早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > 知の共創-研究者プロファイル-

研究力

▼知の共創-研究者プロファイル-

鷲崎 弘宜/早稲田大学理工学術院教授  略歴はこちらから

ソフトなアプローチとハードなアプローチの組み合わせによるシステム&ソフトウェア工学の確立へ

鷲崎 弘宜/早稲田大学理工学術院教授

経営や組織との境界領域が大切

 学生時代からソフトウェア工学を専門にしてきました。小学生の頃から簡単なプログラムを書いてゲームやお絵描きソフトを作るなど、いわゆるパソコン少年のはしりだったのですが、「もっとラクに楽しくプログラミングするには?」と考えるようになり、開発の方法論に興味を持ちました。

 ソフトウェア工学は、ソフトウェアの構築、評価、検証、品質管理、部品化、再利用といった開発や運用のプロセスを研究対象としています。研究の多くを25社以上の企業との共同研究で行ってきたなかで、狭義のソフトウェア工学では、開発や実運用の現場に横たわる問題の解決に限界があると考えるようになりました。現場で生じる問題は、経営、組織、人材教育といった周辺領域との境界で起きていることが多く、経営やビジネスの領域を理解しないとソフトウェアの開発プロセスを根本的には改善できないことを実感してきました。

 ソフトウェア工学の世界においても、周辺領域は大切だという認識は持たれてはいますが、学術研究のコアなところでは、やはりソフトウェアそのものの解析的なところに焦点があり、ソフトウェアと社会的なシステムを繋げていくところの研究はまだまだ弱い。経営システムや社会システムも含めた“広義のシステム&ソフトウェア工学”が大事だと、最近では積極的に言うようにしています。

 その繋げるためのカギは、目的そのものから柔軟かつ発見的に取り組む「ソフト」なアプローチと、明確な目的のもとで解析的に取り組む「ハード」なアプローチの接続にあります。例えば前者については、組織環境の分析やノウハウのパターン化を深めます。後者については、システムおよびソフトウェアの要求や実装の解析とデータに裏付けされた再利用や品質保証を深めます。そして、組織環境からシステム&ソフトウェアに至る追跡性の確保や、パターンに対するデータによる実証や機械学習などを通じて、「ハード」と「ソフト」のシームレスな組み合わせに取りくんでいます。

 それぞれハードとソフトの研究を踏まえたうえで、境界を超える、繋げていく活動が、これまで私が得意としてきたところであり、これからも強みにしていきたいところです――はっきりそう言えるようになったのは、最近のことかもしれません。学生時代から意識的に異分野・異領域の研究会や学会にも出入りして、それが今のバックグラウンドになっていると思います。

ソフトウェアとパターン・ランゲージ

 ソフトウェア工学が目指すべき領域として、例えばこんな図を描いています(図1)。真ん中がソフトウェア工学を支える基礎的な概念や技術です。その周りにある開発と実運用の各プロセスや、下側のマネジメントといった、これまでしばしば経験則で済まされがちだった領域を、企業との共同研究で理論的に分析し、データにより実証するプロジェクトを多数手がけてきました。また、グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所というプロジェクト研究所を組織して、同僚の理工学術院の教員とも連携しながらこうした活動を組織的に推進して、広義のシステム&ソフトウェア工学の確立を目指してきました。

図1 ソフトウェア開発プロセスとソフトウェア工学

 図の下側に描かれているマネジメント、プロセスというところが、狭義のソフトウェア工学ではまだまだ踏み込み不十分なところです。最近ではここを拡大して、組織環境や戦略、組織目標という最も広義なところまでソフトウェア工学に組み込むことに取り組んでいます。上位のレベルから抽象化やパターン化を図り、システム&ソフトウェアの適切な要求設計から実装へと落とし込み、さらには実装されたソフトウェアや開発・運用データを解析して再利用のための部品化や高信頼化を果たすことで、高い効果をもたらすシステム&ソフトウェアを高効率に実現しうるからです。

 その際、プロジェクトマネジメントから開発・運用に至るノウハウや経験則を、パターン化するというプロセスも重要になります。現場には言葉にされていないローカルなパターンがたくさん潜んでいます。ベストな方法は現場の人たちが熟知しているものの、暗黙知のまま明確には共有されていなかったりする。そこをきちんとパターンとして明示化し、システム&ソフトウェアのプロセスに反映していくことで、マネジメントや開発・運用のさらなる発展へと繋げていくようにすることが大切です。さらにそれらのパターンを理論やデータで裏付けすることにより、効果や制限が明確となり、当初は見過ごされていたような新たな展開や改善が可能となります。これは、ソフトなアプローチとハードなアプローチの繋ぎ合わせにほかなりません。

 ソフトウェア工学では設計者のことをアーキテクト、構造をアーキテクチャと呼ぶなど、基本的な用語づかいは建築からのメタファーを多用しています。パターン化というのも、クリストファー・アレグザンダーという建築・都市計画家が提案した「パターン・ランゲージ」という方法論に影響を受けたものです。都市やコミュニティ、あるいは快適さとか心地よさといった環境は、専門家が机の上でゼロから設計できるようなものではなく、人間の記憶や感覚や文化に紐づくパターンの集合として成立しているという考え方です。ソフトウェアにおいても、ただプログラムを文法に沿って書けばよいというのではなく、その背景にある様々な経験則、組織の戦略や文化といった上位の要素も含めて成立しているという議論が、1990年代からなされてきました。

