早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 研究力 > WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

研究力

▼WASEDA研究特区―プロジェクト研究最前線―

アジア地域統合のための世界的人材育成拠点(2007年度グローバルCOE採択)

国境を越えた若い世代の力が東アジア共同体を創生する

「アジア地域統合のための世界的人材育成拠点」拠点リーダー、天児慧教授

 1990年代以降、「東アジア共同体」構築の必要性が、各国政府間で急速に議論されるようになってきた。その背景には、東アジア経済圏の急速な発展がある。ASEAN諸国+日中韓3国でみると、域内直接投資、および域内貿易の比率は、どちらもすでに6割近くにも達している。この数字はEUに次いで高く、北米NAFTA(アメリカ、カナダ、メキシコの自由貿易協定圏)をも上回っている。

 このように東アジアでは、実質的な経済統合が急進展しているにもかかわらず、FTA(自由貿易協定)も締結されていなければ、関税同盟によって諸外国から東アジア経済圏を守るような仕組みも確立していない。地域統合の制度化の必要性が叫ばれながらも、2国間協定を除いていまだなんらの制度も存在しないという情況が続いている。

拠点シンボルロゴ。
英語名Global Institute for Asian Regional Integrationの頭文字を取って、通称「GIARI」(ギアリ)と呼ばれる

 この10年で、東アジア共同体の構想が様々に提起され、ASEANにおいては、「2015年には、安保・経済・文化の面でASEAN共同体を設立する」という宣言がなされるなど、一定の進展はあるものの、肝心の地域統合をリードするべき日中韓において、その実現への足並みがなかなか揃わない。2005年12月には、初の東アジア・サミットがクアラルンプールで開かれ、東アジア共同体が現実味を帯びた課題として浮上したものの、イニシアティブをめぐる中国と日本の確執が浮き彫りになる結果となった。

第1回国際シンポジウム「アジア協力・統合と人材育成」(2008年1月)

 国同士の歴史的・政治的な軋轢の存在もさることながら、東アジア共同体の実現になによりも障壁になっている深刻な問題は、アジア統合を実現するための高度な専門性を持った人材が圧倒的に不足していることにあるのではないか――。人材の育成こそが喫緊の課題であるという強い問題意識のもとに立ち上げられたのが、早稲田大学の新たな教育研究プロジェクト、「アジア地域統合のための世界的人材育成拠点」である。文部科学省グローバルCOEプログラム(*)の採択を受けて、2007年度にスタートした新たなプロジェクトについて、拠点リーダーの天児慧(あまこ・さとし)アジア太平洋研究科教授に話を聞いた。

(*「グローバルCOE」は、文部科学省による、国際的に卓越した教育研究拠点形成のための重点的支援プログラム。COEはセンター・オブ・エクセレンスの略)

アジアの創生への実践的関与

 「これまでも我われ研究者は、共同研究を行い、シンポジウムを開催するといった活動の中で、東アジア共同体についての様々なアイデアを提起してきました。憲法、人権、環境問題…と、個々のアイデアを議論し洗練させることは、学者の得意とするところです。ところが、現実の東アジア共同体の構築が、一向に進まない。いくら良いアイデアを出しても、誰がどうやってそれを具現化するのかという問題にまで踏み込まないことには、事態は進展しません。特に人材育成の議論が、これまで決定的に不足していました」(天児教授)。

 今回のプロジェクトに先だって、早稲田大学では2002~2006年度、「現代アジア学の創生」(*)というプロジェクトを推進してきた。西洋の学問とは異なる視点でのアジア学を追究しようという取り組みである。結果的に5年間のプロジェクトは、「東アジア共同体の構築」というキーワードに収斂し、研究活動の集大成は文字通り『東アジア共同体の構築』というタイトルで、全4巻の書籍にまとめられることとなった。

(*「現代アジア学の創生」は、グローバルCOEの前身である文部科学省21世紀COEプログラムの採択拠点)

 「ヨーロッパに比べて、アジアには共通の文化、共通の宗教といったものが見出しにくく、民主化、近代化も足並みが揃っていません。アジアとは何かを突き詰めると、見えてくるのは普遍性よりも、圧倒的な多様性や異質性なのです」(天児教授)

アジア地域統合に貢献するリーダー人材の育成が目指されている

 その一方で、経済のグローバリズムが、いやおうなくその異質性を貫く共通項として急速に侵食している中で、「リージョナル(地域)という枠組みがないということが、アジアの大きな欠陥」(天児教授)となっている。この問題に真っ向から対峙することなしに、現代アジア学の創生はありえず、むしろ現在進行形の「アジアの創生」そのものの中からこそ、アジア学が創生されるという逆転の発想に立つしかない。

こうした認識のもとで、「アジア地域統合」と、「世界的人材育成」という、2つの新たなコンセプトが提起された。しかも、この2つを密接に結びつけたプログラムの中で、政策形成や政策実践の現場で活躍するリーダーを育てていくことを、最上位の目的に位置づけるという大胆な構想がなされた。

