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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

世界の演劇・映像研究者が集う
―演劇・映像の国際的教育研究拠点(演劇博物館)

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館を背景に、館長・拠点リーダーの竹本幹夫教授(中央)と、グローバルCOEの若手研究者たち

 早稲田の演劇博物館といえば、通称「エンパク」として、演劇や芸能の世界にその名を広く知られてきた。1928(昭和3)年、坪内逍遙訳「シェークスピヤ全集」の完成と逍遙の古稀70歳を記念して設立され、国内外の演劇・映像の貴重な資料を収蔵、その数は数十万点にのぼる。80年の歴史を通じて、演劇・映画はもちろん、文学・歴史・服飾・建築など、様々な分野の研究者に貢献してきた演劇博物館だが、21世紀を迎え、その国際的研究教育拠点としての役割の拡充へ向けた新展開を図ってきた。

 2002年、世界的レベルの研究教育拠点の創出を重点支援する文部科学省の「21世紀COE(センター・オブ・エクセレンス)プログラム」に採択され、世界的に注目される研究成果を出してきた。2007年度からは、21世紀COEに続く「グローバルCOEプログラム」にも採択され、(1)若手研究者育成の重点化、(2) 演劇研究に映像研究を融合、という2つの新機軸のもとで新プログラムを展開している。演劇研究を目指す若手研究者たちが集い切磋琢磨する場へと、演劇博物館のステージはさらなる広がりをみせている。

画期的研究業績に世界が注目

 「かつての演劇博物館は、学外者が気軽に利用できるような場所ではなかった。非常に敷居の高い存在だったと思います」と、演劇博物館館長でありグローバルCOEの拠点リーダーを務める、竹本幹夫教授は語る。

 しかし1990年代以降、大学に積極的な情報公開が要請される時代の波の中で、演劇博物館も収蔵物のデータベース化を進め、インターネットで公開するなど、急速にオープン化を図ってきた。この流れは必然的に、演劇博物館における研究や教育のあり方を考え直させる契機となった。ここにアクセスしてくる研究者たちを相互につなげていくネットワークを形成し、研究・教育活動と密接に結びついたかたちでアーカイブ利用を推進していくことが、演劇博物館の目指すべき新しい役割だと考えられるようになったのだ。

 そこに登場したのが、21世紀COEという「国際的研究拠点づくり」を支援するプログラムである。演劇博物館が主導し、全学から演劇研究に関わる教員25名を結集、《演劇の総合的研究と演劇学の確立》という意欲的な研究教育プランを練り上げ、全国の候補拠点との激しい競争の中で採択をかちとった。

 「あらためて全員が一堂に集まってみると、えっ、こんなにいたのか(笑)という感じでしたね。演劇研究とひとくちに言っても、対象分野、アプローチはさまざま。戯曲を文学的なアプローチで研究する人から、能や歌舞伎の歴史を研究する人、文化政策における演劇振興のあり方を研究する人まで、じつに多岐にわたります」(竹本教授)

スタンバーグ監督の幻の作品『女の一生』

 この多様な陣容の研究組織に、21世紀COEの大きな研究資金が投入され、これまでにないスケールでの調査研究が展開された。その結果、世界的に注目を集める研究成果が数かず生み出された。「映画史研究の小松弘教授は、幻の名作と言われていたスタンバーグ監督の『女の一生』のフィルムの断片を発見して、世界的なセンセーションを巻き起こしました。岡室美奈子教授は、アイルランドの戯曲家、サミュエル・ベケットの研究で著名ですが、2006年には本学でベケット生誕100年記念国際シンポジウムを開催し、世界中で行われたベケット・シンポジウムの中でも、規模・内容ともに最高レベルのものとなりました」(竹本教授)

世阿弥研究の重要文献『三道』の影写本

 かくいう竹本教授もまた、世阿弥能楽論の最重要文献の1つといわれながら、原本が関東大震災で焼失した松廼舎文庫本の『三道』の影写本を発見し、能楽論研究を一変させた。

 高い研究業績に加えて、事務局の専従スタッフが辣腕を発揮し、年間150を超えるセミナー、作品上演会、国際会議などの各種イベントを開催するなど、演劇研究の国際的交流拠点としての地位を確立してきた。その業績は内外の関係者から高く評価され、文部科学省の評価においても、人文系の21世紀COE拠点の中で唯一、中間評価・最終評価ともにAランクを得た。

 2007年度からはさらに、文部科学省の「グローバルCOEプログラム」の拠点として、これまでの5年間で形成した演劇研究の国際的基盤の上に、さらに若手研究者の育成に重点をおいた《演劇・映像の国際的教育研究拠点(演劇博物館)づくり》という新たな取り組みを展開。学内外から広く若手研究者を募り、グローバルCOEの客員研究助手や研究員として登用している。

グローバルCOE 拠点の概要

拠点の継続的発展

若い研究者の切磋琢磨の場へ

内外から演劇・映像研究者が集う研究会などのイベント開催は、 年間150回を超える(写真は芸術文化環境研究コース主催〈『東京/オリンピック』演劇創造のプロセス〉)

