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研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

「ユビキタス」から「アンビエント」へ
―技術・情報・電子立国への戦略―
(アンビエントSoC教育研究の国際拠点)

図1 ユビキタスからアンビエントへ

 「ユビキタスからアンビエントへ」――早稲田大学が掲げる、次世代情報社会への新たなコンセプトである。

 ユビキタス社会では、「いつでも、だれでも、どこでも」情報にアクセスできることが目標とされてきたが、一方でそれは、人間の側から能動的に情報を取りにいくことが必要とされる世界でもあった。これに対して、アンビエント社会とは、人々を「取り巻く(=ambient)」情報環境が見えないかたちで溶け込まれ、人間の状況を賢くセンシングし、環境の側から必要な情報を必要な時に提供したり、快適な環境、安全安心な環境を保持したりするという世界である(図1)。

 アンビエントという言葉が、情報社会のキーワードとして使い始められたのは、10年ほど前のヨーロッパにおいてである。欧州共同体(EC)の情報技術諮問委員会が、1999年に「アンビエントインテリジェンス(日本では「環境知能」と訳されている)」という、個人と社会と環境がより善い未来を実現するための情報技術という基本理念を提示し、その後、この考え方は徐々に世界に広がってきた。

 そのなかでも、早稲田大学のプロジェクトの特徴は、次世代の超小型高速高性能の集積回路、アーキテクチャ、ソフトウェア、そしてアプリケーションやサービスまでを射程に入れて、アンビエントと「SoC(Sensor, Software and Service on Chip)」という2つのコンセプトを結合しているところにある。「アンビエントSoC」と名付けられたそのプロジェクトの陣容について、拠点リーダーを務める、後藤敏・情報生産システム研究科教授に話を聞いた。

情報・電子・電気の総力を結集

アンビエントSoCの拠点リーダーを務める後藤敏教授

 早稲田大学では、アンビエント社会の実現を加速する統合的な技術開発の構想として、「アンビエントSoC」という独創的なコンセプトを打ち出してきた。2007年度には、文部科学省のグローバルCOE拠点(*)に採択され、プロジェクトは本格的に始動。先進理工学研究科(東京)のナノテクノロジー研究拠点、基幹理工学研究科(東京)の情報通信基盤研究拠点、情報生産システム研究科(北九州)の、最先端LSI設計技術研究拠点の3つの拠点からなる研究センターが新たに設置された。

 今回のアンビエント拠点形成には、本学が情報・電気・電子分野において長年にわたり蓄積し、世界的業績を挙げてきた関連技術を結集して臨んでいます。

東京と北九州の3拠点からなる研究センター
上2点はナノエレクトロニクス実験室(東京:左クリーンルーム、右MEMS加工室)、
下左は通信基盤ソフト実験環境(東京)、下右はシステムLSI実験室(北九州)

 プロジェクトが大目標として掲げているのは、1億ゲート回路と1億ステップのソフトウェアが搭載されるギガスケールのシステムを、いかにして超低消費電力のチップとして実現するかということです。半導体がナノスケールになり、さらなる高速・高性能化を遂げていく中では、ソフトウェアとハードウェアの研究開発を戦略的に統合して、競争力の高い情報技術をチップ上に集結していかなければなりません。さらには、アンビエント社会のサービスを実現するうえで、知的なセンシング技術をチップに載せていくことが重要不可欠です。

 加えて、超低消費電力化が、動作性能の信頼性向上の面はもちろん、環境保全という面からも必須の課題となっています」(後藤教授)

図2 拠点のカバーする学問分野

 拠点の研究領域は、ナノテクノロジー(NT)、情報通信基盤(IT)、アンビエントテクノロジー(AT)の3つの柱で構成されている(図2)。

 ナノテクノロジーでは、新たな物質形成技術により開発された様々なセンサとアクチュエータをシリコン上に搭載し、超小型化と従来の10分の1程度の低消費電力化を実現することを目標としている。情報通信基盤では、10年後の超高機能SoCのアーキテクチャの検討と、その有効な社会活用のための基盤ソフトウェア群(言語、OS)の開発を目標としている。アンビエント技術では、使い心地が良く、安全安心な情報基盤技術として、画像処理、暗号・認証処理、通信処理、認識処理の研究を行うとともに、処理性能と低演算量が両立可能な新アルゴリズムの考案、そして現在の100分の1の超低消費電力で実行できるチップの研究と、超大規模チップの検証技術、自動設計技術の研究を目標としている。

(*注:「グローバルCOE」は、文部科学省による国際的に卓越した教育研究拠点形 成のための重点的支援プログラム。COEはセンター・オブ・エクセレンスの略)