大東亜共栄圏の歴史を超えて

 プロジェクトは、拠点リーダーの天児教授をはじめ、各分野から集まった16名の教員陣によって主導されている。対象領域は、「政治・安全保障」「経済」「社会・文化」の3つの領域、およびこれらが重なる「クロス領域」、さらには環境、感染症予防、人権レジームなど、これらすべてに関わる問題を扱う「複合領域」から構成される(図1)。各領域での研究活動への参加を通じて、地域統合の担い手となりうる実務指向の強い人材や、若手研究者人材の育成が目指されている。

 「すべての領域に通底しているキーワードが、ガバナンス(統合、統治)です。特に、複合領域で取り扱っているような、環境、感染症、人権のような問題は、国家の安全保障に対する、人間の安全保障=ヒューマン・セキュリティの問題であり、これまで学問領域として確立してはいないけれども、地域統合を考えるうえで非常に重要な領域です」(天児教授)

 こうした学際的なプロジェクトが構成できるのも、早稲田における長いアジア研究の歴史があればこそである。先に挙げた「アジア学の創生」のプロジェクトをはじめ、アジア研究に関する数多くのプロジェクト研究所・センターが展開されており、これらすべての活動を包括的に支援・推進し、国際的な教育研究ネットワーク形成を担う機関として、「早稲田大学アジア研究機構」が存在する。

 また、本プロジェクトの拠点となっているアジア太平洋研究科は、早稲田大学で最初の独立大学院であり、アジアを旗印に掲げたユニークな大学院教育を展開してきた。いまやアジア地域での知名度と留学先としてのステイタスの高さには、比類ないものがある。

 これだけの実績を誇りながら、「アジア地域統合」をうたったプロジェクトを今日展開するに至ったことには、「格段の感慨がある」と天児教授はいう。

 「1990年代の初め、ECが誕生したときに、ある新聞の企画で、〈アジア共同体は可能か〉というテーマで、日本にいる東アジア諸国の知識人を集めて座談会を行いました。そのとき私は、これからはアジア共同体の構築を真剣に考えるべきだとの問題提起をしました。ところが終わったあとで、直ちに他国から来た出席者たちに、日本にアジア共同体を語る資格はないとものすごく批判され、大東亜共栄圏の問題が口々に出された。ああ、日本はまだそれを言ってはだめなんだと、痛感しました」

 しかしそれから10年の急激な変化の中で、「共同体」という言葉へのアレルギーは急速に緩和されてきた。「ほんとうにごく短期間の間に、大きな変化が起きたと感じています。それからもう1つの大きな変化が、若い世代の台頭です。大東亜共栄圏は知らないけれど、日本のテレビ番組やタレントはよく知っているとか、そういう世代がどんどん主流になってきています」

図1 プロジェクト概念図

日中韓3大学でサマー・セミナーを共催

 アジアの若い世代を、アジア共同体の創生を担う人材として輩出するという、本プロジェクトの1つのヒントとなったのが、ヨーロッパにおける国際的な人材育成計画への長年の取り組みである。

世界各国から若手研究者が集う「早稲田大学サマー・インスティテュート」

 「ヨーロッパでは非常に早い段階から、域内の大学間人材交流など、国際的な人材育成に着手しているんですね。今日のEU統合に至るまでの底流にあった非常に重要なプログラムであり、これがなければ、EU統合はなし得られなかったと思います。そのことに気づいて、アジア統合においても、何をさておき、国境を越えた人材育成の枠組みが必要だというところへ行き着いたわけです」(天児教授)

 具体的な取り組みとして、2007年、2008年と続けて、早稲田大学アジア太平洋研究科、ソウル国立大学国際大学院、北京大学経済学院の共催で「サマー・スクール」(*)を開催、各大学から10名ずつ計30人の学生が、3大学で1週間ずつ計3週間の合宿形式のセミナーに参加した。また、2008年には新たに「早稲田大学サマー・インスティテュート」を開催、アジアおよび世界各国から博士後期課程の学生を中心に参加者を募り、23名が一週間の集中セミナーに参加した。

日中韓3大学共催の「サマー・スクール」

 今後は、アジアの政府機関、国際機関からの人材教育の要請を積極的に受け入れていく方向で、すでにASEAN事務局との間での具体的な話も動いている。

(*文部科学省「魅力ある大学院教育」イニシアティブの一環として実施。2008年は北京大学とともに上海財経大学が参加)

 「アジア地域統合」という本プロジェクトが掲げる理想の達成には、長い時間をかけた粘り強い努力が必要となるだろう。しかし、1990年代の10年間が驚くような変化を遂げたように、次の10年には、本プロジェクトから巣立った人材の活躍によって、大きく変化するアジアの姿が見られることも夢ではないだろう。

アジア地域統合のための世界的人材育成拠点

アジア地域統合のための世界的人材育成拠点は、文部科学省グローバルCOEプログラムの支援をうけております。

アジア地域統合のための世界的人材育成拠点
http://www.waseda-giari.jp/index_j.html

早稲田大学アジア研究機構
http://www.waseda.jp/asianstudies/index.html

早稲田大学アジア太平洋研究科・アジア太平洋研究センター
http://www.waseda.jp/gsaps/