2010年に開催した第1回PLoPアジア会議(Asian PLoP)にて参加者と(写真前列中央)

 PLoP(Pattern Languages of Programs)という国際会議が1994年にスタートし、世界中のブロック会議がその下に結成されてきました。日本でも1999年に「Japan PLoP」が非公式ながら組織され、2003年には情報処理学会のソフトウェア工学研究会に「パターンワーキンググループ」が発足し、私も幹事を務めています。さらにアジア地域全般へと広げるために2010年にPLoPのアジア会議(Asian PLoP)を立ち上げて第1回を本学で開催、その後も2011、2014、そして2018年の会議も3月に本学で開催される予定で、いずれも私が議長を務めています。これらの会議では、ソフトウェアや情報システムの話は当然のこと、最近では企業経営や教育・文化・社会など周辺領域のパターンの話が増えています。そのような幅広い扱いが、私やコミュニティにおいて専門境界を超えて学際的に取り組み、新たなイノベーションを促す下地となっています。

AI、IoTのビジネススクールを開講

 そして、最後はやはり「人」です。技術やマネジメントの方法がいくら優れていても、それらに関与する人々の知識やスキル、態度が変わらなければ、結果は変わりません。そして新たな技術やマネジメントを生み出す源泉もまた人です。そこで、人材育成の実践、教育プログラムの効果検証にも力を入れています。柱の1つは社会人や大学生の育成、もう1つは未来を担っていく子どもたちへの教育です。

 前者では、国立情報学研究所に在籍していた時に「トップエスイー」(TopSE)というソフトウェア科学や工学に裏付けられたソフトウェア・エンジニアの育成事業に、立ち上げメンバーとして参画しました。「次世代ソフトウェア産業を牽引するスーパーアーキテクトを養成する」といううたい文句で、新しい教育プログラムをゼロから作り上げるのに苦労しましたが、修了生が各方面で活躍するなど着実に成果をあげており、さらには技術や知識の整理が自分の力になりました。

 それから10年経って、新たに「スマートエスイー」(SmartSE:Smart Systems and Services innovative professional Education program)を、文部科学省の助成事業として2018年度より開講します(図2)。いわばトップエスイーのスマート版といった位置づけで、IoT、クラウド、ビッグデータ、人工知能など未来志向の技術を組み入れ、システム&ソフトウェア開発を担える人材を育成するものです。「AI、IoTの分野のビジネススクール」を旗印に、13大学・21組織(会員企業5000社超)との大規模な産学連携ネットワーク(図3)のもと、4年間で3000名の育成を目指していく計画です。技術力はもちろんのこと、企業のビジネス戦略に繋げられる人材の育成が目標で、境界を超えて領域間を繋ぐところをどう教えていくか、身につけてもらうかが腕の見せ所です。

図2 「スマートエスイー」の受講イメージ クリックで拡大します

図3 「スマートエスイー」の連携機関 クリックで拡大します

 子どものための情報科学やプログラミングの教育については、日本はまだまだ遅れています。コンピュータやプログラミングに触れて体験する機会を増やすのはもちろん大事ですが、どういうツールでどういう教え方をすると、どういう学びが得られるのか、どんなスキルやマインドが育つのかなどについてきちんと分析し、根拠のある内容を提供すべきです。

G7プログラミングラーニングサミットの様子

 そうした思いもあって、2016年からフジテレビKIDSほかとの共同事業として、本学キャンパスなどで「G7プログラミングラーニングサミット」というプログラミング体験と学習効果調査の機会を継続的に設けています。世界各国から子ども向けのプログラミング学習ツールを集めて、日本の子どもたちに体験してもらおうという取り組みで、「ルーブリック」と呼ばれる学習の到達度を評価する枠組みを作成したうえで、学びの観察やアンケートを実施して学習と教育の効果を分析しています。ツールや学び方にはそれぞれの良さがあるはずで、それをデータで裏付けすることで、科学的な根拠に基づいた学びの展開や、さらなる発展が促されると考えています。

 本学に着任してちょうど10年が経ち、この節目に本学のリサーチ・アワード(国際研究発信力)とティーチング・アワード総長賞をダブル受賞しました。これまでの研究と教育の両活動に対する評価を足がかりに、これからの10年はソフト&ハードな研究と周辺領域の研究をさらに強く結びつける活動に力を入れたい。広く浅くではなく、広く深くを目指して、貪欲に取り組みたいと考えています。

鷲崎 弘宜(わしざき・ひろのり)/早稲田大学理工学術院教授

1976年生まれ。99年早稲田大学理工学部情報学科卒業、01年同大学院理工学研究科情報科学専攻修士前期課程修了、03年博士後期課程修了、博士(情報科学)。02年同大学助手、04年国立情報学研究所助手。05年総合研究大学院大学助手。07年同研究所助教、および、同大学助教。08年早稲田大学理工学術院准教授、および、国立情報学研究所客員准教授。16年早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。再利用と品質保証を中心としたソフトウェア工学の研究と教育に従事。受賞歴多数。国際ジャーナル編集委員、国際会議議長などを歴任。詳細はこちら