限界に挑むナノレベルの競争

 2007年度には、すでにいくつかの注目すべき成果が挙げられた。ナノ技術では、低電力化の研究成果をまとめた論文が、国際シンポジウム「ISLPED(International Symposium on Low Power Electronics and Design)」において、日本から唯一の研究発表に採択された。情報技術基盤では、世界で初めて自動並列化コンパイラ制御技術の開発に成功、IBMやインテルの実績を凌いで、世界最高性能のコンパイラ「OSCAR」を実現している。アンビエント技術では、新たなLSI設計技術の開発が国内で高く評価され、連続3年間のLSIデザインアワードIP賞を受賞し、2008年度には「LSI デザインアワードIP優秀賞」に輝いた。

 10年後の半導体は、現在の100倍の集積度となり、演算処理速度は100倍になると予測されている。この途方もない集積度の世界を実現させる技術と、途方もない性能を余すことなく活用するための技術をめぐって、激しい国際競争が繰り広げられることになる。

 「現在の半導体技術は、65ナノスケールのレベルが広く使われています。これが40ナノ、20ナノと、ほとんど物理的に微細化の限界へと近づいています。いかにして限りなく精細な回路を実装するか、いかにして限りなく抵抗の低い材料を開発するか…。次世代半導体の材料技術、設計・加工技術の開発に、世界がしのぎを削っています。

 例えば、次世代材料として注目を集めているものの1つに、カーボンナノチューブがあります。ポストシリコン材料が現実的なテーマになるのはまだ少し先ですが、次世代への布石として、本学もこれまでのカーボンナノチューブでの高い研究業績をベースに、半導体材料への応用を射程に入れた研究開発に取り組んでいます。

 また、ナノレベルの流体制御をバイオに活用して、血液中の生体分子を分離する技術などの研究も行っています。将来的には、生体分析機能を司るバイオセンサがチップに搭載され、バイオチップ化が進むことになるでしょう。バイオチップは、現在のアンビエントSoCが掲げるテーマの重要な柱となっています」(後藤教授)

図3 『アンビエントSoCの研究活動計画』

産業界で活躍できる博士人材の育成

 アンビエントSoCでは、世界トップレベルの優秀な人材を育成するための教育が、重要な柱とされている。日本がこれから技術立国として発展を遂げていくには、産業界に優秀な研究者としての人材が必要である。そこでアンビエントSoCでは、産業界で活躍できる人材の育成を目指して、博士課程の改革に取り組んでいる。

海外大学との合同ワークショップや、世界中の研究者を招いてのセミナーを定期的に開催。写真は、2007年9月のキックオフシンポジウム(東京)

 具体的には、ダブルメジャー(2つの専門)による幅広い知識の習得、優秀な学生を早期に修了させる制度、世界レベルの論文を英語で発表していくためのテクニカルコミュニケーション教育、実践的なインターンシップ教育などの導入に力を入れている。

 「これまでの博士課程というのは、あまりにも狭い領域を研究しているがゆえに、学者以外の道へ進みにくいといわれてきました。産業界で活躍するには、深い研究能力に加えて、幅広い教養と知識に裏付けられた柔軟な思考力が必要です。プログラムの充実のために、産業界と大学との対話を深めていくことが大切と考えています。

 工学系の研究は、社会との対話なしには成立しえません。大学は企業よりもより長期的な開発テーマに取り組んでいるわけですが、どちらの方向に進めば、将来の日本の技術力や経済力の発展につながるのか、常日頃からアンテナを張っていなければなりません。産学連携のコンソーシアムを組織して、企業との関係を密接なものにしていく計画も進めています」(後藤教授)

台湾清華大学 Liu教授,UCバークレーRabaey教授ほか著名な教授陣を招き、第1回グローバルCOE国際シンポジウムを開催(2008年1月、北九州)

 さらにアンビエントSoCの教育において特筆すべき点は、東アジアを中心とする海外人材の育成に力を入れていることである。2003年に創設された北九州キャンパスの情報生産システム研究科では、修士・博士課程の学生の7割を、中国、台湾、韓国からの留学生が占める。

 「日本の学生への教育は、東京を拠点に充実させていく。その一方で、新しい大学院では、思い切った国際教育を展開していくということです。日本の企業の中でも、東アジアの優秀な人材を積極的に登用していこうという気運が高まっています。高度な専門教育はもちろんのこと、日本の文化を理解し、日本が好きだと思ってくれる人材を育てていくことが大切と考えています」(後藤教授)

 かつて半導体帝国といわれ、半導体産業で世界のトップを走ってきた日本だが、その後、韓国や台湾の半導体産業の台頭に押され、欧米の先進研究にも遅れを取ってきた。  「今後のナノスケールの集積度の世界においては、日本の誇る超薄型・超大型のディスプレイ、デジタルカメラや携帯電話のような高品質・高性能なものづくりへのこだわりが、ふたたび絶対的な強みとなります」(後藤教授)

 アンビエントとSoCの結合は、早稲田の戦略であるだけではなく、日本の技術立国、情報・電子立国のための戦略ともいえるものなのだ。

参考リンク

早稲田大学グローバルCOE プログラム アンビエントSoC教育・研究の国際拠点
http://www.cs.waseda.ac.jp/gcoe/