、流通の卸価格、調達価格などのデータが見えてくるともっと面白い分析ができるのですが、B to Bの企業間取引データは非公表のものが多く、なかなか研究が踏み込めないところですが、なんとかアプローチしたい領域です。ビッグデータの潮流が広がるなかでデータがオープンになっていくことに期待しています。

学生がエコノミストを疑似体験

 大学教員になって研究室の学生を持つようになりましたが、まず手を使ってデータを収集・分析し、日本経済を予測する作業をやってもらいます。6つのチームに分かれて、それぞれ消費担当、住宅担当、設備投資担当など役割分担して、GDPや物価の変化率を予測してもらい、四半期毎に答え合わせをします。学生はなかなか新聞を読まないので、そこは悩ましいところですね。4年になって就職活動を始めて、ようやく3年の時にやったことのありがたみが分かってくる(笑)。大学院生には数学的なツールもしっかり使って、アカデミックな研究に取り組んでもらいます。文系の学生に数学的な素養を求めるのは大変ですが、幸いなことに本学ではそのあたりの教育がしっかり整備されています。

ゼミ合宿風景

ディスカッションに利用したホワイトボード

 研究環境としては大変恵まれていると感じています。同僚の教員たちも、理論と実証、定量分析と定性分析とバランスよく取り組んでいる人が多いですし、行動経済学の実験設備が整っているので、マクロ経済とミクロ経済の共同研究もやりやすい。常に新しい分野に挑戦していく知的好奇心こそが、私の研究の原動力です。今後はさらに海外研究者との国際共同研究に積極的に取り組んでいきたいと考えています。

上田 晃三(うえだ・こうぞう)/早稲田大学政治経済学術院教授

1997年東京大学理学部物理学科、1999年同大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。同年日本銀行入行。2004年オックスフォード大学で修士号、2006年同・博士号(経済学)を取得。2013年日本銀行を退職。同年より早稲田大学政治経済学術院准教授、2015年より教授。ダラス連邦準備銀行研究員(2010-)、オーストラリア国立大学研究員(2013-)、日本銀行金融研究所滞在者(2013-)、“Japan and the World Economy"(Elsevier)編集委員(2016-)などを務める。2016年早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)を受賞。