 実際、若い研究者たちは、この刺激的な研究環境をどのように評価しているのか、研究助手の方々に意見を伺ってみた。

 第一に、演劇博物館の膨大な資料を研究に活用できることの意義は誰しも認めるところだ。歌舞伎作者・河竹黙阿弥の作品を研究している埋忠美沙さんの場合、そもそも演劇博物館なくしては研究が困難となる。「歌舞伎の台本というのはそうは残っていないのですが、ここには何本もある。加えて、創設者の坪内逍遥先生が黙阿弥と懇意にしていたこと、二代目館長の河竹繁俊先生が黙阿弥のお孫さんということもあり、黙阿弥の資料はとりわけ充実しています」

 京都大学でアメリカ映画を研究してきた碓井みちこさんは、「演劇博物館の中でも、映像の資料にはまだ掘り起こされていないものがたくさんあります。歌舞伎役者が登場する映像などもありますが、それらはまだ映像研究という文脈で光を当てられてきていません」と、映像研究の観点からの可能性に強い魅力を感じている。

若手研究者たちが互いに切磋琢磨する場としてのグローバルCOE拠点が目指されてきた(写真は博士論文成果報告会)

 第二に、演劇や映像の研究者の間にネットワークができたことが大きい。ロシアのある演劇作家をテーマに博士論文を執筆中の上田洋子さんは、「西洋演劇の研究者というのは、それぞれロシア文学、ドイツ文学などの専攻に身をおいて、なんとなく肩身の狭い思いをしながら孤独に試行錯誤していることが多いんですが、ここでは一挙に広い世界が開けて、自分の研究にいろいろな人たちが、高い水準で意見やアドバイスを与えてくれる。これはもう非常に刺激的です」という。

 東京大学の博士後期課程で学位論文に取り組んでいる森平崇文さんは、演劇研究の中でも地味な中国演劇、さらにその中でもあまり注目されていない上海の喜劇を研究している。「研究者の絶対数が少ないのですが、全国に散らばっている中国演劇、東洋演劇の研究者、学生がここを拠点として集まれるようになった。中国やアジアの演劇研究者もまた、ここを日本の研究の窓口と見てくれるようになりました」

 第三に、ここにしかない独自のコースへの評価がある。日本のバレエの歴史を研究している川島京子さんは、「日本で舞踊を専門に研究できるコースがあるのは唯一、ここだけ。さらにバレエの貴重な記録映画を発見した映像研究の先生が声をかけてくれるなど、研究に思いがけない広がりがあります」という。

 芸術文化環境研究コースに所属する長嶋由紀子さんは、フランスの都市や自治体の文化政策を研究している。「フランスでは演劇人が文化政策形成に大きな役割を果たしてきましたが、日本ではどうかを考えるうえで、演劇人のネットワークのただ中に身をおいて研究できることは最大の利点です。政治学、経済学、芸術学といった分野別の専攻の中では見えてこないものが、ここにはたくさんあります」

演劇学確立による国際文化貢献

 2つのCOEプログラムを通底した目標に、日本に「演劇学」を確立することがある。西洋では演劇は主要な教養の一つであり演劇学は文学に匹敵する学問分野となっているが、日本では演劇研究の歴史が長いにもかかわらず、演劇に対する社会の理解度は低い。

 「劇場への支援、俳優の養成事業などを国策として行っている国は数多いのですが、先進国の中で日本だけは国立の俳優養成機関もなく、演劇助成策も不十分です。この点では、日本は完全に後進国です」。竹本教授は、学問と政治の両面での、日本の演劇に対する姿勢の弱さを訴える。「日本の演劇には、世阿弥以来の伝統があり、西洋に負けない多様性と現代性がある。この演劇文化に対する国民的関心を保持しようという姿勢がないままでは、日本人の教養の喪失に、ひいては心の豊かさの喪失につながると思われるのです」

 演劇博物館の努力によって、海外でも日本の演劇研究や演劇文化がクローズアップされるようになり、海外からの留学生も増加している。先の胡錦濤・中国国家主席の来日の際に、演劇博物館の存在に言及されるということもあった。「当初の目標の70~80%はすでに達成されたと感じている」と竹本教授が言うように、その演劇学確立への努力は、日本の文化振興と国際交流においても大きく貢献するものとなっている。

世界の演劇・映像研究拠点との提携ネットワーク

演劇・映像の国際的教育研究拠点(演劇博物館) 参考リンク

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館
http://www.waseda.jp/enpaku/

早稲田大学演劇博物館 グローバルCOEプログラム「演劇・映像の国際的教育研究拠点」
http://www.waseda.jp/prj-gcoe-enpaku/index.html

早稲田大学演劇博物館 演劇研究センター 21世紀COEプログラム「演劇の総合的研究と演劇学の確立」
http://www.waseda.jp/prj-21coe-enpaku/index.html

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/